第十三話 タケトン、初めて子供を叱る
広大なデルテ平原を抜け、街道の周辺がだんだんと剥き出しの岩肌だらけになる。
一本の大樹の下で、僕は足を止めた。
他にもこのあたりでくつろいでいるプレイヤーがちらほら。
「大きな木ですね」
「グラニール大樹って言ってね。何かと目印になるから、ここを転移ポイントにしている人は多い」
「転移ポイント?」
ノアが首を傾げる。
「うん。世界は広いからね、毎回王都から旅してくるわけにはいかないだろう? だから、中継ポイントが作れる。わりとどのゲームもこれは課金要素だな。転移ポイントの数は課金で増やせる。あればあるほど便利だからね」
「行った場所なら、どこでも転移ポイントは作れんのか?」
セイヴも興味深そうに尋ねてきた。
「ダンジョンや私有地の中でなければね」
「私有地?」
「国やNPCの所有地の中には、転移ポイントを作れない場所もある。プレイヤーの私有地とかね。金を積めば別荘とか買えるようになるから」
スタート地点となるグラムストンは、転移ポイントに設定しておかなくてもいつでも転移可能。
他のプレイヤーのスタート地点になる他国の王都は駄目だけどね。
無課金で設定出来る転移ポイントは三か所。
少ないように感じるが、一度枠を増やせば減ることはないので、そんぐらいは買ってくれよってことなんだろうが……。
子供達に課金は薦められん。
「ここは僕が転移ポイントに設定しておくからね」
ウインドウを出し、指でさらさらと書きつける。ほんと書きづらいな。フルダイブ筆記能力が無いらしい。
カッコよく呪文でも書いてるふうに見せたが、実際の手順としては、任意の場所で転移ポイント設定ウインドウを呼び出し、レ点でも付けときゃ完了だ。
でもカッコよく見せたいから、さらさら~っと文字を書いておく。何を書いてるかは子供達には見えないしな!
実際には『ここがセーブポイントだよ~ん』って書いただけでござる。
「ほい。完了」
「四人パーティーなら、十二個の転移ポイントが作れるわけか」
セイヴが言った。
「そうだね」
まあこのくらいの課金は僕がしていいけど、あえて口にはしないでおこう。
いくらでも上書きは出来るから、全員ここで一度転移ポイントを作っておいても良かったな、と思ったが、僕がさらさら~としょーもないこと書いたことがバレてしまうのでやめた。
「とーさん、あれ見て。何かな」
イグアスが指差したグラニール大樹のちょうど真下辺りに、露天が並んでいる。
レジャーシート(と言っても材質は麻や編んだ藁だろう)を敷いて、その上に装備やアイテムを並べたり。
なんでか絵を売っている人もいる。
「父上、あれはNPCですか?」
「うんにゃ、プレイヤーだよ。ここから少しフィールドが険しくなるし、僕らがこれから向かう旧グリニル鉱山や、ギュスターヴ古城や、ガランカラン遺跡なんかのダンジョンに行くプレイヤーの多くが、まずはここに来る。そして、なんとなく大樹が目印っぽいので、けっこうなプレイヤーがここを転移ポイントに設定するわけ」
「それで、ここで商売してるのか」
セイヴが言った。
「わりと金銭が強いゲームだからね。なにせNPCが古い装備を買ってくれないし……」
中にはアイテム売りではなく、僧侶風のおじさんがちょこんと座り、
《状態異常治します》《バフかけます》《復活出来ます》
なんて看板を出しているのもある。
達筆な……この御仁、フルダイブ筆記能力が高いと見た。
「なんかお祭りみたいだねー」
「ゲーム序盤は良い商売になるのかもね。僕も武器や防具をここで売ろうかなぁ」
「やめとけよ」
はっ、とセイヴから一笑に伏された。ぐぬぬ! 鍛冶屋レベルが上がったらマジですごいの作るからな! 作ってやらんぞ!
