1.年の差についての二人の見解
第二章は、第一章が開始から二年後、終了から約一年後のお話です。
レオがもうすぐ14歳、カナエが18歳になっています。
「どうして、レオくんをもっと早く産んでくれなかったのですか?」
真剣な表情のカナエの問いかけに、サナは飲んでいたお茶を吹き出しかけて咽せた。げほげほと咳をしているサナの様子を見ながら、カナエが思い出していたのは、魔術学校の卒業式の後で行われた、ジュドーとリューシュの結婚式だった。
ジュドーがデザインした清楚なドレスに身を包み、二人で誓いを挙げたリューシュは、とても美しくて幸せそうだった。その身を飾る魔術具も全て、ジュドーの手作りだと見ただけで分かった。
魔術学校の3年生になって、週末ごとに実家のセイリュウ領に戻って、工房に入ることを許されたレオは、レンに習って魔術具作りの手伝いをしていた。他の弟子と同じように、最初は薬剤にも魔術具にもほとんど触らせてもらえず、使い終わった器具を洗ったり、魔術薬を出してきたりすることが多いが、ときどき特別に物を作らせてもらえるときには、目を輝かせてカナエに見せにやってくる。
出来上がったもののほとんどは「カナエちゃんに付けて欲しいと思うて作ったんや」とプレゼントされるので、カナエは耳も腕も首も足も足りないくらいに、レオの手作りの魔術具を持っていた。
そんなレオはまだ13歳。もうすぐ誕生日で14歳になるが、結婚できる年にはまだ4年もある。移転の魔術でセイリュウ領と王都を行き来して研究過程に進むと決めているので、18歳で結婚してもゆっくりと一緒に暮らせるようになるまで、更に4年間の月日が必要だった。
卒業間近の3月に18歳になったカナエは、リューシュとジュドーの結婚式に出席したことで、レオとの年の差を考えずにはいられなくなっていた。
「そんなん言われたかて、レンさんとの間やないとレオくんは生まれてへんし、レオくんの可愛い13さいは今しかないんやから、うちは大事に育って欲しいんやけど」
「レオくんの可愛さは永遠ですけど、もうちょっと早く生まれてたら……カナエと歳の差が少なかったらと、思わずにはいられないのです」
理不尽に責められても、サナが苦笑するだけで済んでいるのは、レオが生まれていようと、後から生まれようと、カナエには自分がサナとレンの元に引き取られて、娘として可愛がられ、次期領主になるという自信があると分かっているからだった。愛されている自覚があるからこそ、カナエの自己肯定感は限りなく高い。
それが、自信過剰気味になってしまって、王都の魔術学校に入った当初はリューシュに成績で負けてしまって悔しい思いをしたことは、カナエも忘れてはいないのだが、その後でリューシュと仲良くなれて、親友にもなったので懲りていない。
「カナエちゃんは、レオくんが昔から好きやったからなぁ」
「好きになるのに理由はいらないと言いますが、レオくんは物を作ったら一番にカナエのところに来てくれるのです」
幼いころから、レオは物を作るのが好きだった。粘土で何か作っても、折り紙で花を折っても、まだ器用ではない小さな手で一生懸命作った物を、カナエに見せに来てくれた。
「かなたん、あげゆ」
モジモジとプレゼントしてくれる姿が、可愛くて愛しくて、カナエは抱きしめずにはいられなかった。年の差があるからそういう日々を送れたのだとは分かっているが、同級生のリューシュの結婚式を見てしまうと、自分もレオとそうなりたいと願わずにいられない。
14歳を目前にして、レオの身長は伸び続け、180センチに近くなっていた。体つきも父親のレオに似てがっしりとしてきて、魔術学校に入学したときよりも、大人びて見える。
「カナエちゃーん! できたで!」
よちよちと小さなあんよで走ってきてくれた日と同じように、癖のある黒髪を少しだけ乱して、黒い目をきらきらと輝かせて駆け寄ってきたレオの手には、ブレスレットとリングが繋がったデザインで編まれた魔術具があった。紐の色は淡い若草色で、光沢のある白と緑のビーズが飾られている。
「指輪……綺麗なのです」
手に付けてしみじみと光に翳せば、レオが頬を赤らめて手を組んで、捏ねる。
「リューシュちゃんの結婚式、凄く綺麗やったやろ? カナエちゃんにも、綺麗にして欲しくて」
変わったデザインだと感じたが、ドレープが美しく見えるように、リューシュのヴェールは手首に繋がっていた。それが動くたびに揺れるのがまた美しくて、そのイメージで手首と指を繋ぐデザインを考えてくれたのだと聞くと、カナエは自分が恥ずかしくなった。
