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2.丸くなっても『魔王』は『魔王』

 魔術学校の3年生のレオは、まだ移転の魔術を自由に使える許可をもらっていない。魔術学校では3年生までが一般課程、4年生からが専門過程となる。移転の魔術に秀でていて、移転の魔術を使わないと魔術学校に通えないものは例外として、許可が下りるのは4年生の専門課程になってからだった。


「研究課程になったら、セイリュウ領から通いたいんやけど、魔術学校におる間は、テンロウ領の王都の別邸でお世話になっとくかなぁ」

「毎週末帰ってくるんやったら、4年生になったら、セイリュウ領から通うてもええんとちゃう?」

「お兄ちゃんとカナエちゃんが週末しか帰って来んくて、お母ちゃん、寂しいんやで」


 工房で手伝いをさせてもらうために毎週末セイリュウ領に帰ってきているレオと一緒に、カナエもセイリュウ領に帰ってきている。今年度からはレイナも王都の魔術学校に入っているが、サナはレイナには頼み込んでセイリュウ領から通ってもらっている。子ども全員がお屋敷を出て行ってしまうのが寂しいのと、女の子でまだ11歳だから親元を離れさせるのが心配だというレンの言葉もあって、レイナは渋々了承していた。

 移転の魔術をサナかレンにかけてもらってレイナは毎日魔術学校に送ってもらっているし、レオとカナエは毎週末帰ってきてはいるのだが、やはり子煩悩のサナはカナエとレオがいない生活は2年経っても慣れない。

 こうやって寂しがってくれるので、カナエは間違いなくサナに愛されていると感じるのだが、それはそれとして、万年反抗期は続いていた。


「カナエが研究過程を卒業して、レオくんが魔術学校を卒業したら、結婚して、セイリュウ領に帰ってくれば良いのです」

「カナエちゃん、俺、気付いてしもたんや」


 深刻な表情でカナエに打ち明けるレオに、カナエも身構える。


「リューシュちゃんも、カナエちゃんも、魔術学校卒業したときに18歳になってたやろ? せやから、リューシュちゃんはすぐに結婚できた。俺は、卒業時点で、まだ17歳やねん!」


 ショックなことがあるとテーブルに突っ伏す癖のあるレオが顔を伏せたのに、カナエもようやく気付いた。

 幼い頃、レオはカナエが幼年学校に行ってしまうのを追い掛けて、結界の厳重に張られた領主のお屋敷から抜け出したことがある。幼年学校に辿り着かずに道に迷ってないているところを、サナの従弟夫婦に保護された。度々脱走されるよりも、幼年学校に入れてしまった方が安全だと判断して、5月生まれで体も大きかったレオを、本来なら6歳から入学するところを5歳で幼年学校に入れてしまったのだ。

 幼年学校入学時点から1年飛び級状態になっているレオは、成績も悪くないので、留年することもなく卒業すれば、卒業時点では本人の言う通りに17歳だった。


「レオくんが卒業してすぐに結婚できないのですか!?」

「カナエちゃん、いうて、2ヶ月の差やで?」

「俺は、どうしてカナエちゃんとこないに年が離れてるんやろ」

「お兄ちゃん、2ヶ月やて」


 卒業してから2ヶ月後には成人年齢の18歳になるのだから構わないだろうというレイナの言葉は、完全に二人に届いていない。


「お母ちゃん、貴族やったら、成人前に結婚するいうこともあるんやろ? リューシュちゃんも16歳で結婚させられそうになってたし、ローズ女王陛下の伴侶のリュリュ様は15歳で結婚したいうし」

「17歳で結婚なぁ……」

「お母ちゃん、お兄ちゃん可愛さに、おかしくならんとって!? たったの2ヶ月やで?」

「2ヶ月も……春休みの間にレオくんと結婚したいのに……そうしたら、ラウリくんも呼べてクリスティアンさんのところのニルスくんとエイラちゃんも呼べるのです……」

「せやなぁ……お父ちゃんと相談してみよか」


 息子と娘可愛さに、成人年齢を覆す気になりかけているサナに、レイナが頭を抱えていた。


「ダメや、うちのお母ちゃん、子煩悩すぎる……」


 この状況を打破するためには、レンの判断を仰ぐしかないと、レイナに呼ばれてやってきたレンは非常に冷静だった。


「カナエちゃん、レオくん、二人の気持ちは、2ヶ月待ったくらいで、変わるもんなん?」

「そんなことないけど……」

「絶対に変わったりしないのです」

「そうだったら、レオくんが18歳になるまで待てるよね?」

「でも……」


 尚も言い募ろうとするカナエに、レンはレオそっくりの顔で微笑んだ。


「レオくんが研究過程で学生やけど、結婚することに、俺は反対するつもりはないとよ。ただ、この国には法律がある、その意味を分からんような二人じゃないって、俺は信じても良いとよね?」


