第1話 雲集霧散(うんしゅうむさん)
校舎を背にして寄せ集めの班員たちを見回す。自分を含めて男が三人に女の子が二人の、五人で構成された班。
植物図鑑を脇に挟んだいかにもガリ勉といった眼鏡少年。
羽飾りのついた帽子をかぶった吟遊詩人の少年。
特徴という特徴のない影の薄い女の子。
もう一人の女の子はなんと、この国の姫様だ。
こぼれそうになるため息を呑み込む。
なんでこんなことに……。
薬の材料となる豆を集める。その課外授業のためだけに組まれた班。一応同じクラスの生徒のはずだが、興味がなかったので顔も覚えておらず、ほとんど初めまして状態だ。けれどお互いに名乗り合うこともない。ただ目的だけが同じという、グループ活動にあるまじき協調性のなさが心許ない。
どうしてお偉いはずの姫様がこんなはずれの班に組み込まれたのかはわからないが、一つ言えるのは、権力者などひたすらに面倒でしかないということだ。
グループ活動なんてクソ食らえだ。
口には出せない言葉を胸の内で吐き出す。
どれだけお行儀よく席につこうが、自分が盗賊であることは変わらない。振る舞いに染み付いた薄汚さなど消えないのだ。
綺麗なお家に生まれて家業を継げるような、努力さえすればどんな進路も選べるような清廉な学生に、自分が混ざれるはずがなかった。
絶っ対に、ボロを出してはならない。
緊張感で内心ひやりとする。
墓穴を掘る前にという本音は隠しつつ、さっさと課題を終わらせようと班員たちを促すと、自信ありげに手を挙げたのは眼鏡少年。どうやらこの課題のために勉強してきたらしい。
早く終われるならなんだっていい。
特に反対意見もなかったので、学校から伸びる道の先に広がる森へと先導する眼鏡少年にぞろぞろと続く。
眼鏡少年によると、目当ての豆の植生を考えればこの森に生えている可能性が高いらしい。しかし自分たち以外の班は森へ向かってはいないようだ。
課題を行うにあたって、教師から「どの辺りに生えている」といったヒントはなかったので、その情報が本当なら他の班よりも先んじることができると思うが……。
鬱蒼とした人の手がほとんど入っていない森に目を向ける。
本当に、大丈夫だろうか?
胡散臭さを視線に込めて前を歩く眼鏡少年を眺めていると、誰かがあっと声を上げた。
声につられて目を向ければ、森の手前、道の傍らに極小さな紫色の花をつけた蔓草が生えている。伸びた蔓にいくつか実っているのは、探していた豆だ。
でも、あまりにも小さくないか?
指先で摘んでぷちりともいださやの厚みは紙を数枚重ねた程度。端から端までの長さは人差し指よりも短い。薄っぺらいさやには豆らしい丸みはなく、しいて挙げるなら砂粒程度の微かな膨らみが三つあることか。
成長しきっていないようにしか見えないが、こういう種類の植物らしい。豆とは言うものの、砂粒のような豆は重要ではなく、どうやらさやごと使って作る薬のようだ。
こんな小さな物をまとまった量集めなければならないことへの辟易とした思いは一旦脇に除けることにする。初っ端から気が沈むようなことは考えたくない。
こんなに近場で見つかったのは幸先が良いよな。
……と、信じていた時期もありました。
森の入り口でほんの少しの豆を見つけて以来、森の奥へ進むほど木々は密生して道は細くなっていく。道は一本なので迷うことはないが、問題なのは豆のまの字も見当たらないことだ。
重なり合う枝葉に太陽が遮られ、辺りは段々と薄暗くなっていく。
あれからどれだけ歩いただろう?
