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歪んだゆりかご

「――ねえ、エリカ。君は僕を捨てるんだろ? あの男のところへ行くんだろ!?」

夜の帳が下りた王立学園の裏庭。きらびやかな卒業パーティーの喧騒が遠くから響く中、私の手首は、骨がきしむほどの力で締め上げられていた。

痛い。けれど、声は出さない。

目の前で髪を振り乱し、血の気の失せた顔で私を睨みつけているのは、幼馴染であり婚約者でもある、子爵家の嫡男・レナードだ。彼の瞳は恐怖に狂い、呼吸は過呼吸のように浅くなっている。

さっき、パーティー会場で学友の兄から「卒業おめでとう」と声をかけられ、ほんの二言、三言、言葉を交わした。ただそれだけのことが、彼の世界を壊してしまう。

「酷いよ……僕には君しかいないのに。母様みたいに、僕を一人にして消える気なんだ!」

激しい罵声とともに、突き飛ばされた。

固い地面に背中が打ち付けられ、鈍い痛みが走る。ドレスの裾が汚れ、擦りむいた手のひらからじんわりと血がにじんだ。

けれど、私は怒りも、悲しみもしない。ただ、ゆっくりと身を起こし、目の前で頭を抱えてガタガタと震え始めた彼を見つめた。

(ああ、まただわ)

彼のお母様が、愛のない結婚に耐えかねて異国へ旅立ったあの日から、レナードの時間は止まっている。私以外の男と話せば激昂し、無断で少し遠出すれば狂ったように怒る。それは彼が、私を失う恐怖に、今にも押し潰されそうだからだ。

「……ごめんなさい、レナード」

私は立ち上がり、そっと彼に近づいて、その細い肩を抱きしめた。

「私が悪かったわ。あなたを不安にさせてごめんなさい。私はどこにも行かない。あなたの側からは、一生離れないわ」

私の胸に顔を埋めたレナードは、子供のようにしゃくり上げながら、今度は縋るように私の腰にしがみついてきた。

「ごめん……ごめんだよ、エリカ……。僕を置いていかないで、僕だけのものになって……」

「ええ、私はあなたのものよ」

彼の流す涙が、私の鎖骨を濡らす。

私の家族は、レナードのこの激しい気性を知って、いつも眉をひそめている。「あんな暴力的な男はやめなさい」と。けれど、彼がこうして毎回、子供のように泣いて反省する姿を知っているのは、世界で私だけなのだ。私が許さなければ、この人は壊れてしまう。だから、これでいい。これが私たちの、歪んでいても確かな愛の形なのだから。そう信じて、彼の背中を優しく撫でていた私は――まだ気づいていなかった。

遥か頭上、きらびやかな光が漏れるパーティー会場の3階。

その開け放たれた出窓から、私たちの醜態をじっと見下ろしている【視線】があることに。



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