19.結末と決意
――これを着けたら、話しかけた対象の好きな相手に見えるように錯覚する魔術がかかっとうとよ
ブローチにかけられているのは、それを着けて話しかければ自分の好意を持つ相手に誤認してしまうという呪いの魔術。それを使って、狙った相手の閨に忍び込んだり、金品を盗んだり、使い道はいくらでもあった。
「ああいう場所にいるひとたちも、全員、どこかに大事なひとがいるのではないかと思ったのです」
壇上で「助けてください! 売られてしまいます!」と悲痛な泣き声を上げたカナエは、レンとレオに持たされた魔術具で、ブローチの魔術を増幅させていた。恋愛関係だけでなく、家族や親友、仲間など、その場にいる闇市参加者の大事な相手に、カナエはブローチの魔術を増幅させて、自分を誤認させた。
壇上ではオークションにかけられる品物がまさに値段を付けられていたが、上がって来たカナエの姿に、参加者が壇上に上がろうと殺到した。押し合う彼らは、完全に思い込んでしまったのだ。
自分の大事な誰かを、他の相手が奪おうとしている。
そうなれば、当然争いが起きる。
壇上に登ろうとする他の参加者の足を引っ張り、引きずり下ろし、殴り合い、あれは自分の大事な相手だと言い合う。大混乱の会場で、逃げ出そうとするものはなく、サナが結界を壊して再び編み上げるだけの時間はしっかりと確保された。
「カナエちゃん、逃げるで」
結界が破れた時点で、ローズが呼び出した警備兵が突入するのと同時に、サナが壇上まで魔術で飛んで、カナエとミルカを小脇に抱えて、オダリスを連れて、魔術で逃げ出した。大乱闘に忙しく、何が起きているのかも分からないままで、参加者は主催者を含めてほぼ全員捕えられた。
「大成功だったね」
「カナエちゃん、めっちゃかっこええ!」
「……母は、叔母様と父にものすごく怒られたみたいですけどね」
まさか自分の息子を囮に使うとは思っていなかったと、ラウリも完全に呆れていた。危険な場所にまだ稚い息子を連れて行ったとして、ローズはダリアに説教を食らい、リュリュに号泣されて、反省しているという。
「僕も一言言いに行きます。ナホさんも言ってやってください」
「あの破天荒なところがローズ女王陛下だもんなぁ」
「もう、ナホさんまで、許してはいけませんよ」
可愛がっている末っ子のミルカを巻き込んだとあって、温厚なラウリも怒っているが、悪戯がしたいと自分で言っていたラウリにも、ローズに似たところがあるのかもしれない。
「良く思い付いたな、カナエちゃん」
「あれは……一度使われたから思い付いただけのことです」
「いや、めっちゃすごいわ。そうやな、誰にでも、どんな悪党にでも、大事なひとっておるもんやもんな」
実の両親のことはほとんど覚えていないが、カナエはサナとレンに愛されて、守られて育った。サナには反抗してしまうが、その愛情を疑ったことは一度もない。
幸せに育ったカナエだからこそ、思い付いたことなのかもしれないと考えると、レンやサナ、そして、何より、何があっても、いつでも駆け付けてくれたレオに感謝しなければいけない。
「魔術具は、愛情でできているのです。それをレオくんは教えてくれました。カナエは、指輪が壊れて悲しかった……髪ゴムも壊れて悲しかったのです。でも、それでいいって、カナエが守られればそれでいいって、いつもレオくんは言ってくれるのです」
オダリスとデシレーが着けられていたネックレスも、デシレーが渡されてオダリスが取り上げたブローチも、ペトロナの悪意でできていた。その悪意を、正しい方向に使うように考えられたのは、レオの魔術具を着けていたからだった。
「側にいなくても、レオくんはいつもカナエを守ってくれているのです」
微笑んだカナエの耳には、レオの作ったイヤリングが揺れていた。
闇市が検挙されてから、ある程度は闇取引も収まってきたが、また同じことをする輩が出てこないとも限らない。法律でどれだけ禁止していても、それをすり抜けて呪いの魔術具を作り、魔術具の材料の薬草を育て、ひとを売り買いし、魔物の卵や幼体を取引するものは、いなくならない。