レオは13歳なりに、一生懸命カナエのことを考えてくれる。
「婚約指輪ですか?」
「そ、そんな大胆なこと、言うてええの?」
「カナエとレオくんは婚約しているのです。指輪があってもいいのではないかと……指輪をくれたのは、初めてですね」
考えてみれば、ブレスレットやアンクレット、ネックレスやイヤリングや髪飾りは作ってくれるが、レオは指輪を作ったことがない。
「指輪は特別なもんやと思うてたし……小さいもんは、まだ作れる自信がなかったんや」
ネックレスの金具は既製品を使って、飾りだけ作ればいいが、指輪となると、土台から作らなければいけなくなる。金属を溶かすのはレオの年齢では危険なのでさせてもらえないし、中途半端なものを作るよりも、大切な日に取っておいた方が良いとレオも思っていたようだ。
リューシュの結婚式を契機に、ブレスレットと指輪がレース模様のように編まれた紐で繋がった魔術具をくれたレオは、確かに成長していた。
「カナエは、恥ずかしいのです」
「なにが?」
「レオくんが、同じくらいの年だったら良かったなんて、少しでも思ってしまって。レオくんの13歳は今しかなくて、レオくんにとっては大事だとおばさんが言っていたのに」
「俺かて、早よ大人になりたい、体に見合う年になりたいて、思うんやで」
レオの手がカナエの編まれたブレスレットと指輪が一緒になった魔術具を付けた手を、そっと包み込む。肩を抱かれて、カナエはレオの黒い目を間近に見た。
そっくりの父親のレンは紫色の目をしているが、レオの目は母親のサナに似た漆黒だ。黒い目に、カナエが写っているのが分かる。
「カナエちゃんが結婚できる年になってしもて、俺は焦っとる」
「焦らなくていいのです。カナエが結婚したいのは、レオくんだけなのです」
指輪の上から、左手の薬指にキスをされた。
伏せた睫毛の長さに驚いている間に、真っ赤になったレオが照れ隠しににこっと笑う。
「付けてて」
魔術学校と研究過程の校舎は遠くなってしまったので、昼食も一緒に食べられなくなったカナエとレオ。
魔術学校に転入してから、2年の月日が経っていた。
研究過程の校舎では、リューシュとナホとカナエは一緒に昼食を取る。お弁当は相変わらずレオが作ってくれたおかずが入っているので、同じ物をレオも食べているのだと考えれば寂しくはなかった。
「カナエちゃん、その指輪? ブレスレット? 綺麗だね」
「レオくんが作ってくれたのです」
「レオ様も隅に置けませんわね」
自分の好きな子が結婚できる年になったので、妙な相手が近付かないように、牽制のためにブレスレットと一体になった指輪を贈った。リューシュに指摘されて、カナエは左手をじっと見つめてしまった。
淡い色を基調とするそれは、紐を瀟洒に編んでいるので付けていても邪魔にならず、カナエを優しく守ってくれているような気すらする。
「レオくんの独占欲……」
それが本当ならば、嬉しいとぎゅっと手を握り締めたカナエは、授業が早く終わってレオを迎えに魔術学校の校舎に出向いた。そこで、レオが女の子に話しかけられているのを見てしまった。
「レオくんって、セイリュウ領の領主様の息子なんでしょう?」
「あのレン様の工房で魔術具作りをしてるんですって?」
将来有望なカッコイイ男子。
レオの周囲にいる少女たちの顔には、はっきりとそう書いてある気がした。
「指輪をつけるべきは、カナエでは、なかったのです……」
ぴしりと額に青筋を立てながら、レオに近付いていくと、俯いて困っていたレオが顔を上げて、嬉しそうに駆けてくる。
「カナエちゃん、来てくれたんか?」
嬉しそうなレオの後ろから、少女の低い声が聞こえた。
「あんなおばさんとレオくんが?」
13、4歳の少女たちからしてみれば、18歳のカナエはおばさんに見えるのだろうか。ここで魔術を暴走させるのはあまりにも大人気ないのでやめておいたが、カナエはしっかりと睨みつけた。「怖いおばさん」と陰口が聞こえるのを無視して、レオの手をこれ見よがしに取る。
週末、セイリュウ領に戻って、カナエはサナの執務室で呟いていた。
「おばさんって、言われたら意外と傷付くと気付いたのです。ごめんなさい、おばさん」
「それでも、お母ちゃんとは呼んでくれへんのやな!?」
サナが突っ込んだのは言うまでもない。
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