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邂逅  弐

 新しい年も迎え、桜所を師事し診療所で働く事も慣れてきた頃。

 今日も今日とて、診療所スタイルの袴姿で玲は忙しく立ち回っていた。

 


「おい柳崎! 行くぞ、もたもたしてんな」

 玲が、往診バックに玲独自に作った患者のカルテや医療道具などを詰めていると何処からか不機嫌そうな自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

「はいはい! 今行きますよ、高松さん」

 今日はまた一段と機嫌が悪そうだなぁ――と、玲は胸中でぼやきながらも兄弟子である凌雲に返事を返した。

 これから玲は、凌雲と共に患者の往診に行くのだ。

 最近は、桜所が忙しくて診療所から出られない時や不在の時などに、こうして凌雲と二人で往診に出掛けるようになった。

 玲は、急いで荷物を詰め込むとバックを手に持ち、パタパタと小走りで診療所の出入り口に向かって行き、凌雲の姿を探してきょろきょろと辺りを見回す。すると、

「玲ちゃん、若先生と往診かい?」

 若先生なら、先に行っちまったぞ。――と診療所に来ていた患者の弥吉さんが笑いながら声を掛けてくる。

 若先生とは、診療所での凌雲の呼称である。

 弥吉さんの言を聞いた玲は、驚きながら開けっ放しになっている出入り口を見た。

 すると、門に向かい庭先を歩く凌雲の後ろ姿が目に入ってきた。

「あっ! 高松さん!」

 玲は、置いていかれる。と焦りながら急いで草履を履き駆け出した。

 が、その瞬間、ちょうど診療所に入ってきた人物と正面からぶつかった。

「 !! 」

「うわぁっ!」

 玲は、ぶつかった反動で、せっかく立ち上がった板敷に尻餅をつく様に再度、体を戻される。

(いたた……。今日は厄日かぁ?)

 板敷に打ったお尻を撫でながら、今日はついてない。と胸中でぼやいていると、

「すまん。大丈夫か?」

 と、ぶつかった人物が玲に声を掛けてきた。

 玲は、はっとして顔を上げる。

「あっ、こちらこそすいません。私、前を見ていなかったから……」

 そちらこそお怪我はありませんでしたか? ――と玲は申し訳なさそうに顔を曇らせて問うた。

 とその時、外から、

「柳崎! 何やってんだ、置いてくぞっ」と凌雲の物凄く不機嫌そうな声が聞こえてくる。

 玲が視線を庭先に向けると、門に背を預けてこれまた不機嫌そうな表情で立っている凌雲が見えた。

 しかも、地面に置いていた木製の鞄を手に取り、今まさに玲を置いて往診に行こうとしている。

「えっ?」

 ちょちょっと! 本気で置いて行く気ぃ!? と玲が焦りながら凌雲を眺めていると、

「彼が呼んでいるのは君の事だろ? 僕は大丈夫だから行きなよ」

 おいていかれるよ? と玲の目の前の人物は述べてきた。

「えっ? 本当に大丈夫ですか? ……それじゃ、お言葉に甘えて失礼致します」

 本当にすいません。――と玲は恐縮そうに、でも早口に述べ、最後にお辞儀をして凌雲を追いかけてポニーテールに結った長い髪をなびかせ勢い良く駆け出した。


 この人物との出会いが、後に玲の人生を大きく揺るがすものになるのだが、それはまだ先の話である。

 いまだ玲が気付く筈も無く、ただ、今は医学の道へと一歩また一歩と着々と歩んでいた。



*******



 療養所から寺に戻り、玲が自分の住む家屋の掃除や夕餉の下準備をしていると、明心が訪ねてきて義観が玲を呼んでいると言う。

 玲は、急いで義観の住まう院へと向かった。


「遅くなりました。おじ上、玲です」

「お入りなさい」

「はい」と返事をして室内へと入ると見知らぬ人物が義観といる。

 玲は、はて? どちら様かしら? といった風に鎮座しながら義観に視線を送る。

 すると、その視線に気付いた義観が、

「こちらは薬種問屋金木屋の主人、峯助殿だ。玲に用があって寺にいらっしゃったそうだ」

「?? はぁ……」

(薬種問屋の旦那さん? どうしてそんな人が?)

 その人物は、髪を町人髷に結い利休茶の着物に羽二重縮緬の高級絹織物の羽織をまとっており、いかにもといった裕福そうな人物であった。

「柳崎 玲です――此度こたびは、どういった御用件で?」

 と玲は自己紹介をしつつ用件を問う。

 しかし、その薬種問屋の主人は玲の容姿を眺めたまま目を見開いてしまっていて何の返答も無い。

「あの……? どうかなされましたか?」

「あっ……いえいえ……」

 と焦った様子で峯助は懐紙を取り出し額の汗を拭った。

 例の如く、玲のその容姿に驚いていたようだ。

 暫らくして一つ咳払いをすると、峯助は早口に言葉を発し始めた。

「大変ご挨拶が遅れてしまったのですが、此方こちらは大寺院という事で訪ねるにも気構えちまいましてこのような無作法なお伺いになってしまいました。なんせ刻限が経っちまいましたから覚えてくださっているかどうかも危ういですが、手前のせがれが川で溺れて危篤だったところを、お玲様が助けてくだすったようで。――僭越ながらお礼を申し上げたく参った次第でございます」

 その節は、誠にお世話になりやした。――と深く辞儀をする。


(川で溺れて……? 私が助けた?)


