30.今日も明日も明後日も
「カナエは、やり遂げたのです……」
三月の自分の誕生日直前に、カナエはレオのタキシードのジャケットを縫い上げていた。何度も解いただけあって、素人のカナエが作ったとは思えないくらいに美しく仕上がっている。最後の全体を表から押さえる作業だけは、縫い目の大きさも揃えなければいけなかったし、玉結びを鳥の巣にして中に隠せないようにしてはいけなかったので、物凄く時間がかかってしまった。
黒に見えるような深い青紫の光沢のあるばらばらの生地が、遂に一枚のジャケットに仕上がった。
「カナエちゃん、俺のこと呼んでるって聞いたけど、どないしたんや? 俺もカナエちゃんの誕生日お祝いの件で話したかったからちょうどええけど」
「レオくん、これ、着てみてください!」
差し出したのはジャケットだけで、シャツもベストもスラックスも、縫製の職人が縫い上げてトルソーに着せられている。ジャケットが早く終わればそちらにも少しは手を出したかったのだが、カナエにはジャケットだけで精いっぱいだった。
「丁寧な縫い目や。形も歪んでへん。めっちゃ綺麗や。カナエちゃん、頑張ってくれたんやな」
「着てみてください」
「俺、この格好なんやけど、羽織らせてもらうな」
普段着の上にジャケットを羽織ったレオは、それだけでも格好良くてカナエは見惚れてしまった。
最初はお腹の中にいて、出て来たときにはしわくちゃで、しばらくするとむくむく大きくなって可愛くなって、今では精悍な青年になったレオ。オムツを替えたことすらあるので、カナエは感慨深かった。
「レオくん、とても似合うのです。素敵なのです」
「カナエちゃんが頑張ってくれたからや。ありがとうな」
汚さないようにジャケットを脱いでトルソーにかけたレオは、感激で涙ぐんでいるようだった。カナエの指に穴が空いた理由も、これでちゃんと話せる。
次はレオがカナエを自分の作業している部屋に連れて行った。白いオフショルダーの胸元に花の咲いたドレスは、腰までが体にぴったりとくっ付いていて、前は短めに、後ろは長めにふんわりとスカートが広がっている。刺繍のひと針ひと針まで、丁寧に作られたドレスだった。
「綺麗なのです……お誕生日に欲しいもの、決まりました」
「なんや?」
「カナエはこれを着て、レオくんはタキシードを着て、立体映像を撮りましょう」
セイリュウ領の次期領主と、領主の息子の結婚式だから盛大に行われるのだが、大陸の祖父母一家は招くことができない。その理由としては、顔を隠しているレイシーやレキの妻が、男女入り乱れる華やかな場所に出て行けないというのだ。
それならば頑張って作ったジャケットと、レオが作ってくれたドレスを、祖父母一家にも見せたい。
「カナエちゃんは欲がないな」
「欲がないんじゃなくて、レオくんが、誕生日でも記念日でもないのに、カナエに常日頃から物をくれすぎるのです!」
出来上がったものはすぐにカナエに渡したい。小さい頃からレオはカナエに作ったものを一番に見せに来て、プレゼントしてくれた。それが普通になっているので、カナエは日常的にレオからプレゼントをもらっていた。
誕生日お祝いは、レオが作ったものではなくて、カナエの我が儘を通したい。
結婚式前に立体映像を撮るのは気が早いかもしれないが、サナとレンに相談すると、専門の職人を手配してくれた。
「精密にできますか? 拡大したら、カナエとレオくんの指輪が見られるようにして欲しいのです」
「できる限り努力します」
「指輪にはまっているこの紫色のサファイアを写して欲しいのです」
立体映像を撮る専門の職人にお願いして、拡大しても画像が荒れないくらい精密な立体映像を撮ってもらって、カナエは満足して誕生日を迎えた。誕生日には大陸の祖父母の家を一家で訪ねて、立体映像を渡す。
「結婚式は五月なのですが、先に立体映像だけでも」
「俺のジャケットはカナエちゃんが作ってくれて、カナエちゃんのドレスは俺が作ったんや」
二人で手渡すと、レツとアニーからプレゼントがあった。
香水にされる花を二人で摘んで、その匂いをレイシーに水に移してもらったものは、綺麗にカットされたガラスの小瓶に入っていた。
「いいにおいがするの」
「はなよめさんは、この花を飾るけど、花は枯れちゃうから」
砂漠の部族では花嫁はその花を飾るが、花のまま渡すと枯れてしまうので、匂いだけでもと加工してくれたらしい。受け取ったカナエは、二人にお礼を言って、レイシーに深々と頭を下げた。
研究過程を卒業したカナエは、4月から領主の補佐として働き始める。ナホも一緒なので、安心だが、カナエは一つだけ胸に引っかかっていることがあった。
イサギの家を訪ねてミノリを呼び出すと、不思議そうな顔でミノリが出て来る。
「あのときには、怖がらせてごめんなさい」
「ううん、カナエちゃんの意図が分かった後は、もう怖くないし」
「ミノリちゃんが、カイセさんみたいにならなくて、カナエは良かったと思うのです」
偽物の『レン』として生きて来たカイセの人生は、苦悩と挫折に満ちていた。金でミノリを買うような両親の元で、偽物の『カナエ』としてミノリが育てられなくて良かった。