「うわ、あれ……」
ノアが顔をしかめて呟いた、その視線の先は。
さっきの、う……ブラウンワームをこんがり丸焼きにして売っている人がいた。
「うんこ焼いてる!」
「イグアース! 商売してる人の前でそれを言ったらだめだからね!?」
思わずよそのお子さんの頭すっぱたきかけた。あっぶね。
子供の素直な言動は微笑ましいが、営業妨害はいかんぞ。悪気はないにしても、叱るところは叱らなければ……。
「あ、あれ食べれるんですか……?」
「料理スキルさえあれば、大抵のものは調理可能だよ。僕らドワーフの《悪食》って種族スキルは、オブジェクトさえ食べられるし……」
「匂いはわりとふつーだな……てかしょうゆの匂いしかしねえ」
醤油は万能調味料。
「え、匂いする?」
ノアがきょとんとした顔をした。
「バリバリすっけど」
「うそ。俺、何もしないんだけど」
「お前、鼻悪いんじゃねえの?」
「え、普段はそんなことないけど……」
ノアはみんなで食事をしているときも、食べ物も飲み物も一口ずつしか口にしていなかった。
フルダイブにおける五感が鈍いなりに、大抵、ちょっとは匂いや味がするもんだけど。
「ノア。匂いは、ぜんぜんしない?」
「はい……全然分からないです」
「ご飯の味、少しはした」
「まったくしなくて。なんか肉とかゴム食べてるみたいで」
なるほど。これは……。
「物を触ってる感覚はある?」
「あ、それはあります」
「目も見えてるし、音も聴こえてるね。人間の五感には、実は優先順位がある。個人差はあるけど」
大抵は、触覚 > 聴覚 > 視覚 > 嗅覚 > 味覚、となる。
このうち、ゲームにそこまで必要とされない嗅覚、味覚を感じにくい人は、そう少なくはない。
ノアみたいに、まったくしないってタイプは少し珍しいかもしれないが、いないわけではない。
『フルダイブ不感症』とか言われたりもするのだが、れっきとした病名とかではなく、スラングだ。この言葉はあまり使わないほうがいい。
ノアがちょっと不安そうな顔をしているので、僕はぽんぽんと背中を叩いた。
ただでさえ一番繊細そうなのに。
初めてのフルダイブゲームをあまり怖がらせてはいけない。
「個人差によって、そういう人もいるんだ。そう不便なことはないよ。大丈夫」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だよ。むしろ僕の味覚がそうなら、《悪食》スキルが生かせたんだけどなぁ」
オブジェクトの不味さと触感のリアルさは尋常じゃないからな。
「ドワーフにすれば良かったかな……」
「イケドワーフになれたよね」
真面目な顔で考え込むノアに、僕はぐっと親指を立てて見せた。
「ま、マジな話、そんなに気にすることないよ。さっき言った《悪食》のスキルみたいに、それはそれで有利に使えることもあるから」
「そうですかね……?」
「あっ、ソフトクリーム売ってる! とーさん買ってよ!」
雰囲気をまったく読まない末っ子。
さっきもばくばく食べてたけど、なりきりじゃなくて、この子は五感がどれも鋭いのかもしれない。
《バフ効果有り! 美味しい大樹ソフト》なんてのぼりを立てた、わりと本格的なソフトクリームの屋台があった。周りにけっこう人がいる。
トイッターやインストグラム映えしそうだもんな。猫耳と兎耳女子が、大きめのソフトを手にして「ピース♡」なんてスクショ撮ってる。
「バフ効果があるんだって! ボク、チョコ食べたい!」
奢るとは言ってないのに、もう列に並んでいるイグアス。
ん? チョコソフト……?
――あっ! これはいかん流れだ!
嫌な予感を感じ、タケトンとーさんは短い足でドスドスと末っ子のところに向かう。
「買ってよー、うんこソフト……」
「やめんかーい!!!」
――ドワーフアターック!!!
ではなく、ケツをすっぱたいてしまった。
「お店の人に迷惑かけちゃいけません!!!!!」
お外でうんこって言わない!!
