第十二話 モンスターとの初遭遇
王都グラムストン周辺のデルテ平原。
他のプレイヤーの姿もちらほら見かける。
サービス開始してまだ半月も経っていないのだ。人気薄のグラム王国だって、それなりに人が多い。
「あの、こういうところって、もっとあちこちにモンスターがいて、みんな戦ってるんだと思ってました」
ノアが尋ねる。
「うん。王都近くの街道沿いだし、モンスターの出現率は低いよ。出てもすぐ狩られちゃうから、モンスターは寄って来ないかな」
「そういうとこもリアルなんですね……」
「ふつー、レベル上げのためにモンスターを配置しとくだろ」
ワーブリスタイルにセイヴもいつもの呆れ顔。
ちなみにイグアスは相変わらず一人であちこち走り回っている。
のどかなもんだ。
なんならそのへんでレジャーシート敷いて弁当食ってるエンジョイ勢もいる。
たまに可愛らしい野うさぎなんかも出るが、野生生物には攻撃できない仕様である。
「このゲームはこんな調子だからね、モンスターの出現場所では、ガチ勢がモンスターを狩りまくって、中々シビアな経験値稼ぎが行われている。修羅の国さ」
このゲーム、積極的にプレーヤー間の確執を生もうとしてるよね。
「かと思えば、レアモンスターが平地にランダムに登場したりもする。条件を満たすことで、大人数プレイヤーが参加出来る大型モンスター討伐イベントが発生することもあるよ。これは初心者が隅っこでチクチクしてるだけでも、経験値はもらえる。運良く遭遇したら積極的におこぼれをもらおう。ダメージ貢献度によって、もらえる経験値が違うわけだけど」
「オレたちはどーなるんだよ?」
そう言ったセイヴの戦闘職である〈黒魔法士〉は、攻撃魔法も使えるが、育つと優秀なデバッファーになる。
ノアは盾剣士、前衛職と治療役を兼ねてもらうつもりだ。
「レベルが上がっていくイグアスをただ見守るのみ……」
「オイ」
「冗談だって! 竹槍ツンツンばっかしない! タンクやバッファー、デバッファー、ヒーラーの貢献度は、戦闘に参加したプレイヤーへの貢献度に依存するから大丈夫ですう!」
「レベルがろくに上げられないまま、鉱山に向かってしまって大丈夫なんですか?」
慎重派なノアが、心配そうに言う。
「危なかったら引き返せばいいさ。鉱山の中にはプレイヤーがいるだろうけど、なんたって僕らには父さんの交渉力で手に入れた鍵がある!」
「でけー声出すなよ」
あまりセイヴに嫌われたくないので、少し声を下げる。
こっから真面目な話。
「鍵っていうくらいだから、通常とは別の入り口があるんだろう。そのルートはまだ開拓されていない可能性がある。なにせマクスは口が堅かったからね……」
「NPCと飲み友達になるまで喋ってみようとするの、親父くらいだと思うぜ。ましてやタダのオッサンのNPCに……」
「そんな攻略法が分かったら、みんな色んなNPCに対してやり出しますよね?」
「まあ、他にまったく誰も気づいてないとは思えないけど。そういう役割を与えられてるNPCが世界にどのくらいいるか、だよね。時限イベントかもしれないし」
「なんか、なにもかもかったるいよな。地道に情報収集して、交渉して、モンスターの狩り場を上手いこと探して、他の奴を出し抜いて……」
なかなか鋭いことを言うセイヴ。
「たしかに、現実っぽいですね」
それがワーブリ開発者のこだわり……と思っていたが。
これはもう、挑戦なんだろうな、と思えてきた。
一見するとよくあるフルダイブ型MMORPGなんだけど。
世界観とか設定とかベタベタだし。
ただ、他のゲームには良くある――というか、ゲームの良さともいえる、現実とは違う便利さ・快適さはあまり無く。
現実を彷彿とさせる手間暇をかけさせ。
でも、美しく雄大な風景と、繊細な感覚再現は、間違いなく今年出ているフルダイブゲームの中では、一位だと称賛されている。
その従来のゲームらしいベタさと、最高レベルの雰囲気作りで、上手いこと誤魔化してるけど。
すごく挑戦的なゲームなんじゃないか? これ。