「あっ! あの坊や!?」

 玲は、思い出し驚いた表情を浮かべる。

「玲、覚えておるようだな」

 義観が述べる。

 玲は義観の方に顔を向け頷きながら、

「はい」と述べた。そして、今度は坊やの父という薬種問屋の主人の方へ顔を向けて、

「とんでもないです――私は大した事をしていませんよ。わざわざお礼のために此方まで来て頂いて、私こそ恐縮です」

 と、玲も慌てて薬種問屋の主人に向け深く辞儀をした。

「大事な一人息子を助けて頂いたのです。遅くはなりやしたが、お礼を参じにお伺いするのは当たり前の事でございます」

 感謝してもし足りません。お礼といっては何ですが、手前らの気持ちです。――と椿の花が描かれた漆塗りの箱を、玲の目前へと差し出してくる。

「些少で御座いますが、お納めくださいませ」

 問屋の主人峯助は畳みに頭を擦り付ける様に深く平伏する。

「や、やめてください。頭をお上げになってください」


(それに、些少って事は、お金が入ってるのよね?)


「お受け取りできません。お気持ちだけ頂いておきます」

 慌てて断りの返事をする玲。

「いいえ。こいつぁお受け取り頂きやすよ」

「手前どもは本当に感謝してやがるんです。こうでもしねぇとお天道様に顔向けできねぇ」

 気が済まねぇんです。――と峯助は箱を差し出したまま頭を上げようとしない。

 玲はあたふたしながら、助けを求めるように義観を見る。

 けれど、義観は自分で決めなさい。と言っているかのように無言で玲を見つめ返すだけ。


(困ったなぁ……でも、正直なところこの金子が頂けると当面はおじ上に迷惑掛けずに済むし、医療道具も買える……)


 しばらく眉間にしわを寄せ、何やら考えていた様子の玲は、おもむろに小さく頷き口を開いた。


「――はい。では有り難く頂戴いたします。ですから、頭をお上げに……」

 その返事を聞いた峯助は、深く下げていた頭を上げにっこりと微笑む。

「よかった。――この位の金子じゃ本当はたりゃしねぇ位です。なんせうちのたった一人の倅の命を救って下すったんだ」

 そして峯助は続けて独り言のように――いや、しかし良かった。このまま箱さげて家に帰ったら女房に何言われっか……――と呟きながら心なしか小さく身震いをした。

「お玲殿、僧都様にお聞きしたんですが今、医者を志していらっしゃるとかで……」

 峯助は、思い立ったように顔を上げ玲に問うてくる。

「……ええ、まだまだですけどね」

 玲は、照れくさそうに答える。

「それは好都合。先程、僧都様にご紹介頂いた様に家は薬種問屋を営んでいるんですが、薬は多様にございます。何か御用の際は是非に家に来てくださいませ」

「そうですね。それでは、今度伺わせていただきます」

 これには玲も快く返答をした。

 玲の贔屓の薬種問屋が出来たのだ。医道を志す立場としては嬉しい事である。

「へぇ。お待ちしてます。それでは、あたしはこの辺で失礼いたしやす」

 と、玲と義観に深々と辞儀をし、最後にもう一度お礼を述べると峯助は、問屋を営む自宅へと帰っていった。





「しかし、助けたお子の家が薬種問屋を営んでいるとは、これまた奇遇だな。しかも大店おおだなだぞ金木家は……」

「大店……そうなのですか?」

「うむ。玲が医道を志した途端にこの巡り合わせだ。なにかに導かれておるようだな……」

 義観はしみじみした様子で述べた。

「はぁ。導きですか?」

 確かに医道を進み始めた玲にとっては嬉しい偶然である。

 しかしこの時代で生きる事に精一杯な玲は、導きなどと言われてもいまいち理解できず、気の抜けた返事をする。

「まぁ、良い。――良い行いをすれば見返りも返ってくるってもんじゃ。有り難く金木家殿にお世話になるといい。しかし感謝を忘れるでないぞ」

「――はい」



 その後、自分の住まう離れに戻った玲は、峯助から貰った高級そうな漆塗りの箱を開けて吃驚きっきょうした。

 なんと中には、小判が百枚。この時代で言う百両で現代の金額に換算すると約四百万円相当の金子が収められていた。

 慄いた玲は後日、金子を返しに金木家に赴くがやはりと言うべきか、金子は受け取ってはもらえず、そればかりか医者なのだから必要であろうと多種多様の漢方薬をお土産に持たされ追い返される事になる。





ご覧いただき、ありがとうございます。


更新が遅くなりまして、この作品を読んで下さっている皆様には大変ご迷惑をお掛けしております。

本当に申し訳ありません。

時間がとれず短く纏まりのないお話になってしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。

なお、読んで下さっている皆様には本当に申し訳ありませんが未だ執筆時間が作れない状態が続いております。

遅筆になることをお許しください。

また、更新が難しい状態が続いておりますので表紙絵を一旦やめる事にしました。

その代わりと言ってはなんですが、みてみんに登録しましたのでご興味のある方はみてみんの方にてイラストをご覧くださいませ。

多分、小説タイトルで検索しますと出てくると思います。

こちらもお目汚しになる確率が高いので、ご注意くださいませ;


最後になりましたが、ご感想を下さった皆様、お返事が大変遅くなり申し訳ありませんでした。

とても嬉しく励みになっております。ありがとうございました。


それでは。胡竹

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