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22 犯人

 そして、イーサンたちが毒を盛られたと考えられる、翌朝。


 『レンガ亭』にてイーサンたちが犯人を捕まえたと聞いた私は、後ろ手を縄に縛られた女性が、玄関ホールの床に転がされているところを見て、声を失ってしまった。


「……クラウディア!?」


 そこに居たのは、幼い頃から私の唯一の友人と言える人……クラウディア・ブラントだった。


 床に落ちた美しい亜麻色の髪は柔らかく波打ち、そして、金色の目は私のことを鋭く睨んでいた。彼女と会うのは久しぶりだ。なにせ彼女は私を『裏切り者』と糾弾し、聞く耳を持たなかった。


「……レティシア。やはり、そうでしたか。この女性が、俺たちの朝食に毒を入れた人物だったんです」


 クラウディアと私の関係を知っているからか、苦い表情を浮かべたイーサンは言いにくそうに話し、ジョセフィンはその隣で肩を竦めていた。


「俺が、この人を捕まえたんだけど……自分は貴族で伯爵令嬢だから、平民が死んだところで罪に問われないと騒いでね。仕方ないから、衛兵呼んで、縄で縛っている。ちなみに、毒を盛った一人である、イーサンの身分は、もう説明済」


「あ。そうだったのね……」


 説明を聞いた私はもう、この状況で何をどう言って良いのか、まるでわからなかった。


 ……貴族が平民を殺しても良いというわけではないけれど、あからさまな犯行が、調査の末に有耶無耶になってしまうことは確かだった。クラウディアも冒険者三人を殺してしまっても、身分でどうにか言い逃れるつもりだったのかもしれない。


 クラウディアが私のことを恨んでしまう理由は、それ自体は理解出来る。けれど、何故この三人に毒薬を飲ませることになるのか……本当にわからないのだ。


「……レティシア。婚約をするんですって? しかも、隣国の大貴族と」


「クラウディア……確かにそれはそうだけど、これは、どういうことなの? 一体、どうして彼らに毒を?」


 クラウディアとイーサンたちに、何かの接点があったようには思えない。ましてや、彼らを殺したいと思う動機なんて思いつかない。


「貴方が親しげにしているSランク冒険者たちが居ると聞いたの。まさか、その中の一人が婚約者だとは知らなかったけれど……貴女が傷つけば良いと思ったのよ。そのまま不幸なままで、居て欲しかったから」


「……クラウディア。どうして……」


 顔を歪めた私はそう聞けば、クラウディアは鼻を鳴らして私を睨んだ。


「レティシアは、何も知らないでしょう? そうだと思うわ。いずれは、あの叔父にすべてを奪われてしまう運命にあったとしても、色々なものに守られていたもの……」


「それは……」


 確かにそれはそうだった。邸内では執事エーリクが居て、使用人たちは彼らの管轄だった。叔父たちがそこまでの勝手を振る舞えなかったのは、実務を担当していた彼が居たからだ。


「ふふふ。私の母はね。本当は、先のオブライエン侯爵と結婚する予定だったの。つまりは、貴女の母が、私の母の婚約者を横取りしたのよ! ……母は私を産んで、不幸な人生を歩んで終わったわ。全部全部、あんたの母親のせいでね! 幸せでなんて、絶対いさせないわよ!」


「……クラウディア」


 驚いた。私の亡き父母はとても仲の良い夫婦だったと聞いていたし、結婚の時の経緯については、私も聞いたことがなかったからだ。


「レティシア。貴女が幼い頃から私だけが親身になって、貴女を支えたでしょう? すべては、希望に満ちた時に、裏切るためよ。せっかく、求婚者を募れるようになったのに、私から裏切り者と呼ばれ……とっても可哀想だったわね」


 あざ笑うかのようにクラウディアはそう言い、私は溜まらなくなって叫んだ。


「そんな! けれど、貴女……オルランド様のことお慕いしていたのではなかったの?!」


 ここで明らかになった信じられない事実の連続に、私は倒れそうになったけれど、隣のイーサンが支えてくれていた。


「……オルランド様が、今は当主不在でオブライエン侯爵家の法定相続人レティシアに、ご執心であったことは、割と知られた話だったのよ。あの方は第三王子で、いずれは臣籍降下される身。うるさい父親が居なくて、ちょうど良いじゃない。それに、城でレティシアのことを何度か見掛けて、気に入っているということは周囲に漏らされていたのよ。だから、社交界デビューして、すぐに声を掛けにいったでしょう?」


「……だから、私にオルランド様のことをお慕いしていると、嘘をついたの?」


「そうよ? 友人の私があれだけ騒げば、オルランド様には自分から近寄れないでしょう? 貴女って変なところ律儀だもの。だから、そうしたの……不幸になれば良いと思ってた。誰よりも不幸になれば良い……私のお母様や私のように……オルランド様と結婚すれば、レティシアは幸せになるでしょう? だから、全部全部、台無しにしてやろうと思ったの」


「クラウディア……」


 私は声が思わず震えてしまった。これまで、私は想像もつかないような悪意に、幼い頃からずっと晒されていたことになる。


 だって、私は……イーサンと出会わなかったら、考えたくもないけれど……。


 その時、イーサンは私の前に出て、私を睨み付けるクラウディアの視線を遮るようにした。


「主張したいことは、理解した。ただ、クラウディア・ブラント。君のしたことは、王族に関する事実の捏造や、貴族の毒殺未遂で立派な犯罪行為だ。この件については、君は、裁かれることになる」


 ホールの中には凜とした声が響き、イーサンがただの冒険者ではないと、周囲の誰もが理解したはずだ。


「……それでも構いません。それでも良いと思って生きて来たので」


 クラウディアの声は、毅然としていた。


 ……おそらくは、彼女には覚悟があったのだ。


 私を不幸にするために、自分も不幸の底に落ちても良いと……そう思って居たのだ。


「レティシアの友情を裏切ったことは犯罪でもなく、罰則はないかもしれない。だが……君にはこの先、どんな友人も信じることも出来ずに、一生孤独の中で生きることになるだろう。それは、君がそうしたんだ……誰かに信じても、いつか裏切られるかもしれないと思い悩む人生を選んだんだ」


「どうでも良いわ……そんなもの。要らないもの」


 イーサンは近くに控えていた衛兵に合図をして、クラウディアを連れて行かせた。


 ……ああ。


 今思うと、なんだか変だと思う違和感は……たくさんあったような気がする。


 けれど、私はそれを見ない振りをした。私はクラウディアが居なければ、一人になってしまうからだ。


 頼る人も少なく、孤独の中で生きて行くには、私は弱かった。


 けれど、思うのだ。


 信じられない人を疑いながら生きるよりも、孤独の中で信じられる人を待つ方が良い。


 彼女の言葉が確かだったとすると、それは、もしかしたら、私にとってはオルランド様であったかもしれなかった。


 ……けれど、今は私にはイーサンが居る。


 本当に偶然で奇跡のような出会いだけれど、今ここに彼と幸せへと歩む私が居ることは事実だった。

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