21 毒殺
「レティシア……すみませんでした。ありがとうございます。それにしても、あの状況でどうにか助かったんだ……まさに、奇跡だ」
泣いていた私が大分落ち着いてから、イーサンはしみじみとした口調でそう言った。
「……そうよ。イーサン、あの……一体…何があったというの……?」
「いや、レティシア自身が俺たち誰かの元に向かって『ロード』を使ったということですか?」
イーサンは信じられない様子だったけれど、もしかしたら、私がダンジョンへ向かったと誤解しているのかもしれない。
「ええ。イーサンが来なくて、心配になったから、探しに行ったの。そうしたら、大怪我をして運び出されたヴァレリオを見張るように怪しい男たちも居て、私は何が起こったのか……本当にわからなかったの」
危機感を強く感じて、今までにない胸騒ぎがした。それは、時魔法で彼らと繋がった私は有り得ることかもしれないと思える。
けれど、誰かが敢えて危機に陥れているかのようで、それが不思議だった。
だって、彼らはどんな事態になっても、誰か一人は帰られるよう安全策を取るようにしていると、以前に食事を共にしていた時に言っていた。だと言うのに、三人全員が帰還出来ない状況になっていた。
それに、あの男たち……まるで、ヴァレリオの息の根を、止めようとしていたように思えるのだ。
「そうか……実は、レティシア。俺たちは遅効性の毒を、誰かに盛られていたようなんです。おそらくは、朝食の時に盛られたんだと思います。それが、ヘイスターの地下迷宮で、俺たちは瀕死になっていて」
「え……?」
思いもよらなかった言葉を聞かされた私は、イーサンの顔を見上げた。彼は眉を顰めなんとも言えない表情を浮かべて、何かを考え込んでいるようだ。
「俺たちはSランク保持しているし、名前を知られていることは事実としてあります。だが、俺は身分を明かしてはいないし、特に同業者に恨みを買ったような覚えもない」
「そうよね……それは、そう思うわ」
私はイーサンの言葉を聞き、同意して頷いた。
イーサンたち三人は歴戦の強者というか、辺りを払うような空気を纏っていて、恨みを買うというか、そもそも彼らに関わりたいと思う誰かが居るようには思えないのだ。
「だから、毒を盛られて殺されるという可能性が、あまり考えられない。だから……毒を盛られることについて、何の対策もしていなかった」
「それは、もしかしたら……私の叔父たちが……?」
イーサンの持つ本当の身分はヘイスター王国で限られた人だけ知っていて、彼が私の後見人となったこともある程度の数の人間に知られている。
それは、叔父たちも知るところだった。隣国高位貴族が私の後見人になると聞いて、彼らはもう自分たちが何かの役目を主張することが出来なくなってしまった。
「いや、それは考えられないです。あの三人は一人になってしまったレティシアを、自分たちの良いように食い物にしようと思って居ただけで、そういう……誰かと組んで何かを企むような、組織的な犯行には、とても見えなかったので」
確かに叔父たちについては既に代理人の範囲を超えた越権行為などいくつも証拠が出され、私に危害を加えようと企んだことなどで、刑が確定するまでに時間は掛かるそう。
だけれど、当分は牢屋から出て来られないことは確定している。
……では、誰がイーサンたちに毒を盛ったのかしら?
「とにかく、ヴァレリオとジョセフィンと合流しようと思います。俺たちが知らない……レティシアが見た怪しい男たちの情報についても、もしかしたら知っているかもしれない」
そして、私たち頷き合った二人は彼らの滞在している『レンガ亭』に向かうことにした。
二人はあっけらかんとした様子で、食堂の隅で酒を飲んでいた。ああ。良かったわ。身体中が怪我だらけだったはずのヴァレリオも、当然だけど今は怪我ひとつない。
「おいおい。信じられる……? 俺、もうすぐ数え切れない魔物に全方位囲まれて、食べられるとこだったんだけど!! レティシア様には、まじで感謝。本当に、ありがとうございます」
ジョセフィンは状況を聞いても想像出来ないほどにとんでもない状況下に居たらしいけれど、色々と間に合ったようで私も安心してほっと息をついた。
「僕も応急処置のみでベッドの上で眠ってて、もうすぐ、お迎えが来るんだな……と、思って居たので、部屋の中にレティシア様が飛び込んで来た時は、天使が迎えに来たのかと思いました」
「……追い込まれた足元が崩れてぶさ下がっている腕が限界で、俺はもうすぐ落ちるところだった。三人ともすんでのところを助かったんだな……」
深刻な状況を逃れた軽く笑って三人は顔を見合わせて、大きく息をついた。
イーサンは私にこれまで何も言わなかったけれど、時を戻る前は、とんでもない状況だったのね……身体中から、じんわりと嫌な汗が出て来るような気がした。
良かった。あの危機感は本物だったのだわ。こうして、彼らを助けることが出来たもの。
「いやー……『セーブポイント』の時魔法、本当に使っていて、良かったよな。ヘイスターの地下迷宮攻略自体は、前情報から聞いていたほどでなくて拍子抜けしたっていうのが俺の感想だけど、まさか、宿屋で毒を盛られるとはね……」
ジョセフィンはそう言い鋭い視線を、この『レンガ亭』の主らしき、厳つい顔を持つ男性へと向けた。
にこにこと愛想の良さそうな、恰幅の良い男性だ。
「あの店主が、毒を盛ったとは僕は考えられないな。動機もなければ、不利益しかない」
ヴァレリオは肩を竦めてそう言い、ジョセフィンは不思議そうな表情を浮かべた。
「どういうことだよ?」
「僕たちの滞在費は、前金があったにせよ、ほぼ後払いだ。金を貰っていないのに、殺しても彼には利益がない」
ヴァレリオが主張した意見は、もっともだった。彼らがこの『レンガ亭』に滞在して、ひと月以上経つし、多額のお金を貰っていない。それなのに、殺す動機が見えない。
「もしくは……損をする……それ以上の金を、報酬として貰ったか」
淡々としたイーサンの言葉を聞いて、私たちは彼に注目した。
……宿屋の店主が三人分の滞在費と、毒殺に関する報酬を貰えるとするならば……それは、単なる平民であったり、冒険者の逆恨みのような……そういう理由ではなさそう。
「とにかく、明日の朝だ。僕たちの料理を扱う何人かの中に、犯人は居る。二人はいつも通りの様子で、油断させ、一人は犯人を捕獲するように動こう……なんなら、店主を買収されたかもしれない金額の倍額で買収しても良いから」
のんびりとした口調でヴァレリオはそう言ったので、二人は頷いた。
「……あの、出来たら、何があったのか私にも早めに教えてね」
明日の朝、ここに居ては不自然過ぎる自覚のある私は、おそるおそるそう言った。
「もちろんです。レティシア様。犯人を捕まえたら、すぐにオブライエン侯爵家に連れて行きましょう……犯行が未遂に終わることは確定していますし、それだと大した犯罪にもならなさそうなんで……脅す程度にはなりそうですね」
私はヴァレリオの言葉に頷き、何があったか知りたいような……知りたくないような、不思議な気分になった。