「イグアスはもう中学生なんだから、小学生みたいだって言われるのが嫌なら、もっとお外ではちゃんとしなさい!」
お父さんというよりお母さん口調でプリプリと叱ってしまった。
親じゃないのにケツをひっぱたいたのは、先生としては不味かったかな……? 後で万葉を通してだが、親御さんには一応謝っておこう。
む、難しいな、先生加減!
「あっ、そっかぁ☆ ごめーん☆ とーさんっ!」
――なーんてリアクションを当然のように期待していたが。
いきなり叱られたイグアスは、目を丸くし、呆然としていた。
しかも、そのへんがシーン……と静まり返り。
辺りにはうんこ……じゃねえよブラウンワームをじゅうじゅうと焼いている音だけがして。
ノアもセイヴもびっくりしてるし。
他の冒険者も商売してる人もみんな見ている。
大勢の前で叱ったせいで、クラスで授業中に叱られたような雰囲気が漂った……。
その雰囲気に負けたのか。
元気だったイグアスの耳が、ぺたっと下がった。
あああ、めっちゃベソかいてる……!
目がうるうるうるしてきて、涙が溜まってきた。
うわ、どうしよう、どうしよう。
「……ごめんなさい……」
そう言ったとたん、ぶわわわっと泣き出した。
腕で顔を隠して、えっ、えっ、としゃくり出す。
ヒィィ……! 中学生の男の子ってこんな泣くん!?
いや、親戚の子供も、女の子に比べたらまだまだ子供っぽかった気がする。
でもふざけ過ぎても、僕が叱るまでもなく親が叱っていたし。
どっちかというと慰めるほうだったし。
叱る側になったことがなかった!!
「ごめっ……ごめんなさい……とーさん……!」
泣いとる!
健人くんが泣ーかした!
近くにいたダークエルフのお姉さんが、「大丈夫?」なんて心配そうに声をかけているが。
ただただ硬直するドワーフ。
――どうすりゃいいの!?
泣いている子供をおどけて笑わせるのはわりと得意だが。
バチクソに叱った後で、どう慰めていいのかは分からん……!
「や、そんなビビんなくても……あきらかにイグが悪いだろ」
固まった体に、セイヴの竹槍が今はツンツンと心地良い。
そのままスタスタとイグアスの後ろまで行き、すぱーん! と背中を叩いた。
「オラ! んなことで泣くな! 幼稚園かお前は!」
「うううう……」
「怒られ慣れてねーな、お前……しょーもねーな!」
セイヴは片手でイグアスの肩をがっと掴んで、もう片手で下がった耳の間をわしゃわしゃと撫でる。
「……な、泣いてない~~~!!」
同じ歳の子に慰められると、ちょっと恥ずかしくなったらしい。
「嘘つけ。鼻水出てんじゃねーか」
「出てない~~~!!」
「打たれ弱いなー、お前」
「弱くない!」
だんだん声が元気になってきた。周りの空気もちょっと緩んで、みんな気を取り直してまたそれぞれ仲間とお喋りを始めた。
「セイヴって、面倒見いいですね。」
安堵したように、ノアが言った。
でも、ちょっと僕はショックから抜けきれてなかったのか。
「ヤンキー漫画の主人公みたいだよね!」という返しが頭の中でしか出来なかった。
……これまで正直、子供達と遊ぶの楽しいな~とか気楽に思っていたが。
初めて人の子供預かるの怖い! って思ってしまった。
いやほんと、モンスター倒すほうがなんぼかラク……。
なんなら会社で残業してるほうがラク。
「……父上? イグアス怒ったの、気にしてるんですか?」
ノアがいつものように心配そうに言った。
うん……とドワーフ先生、しょんぼり頷いた。
「迫力あって、良かったと思いますけど」
「そんな迫力要らないよう……」
「あ……でも、もうケロッとしてますよ、イグアス」
セイヴとじゃれあうイグアスを見て、ノアが僕を慰めた。
うう、もう僕のほうが泣きそうだよう。
僕は誰かを叱るの苦手なんだと、よーく分かった……。
子供を育てるのには、遊ぶだけじゃなく叱る覚悟も必要なんだな。
よーく胸に刻んでおこ……。