ゲームらしさの中の、リアルな手間くささ。
ある程度求められてしまう、対人スキルとか。
――文字通り、『仮想現実』というかんじ。
「あっ、モンスター!」
イグアスが大きな声を上げると、周囲をのんびり歩いていたプレイヤーが一斉にそちらを見た。
ランダム出現のレアモンスか!? って思うよな。
「見てー! モンスターいたよ!」
イグアスが両手に抱えて捕まえてきたのは、茶色い蛇っぽい……というか、ツチノコっぽい……なんならもうでかいゾウのウ……コっぽくもある物体。
目も口も無いが、うねうねのたうち回っている。
ビール瓶の形をした巨大ミミズというべきか……。
フルダイブゲーム初心者の二人は、目を点にしている。
「…………は?」
「……モ、モンスター……? あれが……?」
「ねーねー、でっかいうんこみたい!」
――ハッキリ言いやがったコイツ!
「なんだ、ブラウンワームか」
「うんこワームじゃん」
ひっでえあだ名をつけられている。
一瞬色めきたったプレイヤーたちが、がっかりしたように街道やレジャーシートの上に戻っていった。
「見て見てー、ノアー、セイヴー。うんこワームだって」
正式名称はブラウンワームっていうんだよ……。
わりとそこらへんにいる雑魚モンスターである。
あまりに子供好きする愛称から、イグアスに気に入られてしまった――とタケトン図鑑に記しておこう。
「うわ、きもちわる。持ってくんな」
「攻撃とかしてこないの?」
「ウネウネしてるー」
「捨ててこいよ。そんなの倒してどうなるんだよ」
「な、何かの経験になるのかな……?」
「あ、ひやっとしてて気持ちいいよ?」
「うわ、オエッ、信じらんねー」
「ひぃ……」
他の二人にはすこぶる不評である。
イグアスが頬ずりなんか始めたもんで、二人は青褪め、僕の後ろまで下がってしまった。
そのまま頭や肩に乗せたりしてるイグアスを、他の星の住人でも見るような目で見る。
イグアスの犬耳の後ろでうねうねしてたうん……ブラウンワームが、ズルンッと落ちたかと思うと、
「あ、背中入っちゃった。ねーねー誰か取ってー」
「うわ、無理無理無理!」
「ごめん、俺、触れない……!」
「いやマジで来んなって! 親父! 親父に取ってもらえよ!」
「父上! 父上! 取ってあげて!」
もう阿鼻叫喚である。
あのセイヴすら僕の肩をしっかり掴んで後ろにしっかり逃げている。
「顔も目も無いから、怖くないよ」
「いやそれがかえって気持ち悪い……!」
セイヴがぶんぶんぶんと頭を振る。
僕はイグアスの衣服をぺろんとめくって、背中にくっついてたう……ブラウンワームを剥がしてやった。
そのまま片手に持ち、
「倒すかい? 雀の涙以下の経験値が入るけど」
三人に見せると、ノアとセイヴはすごい勢いで頭を横に振った。
「弱そーだから逃がす」
とイグアスが言った。
僕は街道脇の草むらに行って、ブラウンワームをぽいっと放り投げた。しばらくブラウンワームは動かず静かに固まっていた。
……あ、こうして草むらに佇んでると、たしかにうん……。
そうなのだ。
悲しいかな――……
こういうとこだけ、現実の都合によりリアルではない。
というか、リアルに出来ない。
フルダイブ型ゲームのモンスターについて、昔は特に決まり事はなく緩かったが、現在は規制がある。
子供でも遊べるゲームは、倒せるモンスターを現実にいる小動物に似た見た目にしてはいけない。うさぎとか猫とかハムスターとか。
これは、現実で小動物を攻撃してもいいと誤認してしまわないように。
それから、倒されるモンスターを見て、ショックを受けないように。
大きい動物がいいのかっていうと、そこにも規制はあるのだが。
身近にいる小動物ほど厳しくない。象とか熊とかそのへんにいないし、いても倒そうなんて思わないだろうし。
それでもだいぶモンスターちっくな、いかつい見た目にしないと駄目らしい。
教育上よろしくないから、現実にはとてもいそうにない想像上の生き物を作ってくれよな!
