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それは、夜の静寂がもっとも深く沈んだときだった。

窓のない、外の世界から完全に遮断され、風など吹くはずのないその部屋に、突如として悍ましい暴風が吹き荒れた。

ガタガタと部屋の調度品が震え、固く閉ざされていた重厚な扉が、凄まじい衝撃音とともに内側へと弾け飛ぶ。

「――エリカァァァッ!!」

鼓膜を引き裂くような怒号とともに現れたのは、怒りに狂ったレナードだった。

その赤色の瞳は完全に血走り、かつての端正な面影をかき消すほどの凄絶な狂気を宿している。衣服は汚れ、潜入のために多くの警備兵を斬り伏せてきたのか、全身から生々しい血の匂いを漂わせていた。

「レナード……っ!?」

あまりの異常事態に、ベッドの中で私と手を繋いで眠っていたアレクセイが、瞬時に跳ね起きる。最高法官としての冷静さを取り戻そうとする彼よりも早く、レナードは狂気的な速度で地を蹴った。

「死ね、傲慢な偽善者が……っ! 金でエリカを、俺の揺りかごを買い叩いた汚らわしい男め!!」

引き抜かれた銀刃が、暗闇の中で凶悪な光を放つ。レナードの狙いは、アレクセイの心臓だった。殺意に満ちた一撃が、容赦なくアレクセイの胸元へと突き出される。

(――させない!)

アレクセイが剣を避ける猶予はない。そう直感した瞬間、私の身体は思考よりも先に動いていた。

私はアレクセイの前に立ちはだかり、自らの身体を盾にして両腕を広げた。

「エリカ、退けっ!!」

レナードの叫びとともに、鋭い刃が私のすぐ目の前でピタリと止まる。刃先から放たれる冷気が、私の肌をチリチリと焼くようだった。

レナードは、自分が刺そうとした刃の前に愛する女が立ちはだかったという事実に、絶望的なほどに顔を歪ませた。その赤色の瞳に、どす黒い裏切りの色が混ざり合っていく。

「……何をしている、エリカ。どうしてそいつを庇う?」

レナードの低く、地を這うような声が部屋に響く。彼は怒りと悲しみに身体を震わせ、かつて大通りで私をなじった時のように、狂ったように罵倒を始めた。

「やっぱり裏切ったのか! お前も、あの手紙の通り、俺を捨てるんだな!? この男の財産に目が眩んだか! 高貴な公爵に抱かれでもして、極上のベッドが気に入ったのか!? 結局お前も、金と権力に魂を売った汚い女だったんだ!!」

狂気的な罵声を浴びせながら、レナードの剣先が小刻みに震える。

かつての私なら、この激しい気迫と、自分に向けられる罵倒の言葉に怯え、ただ涙を流して「違うの、レナード」と縋りついていただろう。彼の狂気をこれ以上刺激しないよう、自分を押し殺して彼を宥めようとしていたはずだった。

けれど、今の私の胸にあるのは、恐怖ではなかった。

背中から伝わってくる、アレクセイの緊迫した息遣い。そして、夜の静寂の中で彼と確かめ合った、本当の愛の温もり。それが私の背中を強く支えていた。

私は涙を流すこともなく、ただまっすぐに、狂気に狂うレナードの赤色の瞳を見つめ返した。

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