今回のことがある程度の抑止力になったことは確かだが、取り締まりはまだ続けなければならないと、ローズもサナも言っていた。
「コウエン領に魔術学校ができるのですよ」
「リューシュちゃん、遂にそこまで手をつけられたんか」
レオと二人きりで夕食後にリビングで寛いでいると、リューシュから手紙が届いた。夏休みにはリューシュはコウエン領に帰ってじっくりと魔術学校開設の仕事に取り掛かるのだという。
夏休み前には試験があるが、それが終われば、レオもカナエも長期の休みに入る。
足元にすり寄って来たスイカ猫のサラを膝に乗せて撫でるレオに、南瓜頭犬のサナエも撫でて欲しそうにしているので、カナエが抱っこした。
「衝撃の事実なのです! サナエちゃんの方が、サラちゃんより、軽いのです!」
「サラちゃん、立派な体格してるからなぁ」
そんなサラも軽々と抱っこできるレオは、誕生日が過ぎてまた背が伸びたような気がする。
「お父さんとほとんど変わらなくなりましたね」
「お父ちゃん、越してしまうんやろか」
「大きいレオくん、好きなのですよ」
カナエの膝の上に乗せるとはみ出るサラも、レオの膝の上ならば全部納まっている。
「カナエちゃんが闇市に行ってる間、心配で、俺、一人でおられへんで、お父ちゃんとおったんや」
性的なことをオダリスに聞いてしまって、違法な雑誌を知らずに見せられて、カナエを激怒させ、サナまで怒らせたことを、レオは深く反省していた。ラウリの言う通り、生命の誕生に関する大事なことなのだから、良識ある大人に真剣に聞かなければいけなかったのだ。
「お父ちゃん、結婚したら、キスの先をするんやて。それは、やったことがなくても大丈夫なんか?」
失敗したら恥ずかしかったり、嫌われてしまうと言われていただけに不安だったレオに、レンは穏やかに答えてくれた。
「具体的な方法は、レオくんがもうちょっと大人になったら、俺が教えるけど、大事なのは失敗するとか、そんなんやないよ」
「失敗してもええんか?」
「俺もサナさんと出会うまで、そういうことはしなくていい、俺の人生には必要ないって思っとったっちゃん。サナさんも、俺に出会うまでは、そういうことはしたことはなかったとよ」
「お母ちゃんも?」
「そう。知らない望まない相手とだったら悲劇やけど、大好きな愛してる相手とだったら、失敗しても、恥ずかしくても、平気やけん。そういうこともあったねって笑える相手としか、したらいかんとよ」
大丈夫だと言われて、レオは無理に急いで大人になろうとしないことを誓った。
「お父ちゃんは、大丈夫やって言ってくれた。大事なのは、失敗とかそういうんやなくて、する相手やって。大好きで愛してるなら、大丈夫やって」
もう間違わないと告げるレオの横顔は、照れているが凛々しく見える。その精悍な頬に、カナエがキスをすると、真っ赤になってサラを落としそうになっていた。
そんな様子も可愛くて堪らない。
「ゆっくりでいいのです」
身体ばかり成長していくから誤解されてしまうが、レオはレオの速度で大人になればいい。カナエはそれを待てると、手を繋いでレオに囁いた。
「大人になったら、俺と結婚してください、カナエちゃん」
照れながらも必死に言うレオに、カナエの答えは決まっている。
「もう、婚約しているのですよ?」
「でも、俺から言ったことなかったかなて思うたんや」
「レオくんは、カナエが他の相手と結婚すると思っているのですか?」
「意地悪せんで、返事してや!」
それでも、ちょっと困った顔が見たくてカナエは返事を誤魔化してしまった。
夏休み、レオとたくさんデートをして、たくさん遊んで、14歳のレオと一緒にいる時間を満喫したい。
夏はすぐそこまで来ていた。
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