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3.コウエン領の兄妹

 褐色の肌に癖のある黒髪、長身でがっしりとした体付き。父親に似たレオは、コウエン領の特徴を強く持っていた。そのことについて、父親がコウエン領出身のレンなのだから、誰も言及しなかった。


「カナエちゃん、授業はよ終わったさかい、お昼一緒に食べへん?」


 研究過程の校舎にレオがやってきても、身長は180センチ近いし、顔立ちも大人びて、体付きもがっしりしているので、気にされることはなかった。


「カナエも早く終わったのです。今からレオくんのところに行こうと思っていたのですよ」


 普段ならナホやリューシュと昼食を食べるが、講義が早く終わったのでレオと合流しようとしていたカナエの耳に、聞こえよがしな声がした。


「コウエン領の姿しとるのに、セイリュウ領の下品な喋りとか、気持ち悪か」


 勢いよく振り返ったカナエの視線の向こうには、へらへらと笑う褐色の肌の青年がいる。どこかで見たことがあると思い起こせば、リアムの取り巻きの青年の一人だった。


「レオくんに何か文句があるのですか!? カナエが相手になるのですよ!」

「セイリュウ領の次期領主様と戦ったりせんよ。ちょっと、背も胸も小さいけど、可愛いかね。そっちのガキより、俺の方が良くない?」

「はぁ?」


 ナンパされている。

 気付いて臨戦態勢を取るカナエを、レオが前に出て背中に隠す。


「小さいとか、大きいとか、関係あらへんやん! 女のひとにそないなこと言うたらあかんのやで」

「うわーその喋り方、ないわー。コウエン領の男らしい喋り方もできんっちゃろ。領主の息子で甘やかされとるけん」

「俺に何を言っても構わんけど、カナエちゃんを侮辱するんは許されへん。謝ってや」


 術式を編んで吹っ飛ばそうとするカナエよりも、レオは紳士でカナエを庇って、あくまでも話し合いでことを治めようとするのに、その青年は意地悪く目を細める。


「それやったら、決闘したらいいっちゃろ? 次期領主様との婚約を巡って決闘とか、燃えるぅ」

「決闘やらせんよ。俺は暴力は振るわへん」

「だったら、次期領主様、こっちに渡さんね」

「渡すも渡さんも、カナエちゃんにはカナエちゃんて名前があって、『次期領主様』やないし、カナエちゃんの意思を俺は尊重する」


 実践向きではない以前に、レオは暴力を好まない。穏やかな気性もレンに似ていた。壊すことよりも、守ること、作ることを考えるレオの姿勢が、カナエは好きだったので、その青年に何を言われても、心が動くはずがない。

 レオを押しのけようとする青年と、踏ん張ってカナエの前に立ち続けるレオの攻防戦を止めたのは、ラウリだった。


「僕の友人に何か御用ですか?」

「王子様登場か。偉いひとの威を借れて、よかね」


 言い捨てて行ってしまう青年に呆れつつ、ラウリが話してくれたのは、勘違いしているものがかなりいるということだった。

 モウコ領の領主シュイが決闘で次期領主だった兄を蹴落としたこと、コウエン領のリューシュが領主と兄と決闘したことで、決闘で勝てば領主の座を奪える、それ以外でも決闘で勝てば相手を言うなりにさせられるという勘違いから、軽々しく決闘を申し込むものが増えているのだという。