ってことだ。
だもんで、プレイする年齢制限が低いゲームほど、モンスターが異様にゴツかったり、不気味だったりするのだと、ゲーム開発の下請け会社に就職した友人に聞いた。
現実世界で事件が起こった時、犯人がフルダイブゲームをプレイしてたかっていうのはマスコミの槍玉に上がりやすいので、開発側も自主規制にもっっっのすごいピリピリしてるらしい。
人間型の敵に関しては、直接攻撃の出来ない対象になってたり。
敵だと分かったとたんに本性を現わしてモンスターの姿になったり。
最初から額に角が三本くらい生えていたり。
目鼻立ちの無いツルツルののっぺらぼうだったり。
創意工夫を色々と凝らしているらしい。
攻撃時に痛がる表情なんかをさせては駄目なんだと友人は言っていた。
だから、モンスターの声も、わざとらしく機械音的だったりする。
『ピュイーン』とか『キュルルルーン』とか鳴く。
当然、フルダイブゲームを始めた頃は、違和感があったが、もう慣れた。
今の子供達にとっては、それが最初から普通だろう。
現実過ぎてもいけない。難しいところだ。
結果、「もういいや、適当に作っちゃえ」的な、けっこう雑なモンスターが存在する。
う……こワームがその典型だろう。
ちなみに、戦争ものや格闘ゲームなんかはどうなの? っていうことに関しては、元々の年齢制限が高めなのと、血が出ないことである程度セーフらしい。
僕も少しやったことがあるが、撃ったり蹴ったり殴ったりしても、そこは厳しい規制の元、一律の感触しかない。そしてなんか、気持ち悪い。
それはもう科学者やら生物学者やら心理学者やら犯罪学者やら様々な分野の権威が、「人を傷つける疑似的行為において、攻撃時に不快と感じる感覚を、プレイヤー側が受けるような感触」を徹底的に研究し、敵へのヒット時に脳波にそれが伝えられる。
人によってはトラウマ級の罪悪感を覚えるらしい。
だから、攻撃するのがかえって辛くて、僕はハマらなかった口だ。
ゲームを売るために、ゲームが売れない努力をしなきゃいけないという。
なので、FPSや格ゲーは、フルダイブより普通の3Dゲームのほうが根強く人気がある。フルダイブにはフルダイブの才能も関わってくるので、純粋なゲーマーはやりたがらない人もいる。
フルダイムFPSや格ゲーが好きな人は、わりと現実にサバゲーとかハマるようなタイプだったりするみたい。
「さて。初めてのモンスター遭遇、どうだった?」
せっかくなので、子供達に聞いてみる。
「き、キショかった……」
「ああいうのばっかりなんですか……?」
「ボクは好き」
「各国にいるよ。カラーリングだけ違う、色違いモンスターというやつだ。ピンクとか緑とか」
「わー! 見たい! ピンクや緑のうんこ!」
イグアス、君はさぁ……。
「でかいのもいるよ。ビッグワームとか。ジャイアントワームとか」
「名前からして、なんか、ちょっと……」
「嘘だろ……無理だって」
他の二人は最初のモンスターに遭遇しただけでぐったりしてしまっていた。
イグアスだけが目を輝かせている。
「マジで!? 見たい!! 動くでっかいうんこ!!!」
君は自重してくれよ。




