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18.闇市潜入

 祖母のペトロナは捕まってしまったが、遊ぶ金の欲しい年頃のオダリスは隠し持っていた呪いの魔術具を売ろうとしている。呪いの魔術具に苦しめられたローズとダリアが、厳しく取り締まっているので、需要が高い割りに手に入らない状態が続いている。魔術具作成のための薬草の栽培も禁止されているし、魔術具工房には定期的に監査が入っていた。

 それをすり抜けてペトロナが呪いの魔術具を作れたのは、コウエン領の元領主の手助けがあったがためで、それがなくなってからは呪いの魔術具は闇でも流通することが稀なものになっていた。呪いの魔術具の情報に飛び付いた貴族がいたのだろう、オダリスには密やかに闇市からの招待状が届いた。


「変装の魔術を使って、追手が付かないようにせんといけんって」

「同行者は?」

「一人で来いって書いてある」


 計画を立てた時点で、非常に危険だということは分かり切っていた。一人でもオダリスはやり遂げようとしていたが、カナエとラウリは素早くサナとローズに連絡をとっていた。


「うちは、『セイリュウ領の領主』に変装して行こかな」

「私は、『ローズ女王陛下』だな」


 変装の魔術は、顔の知られた有名人に成り代わる方が、存在しない別人に化けるよりも簡単だと見せかけの魔術の授業で習っていた。イメージしやすい人物に化けるのが魔術の低いものでも簡単なので、女王や領主は闇の取引ではよく使われる。不敬にあたるので、通常ならば地位のあるものに見せかける魔術を使ってはいけないと法律で定められているのだが、相手は法律など無視して違法なものを取り扱う集団だ。

 闇市ではオークションが行われて、魔物の卵や幼体、呪いの魔術具や違法な薬草、果ては人間までが取引されるという。


「呪いの魔術具には、人間の体の一部を使っているものもあるんやて」

「そんなおぞましいものを、流通させてはいけません」


 呪いの魔術具にされるために、身体を部品のように切り分けて売るショーまであるという噂に、レオとラウリはぞっとしているようだった。

 戦う手段のないレオと、危険な場所には連れて行けないラウリはともかくとして、オダリスだけに危険を冒させるわけにはいかないと、カナエも行くつもりでいた。


「レオくん、変装の魔術具を作ってくれませんか?」

「カナエちゃん……あかん。お母ちゃんとローズ女王はんがなんとかしてくれはるから、お家で良い子で待ってよな?」

「あの雑誌、オダリスくんのお友達がどこから入手したか、知っているのですか?」


 雑誌の話になると、ざっとオダリスの顔が青ざめて、レオはおろおろと狼狽える。卑猥な女性の裸体の立体映像の載った雑誌の販売を、アイゼン王国は許していない。下着姿までならともかく、本物のような裸の立体映像は、作ってはいけないものだった。

 違法な雑誌が、すぐ手に入るほど流通している。その状況もカナエには許しがたいものだった。


「あんな、カナエちゃん、ええ子やから……」

「カナエは、良い子になんてなりたくないのです! レオくんを汚した雑誌の流通元を断つのです!」


 言い出したら聞かないカナエに、サナも微妙な顔をしていた。

 闇市まではまだ日があるので、カナエが懐いている父親のレンに説得してもらおうとしたら、逆にレンはカナエを応援する立場に立った。


「俺は、カナエちゃんは行って良いと思う。サナさんもローズ女王もおるし、カナエちゃんは、次期領主として、闇市がどんなものか、実際に目にした方がいい」

「危険なんやで、レンさん?」

「サナさんを信じとるよ。うちの可愛い娘を危ない目に遭わせんって」


 最愛の夫のレンに言われれば、サナも黙るしかなかった。

 レオとレンは二人でカナエのための魔術具と、サナのための魔術具を作った。


「オダリスくんは、誰に変装するんやろか?」

「俺にしたらいいっちゃない?」


 セイリュウ領の工房の師匠(マイスター)で、国一番の魔術具製作者のレンは、名前もだが、女王に仕えていた時期もあるので顔も知られている。


「カナエちゃんは、私になればええんや!」


 元気よく名乗り出たレイナに、魔術具の方向性は決まった。

 堂々と着物を着てそのままの姿で『セイリュウ領領主』に化けたとするサナと、『セイリュウ領領主の娘のレイナ』に化けたカナエと、『セイリュウ領領主の夫で国一番の魔術具製作者』に化けたオダリス。違和感のない三人組が出来上がるはずだった。