「貴族の決闘は基本的に禁止されているのですが……」

「ということは、リューシュちゃんは!?」


 慌てて走ってリューシュの元に行ったカナエの目の前で、案の定、先ほどラウリに追い払われた青年が、高らかに宣言していた。


「コウエン領の領主の座をかけて、決闘せんね!」

「あなた、頭が弱いんじゃありませんの?」


 冷たくあしらっているリューシュに、ナホが悪い顔で微笑んでいた。


「リューシュちゃん、強いのに、勝てると思ってるんだ。命知らずだね」

「軽々しく決闘などと口にしてはいけませんよ」


 注意するラウリに、青年は嘲笑う。


「コウエン領の領主っちゃろ。なんで、王子様みたいに、気取った標準語使いよると? そんな気取った領主が歓迎されるとか、コウエン領も落ちたもんやね」

「ナホ様、わたくし、彼を一発殴ってもよろしいでしょうかしら?」

「やっちゃえ、やっちゃえ!」

「煽らないでください、ナホさん!」


 ラウリの取り成しでどうにか怒りを治めたリューシュは、面白くなくなったのか青年が歩き去るのを睨み付けていた。 

 青年の名前はオダリスといって、研究過程でラウリと一緒に行動していた人物だと分かった。魔術の才能はそこそこで、レオと同じクラスにデシレーという妹がいる。


「あの子、前にお母ちゃんに、『おばさん』て言うた子や!?」


 褐色の肌に黒い髪、どこかオダリスと似たデシレーに、大人げなくサナが怒っていたのを、カナエも覚えていた。

 お弁当を食べながら、リューシュは決闘を仕掛けてくるものがいないわけではないことを明かす。


「わたくし自身、決闘で領主の座を奪い取りましたが……あれは、ローズ女王陛下に許されてのことですわ」

「面倒な奴がわいているのですね。カナエがぶっ飛ばします」

「カナエ様、それこそ、彼の思う壺なのではないでしょうか?」


 怪我をさせられた、傷物にされたと喚きたてて、カナエとの婚約を迫ってこないか。リューシュが心配しているのは、そのことだった。

 ずっと狙われるのはレオの方だとばかりカナエは思っていた。標的が自分になることはない。一度リアムに迫られたけれども、あれも乗り気ではなかった様子を感じ取っていた。

 女性として、カナエは自分に魅力があるとは思っていない。

 しかし、次期領主という肩書に釣られるものもいるのだ。


「絶対、レオくんと婚約破棄、しないのです!」

「俺も婚約破棄したないけど……ごめんな。かっこよくカナエちゃんを守れる男やなくて」


 決闘を申し込まれても受けることを、レオはしない。暴力を好まないレオは、それだけでなく、カナエの意志を尊重するように言葉で言うことしかできない。

 背も高く、体付きもがっしりとしたレオは、腕力もそれなりにあるし、魔術で強化することもできる。それを決して使おうとしない。


「そういうレオくんだから、カナエは好きなのですよ」

「カナエちゃんのこと、小さいて、失礼なこと言うた奴やのに」

「レオくんは小さいカナエは嫌いですか?」


 16歳から身長も、胸の大きさも、カナエはあまり成長しなかった。体付きはほっそりとして華奢で、密やかに鍛え上げられている。胸も大きくて腰も張ったリューシュのような魅力がないことは分かっているが、それがレオの好みに合うかだけが気になる。


「カナエちゃんは、カナエちゃんやもん。大きくても小さくても、関係あらへん」


 答えは想像していた通りでも、カナエを安心させた。

 昼食を終えて、午後の研究過程の講義では、オダリスがカナエの隣りの席に座って来ようとする。


「仲良くしてもいいんやない? あのガキよりも、俺の方が満足させられるっちゃないかね」

「間に合っているのです」

「女の扱いも知らんっちゃろ? 妹が、マザコンで全然子ども過ぎてダメって言っとったっちゃけど」

「マザコンではないのです」


 レオの優しさや、穏やかさをカナエは愛しいと思っているのに、それを馬鹿にするオダリスの言葉に、ぴしりと机にひびを入れてしまって、ナホとリューシュがカナエを挟むようにしてオダリスから遠ざけてくれる。

 三年生のレオの教室でも、同じようなことが起きていた。


「レオくん、『お母ちゃん』じゃなくて、私を見てくれんと?」

「俺には、カナエちゃんがおるから。授業に集中したいんやけど」

「次期領主様も、全然慣れてないお子様よりも、ちょっと女慣れしとる方が好きっちゃないと? 『おばさん』って言うくらい、『お母ちゃん』と仲の悪いひとと結婚なんか親不孝よ」


 そうじゃないと反論しても聞きそうにないので、聞き流して、授業のノートを取るレオに、デシレーが続けて言う。


「レオくんやったら、私のおっぱい、触ってもよかよ? 次期領主様より、大きいっちゃないかね」


 以前に震えながらレオの前で、ドレスのリボンを解けなかったリューシュの姿を、レオは顔を覆っていたので見てはいないが、話しで聞いて知っている。女の武器を使って、望まないのにレオを落とそうとしたリューシュのように、デシレーも何か脅されているのか。

 にやにや笑いながら手を取られて、胸に押し付けられそうになって、レオは必死に手を払っていた。


「きゃー! レオくんがー!」

「そっちが……」

「いやー!」


 悲鳴を上げたデシレーに、授業は中断されて、レオは教授から話を聞かれる羽目になってしまった。

 自分で胸に触らせようとしておきながら、デシレーは自分がレオに襲われかけたと言い出す。

 保護者を呼ぶと言われて、しょげ返っていたレオだったが、移転の魔術で飛んできたサナとレンは堂々としたものだった。


「うちの子はそないなことするはずがありまへん」

「決闘でもなんでも、どうぞ?」

「なんなら、うちが受けますえ?」


 『魔王』と呼ばれたセイリュウ領領主サナの言葉に、オダリスが舌打ちをして、泣いたふりをするデシレーを連れて逃げていた。

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