 魔術師は血統でしか受け継がれない。強い魔術師を生み出すために、早いうちから売るようにして才能のある子どもを貴族の愛人として差し出す悪習があった。それをなくすためにも、この国に成人の年齢が定められて、結婚は原則として成人年齢からとなっている。

 守らない輩もたくさんいるが、レンはセイリュウ領はそんな無法地帯にしたいと思っていなかった。


「低年齢の領主も、俺はどうかと思ってる。その件に関しては、ダリア女王もローズ女王も考えてくれてるやろうけど。セイリュウ領の次期領主と、領主の息子が結婚するんやけん、誰にも後ろ指さされるようなことはして欲しくないとよ」

「レンさん……さすが、うちの惚れたお方や」


 先ほどまでカナエとレオの肩を持っていたサナは、レンの言葉にあっさりと手の平を返した。

 15歳で領主にされて、周囲に味方のいなかったサナは、23歳で結婚するまでは、『魔王』と呼ばれるほどに恐れられていた。それが丸くなったのは、魔術具工房で領民を豊かにして、領地を支えるパートナーとしてレンがずっとそばにいてくれるようになってからだった。結婚するまでは、従弟のイサギがサナの前に来るだけで、気絶しそうなくらいの気迫を纏って生きてきた。


「お父ちゃんが冷静なひとで良かったわぁ。お兄ちゃんもアレやし、カナエちゃんもお兄ちゃんのことになるとどうしようもないし、お母ちゃんに至っては……」

「レイナちゃん、カナエはどうしようもなくないのですよ?」

「自覚がないって怖いわぁ」


 突っ込まれてしまって、レンに言われたことを反芻して、カナエは自分が恋に盲目になりすぎたかと反省した。


「お兄ちゃんも顔はお父ちゃんに似てるもんなぁ。顔につられて、うちの同級生もかっこいい、好きて言うてたわ」


 反省したが、レイナの呟きで即座に手の平を返した。


「やっぱり、レオくんを狙っている相手がいっぱいいるのです! おばさん、カナエはレオくんを狙う相手に決闘を申し込むのです!」

「お母ちゃんて呼んでや? 決闘なぁ」


 結婚できないのならば、一度レオが誰のものなのか周知させなければいけない。特に、魔術学校を卒業して、研究過程に入って校舎が遠くなっている。


「暴力で解決は良くないと思うっちゃけど」

「お父さん……でも、でも、カナエは……」

「俺はカナエちゃん以外、好きにならへん!」


 レオと手を取り合うカナエに、レンとサナは顔を見合わせていた。

 次の週末、学校まで迎えに来たサナと、カナエは、レオの教室の前で待ち合わせをしていた。レイナが友達と宿題の確認をするとかで遅れているので、中庭で時間を潰そうと出ていくと、レオが声をかけられる。


「レオくん、今週末もセイリュウ領に帰るの?」

「一週間くらい王都に残っても良いんじゃない?」

「美味しいスイーツのお店があるの。休みの日に行かない?」


 囲まれて、体が大きいので怖がられるから「女性には優しく」と教え込まれているレオは、困り切ってカナエとサナに視線で助けを求める。真顔でカナエはサナを見た。


「決闘して良いですか、おばさん?」

「年下の子やろ」


 二人の会話を聞いていた女の子たちが、クスクスと笑う。


「『おばさん』だって」

「おばさん、レオくんから親離れした方が良いんじゃないですか」


 軽い冗談のつもりだったのだろう。

 すっかりと丸くなったサナがかつて『魔王』と呼ばれる人物だったと、まだ年若い彼女たちは知らなかったのだ。


「お尻の殻も取れてないひよこちゃんがぴぃぴぃとかいらしこと」


 微笑んでいるサナの目が全く笑っていないことに気付いたカナエが、レオを引きずって囲みから連れ出し、合流したレイナとさっさとセイリュウ領に帰ったのは言うまでもない。

 『魔王』は健在だった。

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