「カナエちゃん、喋り方ですぐに俺とオダリスくんと見分けられたけど、お父ちゃんとは喋り方同じやし、ちょうどええな」

「俺はコウエン領の訛りやけんね」


 順調に準備は進んで、闇市の当日となった。

 闇市が開かれる場所は、当日にしか招待状に浮かび上がらないようになっている。確認して行った先は、コウエン領と王都との境界線付近の結界のない荒野だった。

 旅人が立ち寄る宿場町の一角で、闇市はひっそりと開かれる。闇と名が付いているから夜に行われるかと思いきや、時刻は早朝だった。

 日の登りかけた闇市は、薄暗く、目深にかぶったマントの下の顔が誰かよく分からない。合流したローズが羽の付いた可愛いベビーハーネスを着けて、よちよちと歩く末っ子のミルカを連れているのに、サナが頭を抱えた。


「なんで赤さん連れて来てはりますのん?」

「人身売買のブローカーに変装しているのだよ。見ろ、ミルカの売られていく可愛い子どもの演技を」

「自分の赤さんを小道具にしなや!」


 盛大に突っ込むサナに、カナエが「おばさん、うるさいのです」と人差し指を立てる。大声を上げれば、目立ってしまうのは分かっているが、既に顔を隠しもしないローズの姿が目立っているのでどうしようもない。


「可愛い赤ちゃんですね。内臓の状態も良さそうだ」

「この子は高値で買ってもらわないと」


 「まぁま?」とあどけなく微笑んで抱っこを求めるミルカは、売られていくことを知らない無垢な赤ん坊に見えた。自分の息子でしかも王子を連れて来るとは予想外だったが、その行動が一行を信用させたようだ。

 オークションの出品名簿に赤ん坊の存在も書き加えられた。


「まさか、女王陛下が実子を売ろうとするやなんて誰も思わへんもんな」

「名案だろう? ところで、うちの子をどうするつもりだ?」

「あんさんの側におったら危ないから、保護してるだけや!」

「私の側にいるのが一番安全だろう!」


 学生時代は学友で、気心が知れているとはいえ、サナとローズのやり取りに、カナエは呆れ顔になっていた。オダリスの方は緊張した面持ちでオークションに臨んでいる。

 魔術で結界が張られて、目くらましの魔術もかけられて、この場所は外部と連絡が取りにくい。騒ぎを起こせばみんな魔術で一瞬で逃げられる。


「どうすれば、逃げられんで、全員捕まえられるっちゃろ……」

「移転の魔術でバラバラに逃げられたら、追いかけようがないですからね」


 一度で全てが取り締まれるとは思っていないが、できるだけ多くの関係者を捕えたい。逃げられないように結界の魔術を張るには、オークションに参加している人数が多すぎるし、張り始めたらすぐに気付かれて逃げ出されてしまう。

 攻撃に特化したサナと、魔術が効かない体質のローズがいるので、襲って来られれば対処できるが、逃げられればどうしようもない。


「警備兵を呼ばれへんの?」

「通信自体が、遮断されているな」


 当初の計画では警備兵を呼び込んで、一気に全員捕まえてしまうはずだったが、予想外に結界が強かった。警備兵なしで、誰にも逃げられず、サナが闇市の主催の作った結界を壊して、逃げられないように結界を張り直すだけの時間を稼ぐ必要があった。


「ミルカを舞台で踊らせるか?」

「自分の赤さんを小道具にすなて言うてるやろ! それに、そんなんで時間が稼げると思うてるんか?」


 ローズとサナが不毛な言い争いをしている間、カナエは必死に考えていた。

 なにか方法がありそうな気がするのだ。

 もしものときのために、レンとレオはカナエの魔術を増幅させる魔術具も持たせてくれていた。

 攻撃の魔術以外の何かを増幅させて、参加者の気を引けばいい。

 浮かんだのは、オダリスが化けた偽物のレオと、自分のために魔術具を作って守ってくれる本物のレオの顔だった。


「ブローチを、貸してください、オダリスくん。おばさん、カナエが壇上に上がったら、結界を迅速に壊して逃げられないように張り直すのです!」

「カナエちゃん、何をするつもりや?」

「踊ります!」


 ブローチを持って、カナエはオークションの壇上に駆け上がっていた。

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