そのことを口にすると、ミノリが微笑む。
「本当に、私はここで幸せなの。カナエちゃんのことはお姉ちゃんとは思えない。でも、ナホお姉ちゃんがいる。私にナホお姉ちゃんと、愛情豊かな家族をくれてありがとう」
本当ならば、カナエがミノリの姉として育っていたかもしれない。そうでないからこそ、カナエもミノリも幸せになれた。
ミノリを妹と思えないことに罪悪感を感じていただけに、ミノリの言葉はカナエを安堵させた。
「ミノリちゃんもお母さんの従弟の子で、親戚なのです。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
握手をして、カナエはようやくずっと胸にわだかまっていた思いを昇華することができた。
新緑の5月、研究過程の2年生になっていたレオと、カナエは結婚式を挙げた。セイリュウ領の次期領主と、領主の息子の結婚式のため、大勢の客が来たが、その中にイサギとエドヴァルド一家もいて、ミノリが大きく手を振ってくれていた。
小さなティアラのついた小花の咲くヴェールを被って、レオの元まで、レンにエスコートされて歩く。実の両親から見捨てられたカナエを、最初から年相応の子どもとして扱って、抱き締めてくれたのはレンだった。
「お父さん、ありがとうございます……これからもよろしくお願いします」
「カナエちゃん、幸せにね」
「はい」
レオはサナと並んでカナエを待っていた。
サナとレンが下がって、二人で誓いの言葉を述べる。
「カナエちゃんとは、小さい頃から結婚するんやと決めてました。結婚がどういう意味か分からへん頃から。でも、今は結婚が何か分かってます。カナエちゃんと一緒に、暖かい家庭を作りたいと思います」
「レオくんは、カナエが一生大事にするのです! カナエとレオくんを引き離そうとする輩は、地獄を見せてやるのです!」
「カナエちゃん、結婚の誓いなのに物騒や」
「でもでも、レオくんが素敵すぎるから、惚れられたら困るのですー!」
いつもと変わらない二人に、来賓客からわっと笑い声が上がる。
ヴェールを捲ってキスをされて、カナエはレオの腕をとった。
二人で来賓客に挨拶をした後は、お色直しでレオの作ってくれた振袖に着替える。レオはセイリュウ領の紋章の入った紋付き袴でカナエを待っていてくれた。
「これから、ずっと一緒なのです」
「あんな」
「なんですか?」
「失敗しても、離婚せんといてな?」
真剣な顔で何を言うかと思えば、あまりにも可愛くて、カナエは吹き出してしまう。
「離婚どころか、一生放すつもりはないので、覚悟してください!」
結婚式が終わって、カナエとレオは二人だけでお屋敷の離れの館に移った。両親や弟妹と同じ棟では、新婚の二人が遠慮すると配慮してくれたのだ。
結婚式で疲れ切って、すぐにでもベッドに倒れ込みたい二人だったが、とりあえず抱き締め合って、しっかりとお互いを確認した。レツとアニーのくれた異国の花の香りが二人を包んでいる。
「カナエちゃん、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
「シャワー浴びて寝よか」
促されて、まだ一緒に入る勇気はなかったので、カナエが先にシャワーを浴びて、髪を乾かしている間に、レオがシャワーを浴びる。髪を乾かし終えたところで出てきたレオに、いきなりソファから抱き上げられて、ベッドまで運ばれて、カナエは遂にそのときが来たのかと、胸中できゃーきゃーと悲鳴を上げていた。
嬉しいが恥ずかしい。
どさりとベッドの上に下ろされて、レオが覆いかぶさってくる。
カナエの胸の高鳴りを遮るように、レオがカナエのお腹に倒れ込んで喚いた。
「カナエちゃん、疲れたー! もう限界やー! カナエちゃんとイチャイチャしたいのに、めちゃくちゃ眠たい!」
結婚式前はレオは研究過程の授業も受けながら、準備をしていた。当日の今日は、朝はなんとか食事をとれたが、その後は、着替えや挨拶やお色直しに忙しく、食事も取れないくらいバタバタとしていた。
カナエも体力がある方だと自覚しているが、興奮しているだけで実は体は疲労していることに、レオの言葉で気付く。
初めての二人きりの夜はロマンチックなものではないが、それもまた自分たちらしい。
「レオくん、今日は寝ましょう。明日も明後日も、カナエとレオくんはずっと一緒なのです。焦ることはなにもないのです!」
「せやな。カナエちゃん、良い匂いや。もう瞼が開かん」
「おやすみなさい」
カナエはレオの額にキスをして、その体をぎゅっと抱きしめる。カナエのお腹に顔を埋めて、レオはもう眠り始めていた。それを見てカナエも目を閉じる。
18歳の新郎と22歳の新婦は、その夜は疲れ切っていて、シャワーを浴びるのが精いっぱいで、同じベッドで倒れ込むようにして眠ったのだった。
これで、この物語は完結です。
最後までお付き合いありがとうございました。
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