歩き続けた疲労よりも森の不気味な雰囲気に不安が重くのしかかる頃、唐突にそれは現れた。
元は白かっただろう、砂汚れで黄ばんだ壁。
入り口の両脇にそびえる縦縞模様の特徴的な柱。
所々が崩れ朽ちていても荘厳さを残すそれは、初めて見る趣の小さな神殿だった。
黙々と道を歩くのに飽きていたこともあり、小神殿を前にして好奇心が疼く。
課題を優先するならこんな不審な場所に寄り道をしている場合ではないが、学校から比較的近くにこんな場所があったなんて大発見だ。それに……歴史的価値のある場所なら、中の物は良い値段になるかもしれない。
「中を見てみよう」
胸の高鳴りがバレないようにと努めて平静に口を開いた。こんな気味の悪い場所でわくわくしているなんてと思われたくない。
しかし意外と言うべきか納得と言うべきか、年相応の好奇心と飽きっぽさをお持ちの三人が賛同した。
そこで特徴のない女の子だけは両腕を擦りながら後ずさった。
「なんとなく怖い」
きょどきょどと不安そうに目を泳がせる様子は、演技ではなく本当に怖がっているようだ。
とはいえ渋っても四対一。代わり映えのない景色に、というかどんどん不気味になる景色から気を紛らわせたい他の班員たちの気持ちはもう決まってしまっている。
結局一人で外に残るか皆で入るかという二択で、班員の一人に手を引かれながら神殿へと踏み込んだ。
礼拝のための部屋だろうか、入り口と同じく縦縞模様の柱が左右に立ち並んでいる。元は左右対称の美しい空間だったと想像できる部屋は、今では柱がボロボロに欠け落ち、いくつかは土台しか残っていなかった。
さらに奥、正面の壁の右端は隣室へと続いている。
正直この部屋をいくら探しても、埃以外の物は出てきそうにない。物珍しそうに見て回っている班員たちを尻目に、もっと面白い物はないかと黙って次の部屋へ行った。
壁の向こうだったその部屋の中が見えた瞬間、怖気が走った。
ここは食堂だったのだろうか。大理石で作られた長いダイニングテーブルの上には腐った食べ物らしきものがグロテスクな色をして異臭を放ち、テーブルの周囲には割れた食器やら瓶やらが散乱している。
そんな凄惨なディナー会場よりも恐ろしいのは、そこらに散らばる真っ白な人の骨だ。テーブルの上の頭蓋骨、椅子に散らばった骨、床に倒れた姿そのままの骨。
一体、何が……。
足が竦んで動けなくなっていると、やがてバラバラと班員たちもこちらへやって来た。部屋の惨状を見るやいなや、みんなが息を呑む。
それもそうだろう。物語でもないのにこんな悍ましいものを見ることになるなんて、誰ひとり想像もしていなかったはずだ。
腐臭に顔を顰め、あるいは恐怖に顔を引きつらせて、みんなその場から動くこともできなくなる。
いや、みんなではなかった。
そんな中で一人、何も気にしたふうのない帽子をかぶった男が、どこからか探しだした未開栓の酒を片手に掲げてみせた。アルコールは滅菌されるから大丈夫ということらしい。反対の手に持った汚れていない一枚の白皿には、簡素な料理とも言えない食べ物が載っている。テーブルの上の物とは違って、少なくとも腐ってはいないが……。
へらへらしながら、食事会をしようとのたまう吟遊詩人を睨みつけた。
こんな状況でどんな神経をしているんだ!
当然ながら他の全員が反対した。こんな恐ろしい場所で、そんな怪しげな物など誰が口にするものか。
しかし吟遊詩人の押しの強さは尋常ではなかった。
異様な押しに負け、食事会をすることになり、それから……。
✝✝✝
なんだか頭がぼんやりする。
ひんやりとした床に横たわったまま、なぜこうしているのか思い出そうと頭をひねった。
吟遊詩人の押しの強さに負けて、食事会をすることになって、それから……。
気を失う前の状況を思い出し、慌てて倒れていた体を起こした。
こんな場所で食事会などしたからバチが当たったんだ。早くここを離れないと……。
ふと周りを見回すと、なぜか姫様しかいなかった。姫様も先ほどの自分と同じく倒れている。他の班員たちはどこへ行ったのだろう? 先に目が覚めて、この部屋を出ていったのだろうか。
不安になって目を泳がせていると、耳にチュウという鳴き声が届いた。チュウチュウ、チュウチュウと鳴き続ける声につられて顔を向ける。目覚めた姫様も同じ方向を見た。
壁際に集まっている三匹のネズミのうちの一匹は、奇妙なことに、羽根飾りのついた小さな帽子をかぶっている。
まさか、吟遊詩人か!?
ネズミに問えばそうだと言うように頷いた、ような気がした。
いかんせん小さく足も短いので、目の錯覚という線も捨てきれない。けれど、帽子をかぶったネズミなどというけったいな存在がそこらにいるとは思えない。だとすれば、他の二匹は眼鏡少年と女の子なのか。
他の二匹にも尋ねると頷きが返ってきた。
どうしてこんなことに?
信じられない思いとこの先への不安で頭が埋め尽くされていた。




