20 鼓動
ドクドクと……胸を強く打つ鼓動を感じる。
邸に帰るべきだとは思う。誰かから見れば、ただ悪いように考えているだけのように見えるだろう。
もしかしたら、あの白い建物の前にたむろしている人たちも、全く関係ないことで居るだけかもしれない。
けれど、私はどうしても関連付けてしまうのだ。
……彼らを狙う誰かが、何かを仕掛けたのではないかと。
ドクンと心臓が大きく鳴った。
やっぱり……そうなのかもしれない。私が彼らの『セーブポイント』に選ばれたのは、完全に無作為のことだったとは思う。
けれど、そこで何かの繋がりが出来たのかもしれない……あれだけ、不思議な魔法なのだ。そういうことがあってもおかしくないと思う。
あの中に居るという一人の元へ、急いで行かなきゃ。
そして、自分を守らないと……私は……彼と、彼らの命綱。私さえ生きて居れば、今、どんな窮地に遭ったとしても、助けることも出来るもの!
私は正面入り口にたむろする彼らの目から逃れるために、白い建物の裏口を探すことにした。
路地裏は灯りが届かず暗い。けれど、不思議と怖くはなかった。自分のすべきことが、明確にわかっているからかもしれない。
いいえ。やり遂げなければならない事の重要性が高いからかもしれない。
うすぼんやりと見える視界の中、私は裏口らしき扉を見付けた。時間的に当然かもしれないけれど、そこは鍵が掛けられていた。
どうしよう……時間的にもう猶予は、残されていないのかもしれないのに。
私は意を決して、扉をドンドンと叩いた。深夜だし、あまり良くないことだとは思ってはいるけれど……そんなことを構っている余裕はなかった。
「……お願いします! ここを開けてください!」
全く返事はないけれど、とにかく懸命に叩くしかなかった。
ここで引き下がるわけにはいかない。もしかしたら、三人の命が掛かっているかもしれないのだ。
「おい……! お前……何をしている!」
遠くから声が聞こえて、何人かの男性がこちらに向かって来ている姿が見えた。おそらくは、私が危険だと思ったあの集団の内の何人かだと思った。
……ああ。どうして……私は、あの人たちが、イーサンたち三人に危害を加える人物であるとわかってしまうんだろう。
「お願い! 早く、早く開けて! 大事な人が死ぬかもしれないんです! お願いします!」
手の痛みを忘れて扉を叩いていると、不意に身体が前のめりに倒れそうになった。
「うるさいねえ……何時だと思っているんだい?」
目を擦りながら出て来た中年女性は、私を見てイライラした調子で言った。
「……すみません! 失礼します!」
私は彼女の横をすり抜けて、建物の中へと入った。わからない。けれど、この建物の中に居る『彼』に私は引きつけられているようだ。
背後で、中年女性が『はあ? なんであんたたちを入れなきゃいけないんだい?』と、私を追い掛けて来た彼らに怒鳴りつけている声が聞こえた。
……ああ。急がなくては。私のことを待って居る人が居るのだから。
階段を上がって、息があがった。けれど、すぐそこに居る人の存在は感じていた。その部屋の扉の前に到着した時、私は胸を押さえた。
間に合った……? 間に合う? お願い。私に触れて、一言だけ。
「ヴァレリオ……」
ベッドに横たわった人物を見て、私は息をのんだ。薄暗い室内の中でも見て取れる、とんでもない大怪我だ。身体中傷ついた彼は、私のことを認識したようだ。
「……っ……」
彼は瀕死状態と言って、差し支えない。もしかしたら、もう……声が出ないのかもしれない。
「ヴァレリオ。ヴァレリオ。お願い……私に触れて『ロード』を使って……!」
私は彼の元へ駆け寄り、包帯の巻かれた右手を取った。
虚ろな目を見れば使われている薬の効果で、意識が朦朧としているのかもしれない。
「ああ。ヴァレリオ……イーサンやジョセフィンを救うためには、貴方だけが頼りなの。お願い……お願いよ。ヴァレリオ」
涙がこぼれてしまった。部屋の中で待ちぼうけをしていた私が、もっと早くにここに来ていたら。
ヴァレリオの榛色の瞳の中に、その時、光が灯ったように見えた。私の手を握った力が、強くなったような気も。
「ヴァレリオ……?」
彼の口は小さく開き、その時に、微かな声であの呪文を唱えた。
いきなり視界は明るく変わって、自室の中で、イーサンと私は見つめ合っていた。
「イーサン!」
昨夜へと戻っていたのだ。
ああ。助かった……! イーサンは生きて居る。イーサン。それに、今ではヴァレリオとジョセフィンも無事に宿屋に居るはずだ。
「……レティシア? これは……」
何度か目を瞬いたイーサンは、この状況を良くわかっていないようだった。
「イーサン。貴方たちが帰って来なくて……ヴァレリオが大怪我をして、助け出されたの。そして、私が彼の元に駆けつけて、ロードを使うことになったわ」
「あ……助かったのか」
イーサンは、ほっと大きく息をついた。そして、ここまで彼が状況把握に時間がかかり、ぼんやりとしているのなら、もしかしたら死ぬかも知れない状況に居たのかもしれない。
私の目からは、涙がこぼれた。間に合ったんだ……! 三人を助けることが、出来たんだ……!
「良かった! 良かった……本当に良かった!」
「レティシア……」
私が身体をぶつけるようにして彼に抱きついたら、イーサンは戸惑った様子で抱きしめてくれた。




