六翼の鷹と姫の翼 ☆おまけつき
ふわふわとした毛にふうと息を吹きかけると、少しだけ額にしわが入る。
指先で手をつつくと何かを掴もうと動いて、最後には自分の親指を握って落ち着いた。
自分の胸の上ですうすう寝息を立てている小さな命は、丸くて、温かくて、甘い匂いがする。
絶対に気持ちが良いはずだからと思い立って、軒の出た部分の梁に、クロノに大きな布をくくりつけてもらった。
それに宙吊りに乗って、布に包まれ、ブランコのようにゆらゆら揺れている。
暑さが和らいで涼しくなってきた風と、胸の上に乗った温もり。
眠気に任せて目を閉じた。
半分寝ながら小さな背を手のひらでとんとん叩く。
「……休暇の間に子どもができてるなんて」
「……長生きしてるくせに知らないの? 二年じゃここまで子どもは大きくならないよ」
ふふと笑いを漏らしてアメリは目を開けた。
「……もう迎えが来た」
家を囲む木の柵の向こう側で、ハルはにこにこと笑いながら頬杖を突いてこっちを見ている。
「久しぶり。元気そうで安心したよ」
「ハルもね」
「楽しんだ?」
「……うん、そうだね……」
ゆっくりと布から転がるように下りて、眠っている子を起こさないように抱え直した。
「その子どうしたの? 攫ってきた?」
「お向かいの子だよ、お兄ちゃんが風邪ひいて大変そうだから預かってるの。ねー?」
ハルは背筋を伸ばすと、後ろにある同じような造りの家を振り返る。
「……で? お宅の旦那さんは?」
「お仕事に」
「へえ?」
「木を切りに森へ」
「はは! 森へね!」
国の中央に近い場所に位置するこの村は、大きな森の端に潜むようにしてあった。
そこから切り出される目の詰まった良質な木から主に家具が作られている。
城都では高級品としてかなりの高値で取り引きされ、随分人気が高い。
家具を作る職人一家の向かい側、使われていなかった小さな離れを間借りしていた。
アメリは家事や家具作りを手伝い、クロノは森から木を切り出し運ぶ仕事を手伝う。
そんな生活を始めて一年が過ぎようとしていた。
国のあちこちを転々と移動して、落ち着けた場所がこの村だった。
「もうすぐ帰ってくると思うけど……中にどうぞ?」
「……勝手に入ったら怒られそうだから、ここで待つよ」
「そう? じゃあ、お茶でも出しましょう?」
「遠慮なくいただきましょう?」
お互いにこにこの見本の顔で笑い合う。
抱えていた子をハルの腕に乗せると、アメリは扉の中に入っていった。
ハルはゆらゆらと腕の中を揺らしながら、適当な場所に腰を下ろす。
奥の方からではなく案外近くから声が聞こえた。
「城都が賑やかになってるって?」
「ああ……知ってたんだ」
「うーん……商売で城都に行った人からね」
「陛下も茶飲み仲間が戻らない……ってゴネ出してさ」
「は? それってぜんぜん火急の要件じゃないよね?」
「自分で直接言いなよ、僕にはとても言えないよ? ねー?」
腕の中にいる子の頬を突いて、ハルは機嫌よく話しかけている。
「クロノにはハルから話してね、私には無理だから……ねー?」
お茶の入った器と交換に、子どもを抱き上げて、ハルの隣に座る。
「うーん……ここでの暮らし楽しんでる?」
「……私よりね」
「あぁぁぁ……結構長いからそうなんじゃないかと」
居所が変わるたび連絡はしていた。
ふたりがこの村に馴染んでいるだろう予想はされていたらしい。
ハルはお茶に口を付けて、上品に飲み下す。
「向いてるよね、こつこつ努力したり、馬鹿みたいに力仕事したりとか」
「はは……酷い言い草だね」
「だって毎日」
「楽しそう?」
「充実ーって感じ出してる」
「あぁぁぁ……うん。まぁね、だからってこればっかりは、ねぇ? ……アメリはどう? 充実ーって感じした?」
「……したねぇ……放って置いてくれてありがとう」
「なら良かった……今まで邪魔しなかった分、覚悟してよ?」
「はは……こわいなぁ」
案の定一言目に、ただ『帰れ』としか言わなかったクロノに、にこにこしながらまた明日といってハルはあっさり引き下がっていった。
邪魔だからと短く切った髪を、苛立たしげに掻き毟ると、クロノは大きなため息を吐き出した。
「……片付けるか……」
「……うん」
ハルからの説明は詳しく聞かなくても、城都の状態は商人たちから聞いていた。
それなりに情報は集めたし、話を聞く度にこの暮らしの終わりが近いのも感じていた。
肩から斜めに掛かっている布の中に、子どもを寝かせたまま、間借りしていた家を片付けを始めたアメリを、クロノは何も言わずに見つめる。
「手が止まってるよ?」
「……ああ」
元々から物が少なかった小さな離れは、丁寧に掃除を終わらせれば、すぐに発てるようになった。
布巾を絞っている手を、そっと掴んで布を取り上げる。
「仕舞ってこよう」
「うん? ありがと」
「……アメリ?」
「はい?」
「このままでも良いんだ」
「何が?」
「……役目を棄てても構わない」
「……クロノ?」
「充分に国には尽くした。……世界にも。……ふたりの間には無理でも、子どもを持つこともできる。思うように生きても良いんだ」
布の中に包まって、まだ大人しく眠っている小さな子どもを見下ろした。
息がかかると髪の毛がふわふわして、薄っすら額にしわが入る。
ふふとアメリは声をこぼす。
「なんとなくだけど、分かっちゃったんだよね」
「……なんだ?」
「役目はね……どんなに自由にしてたって、付いてくるの」
「アメリ……」
「名前が変わったり、言い方が違うだけで、ずっとあるの」
ここに、と人差し指でクロノの胸の辺りを押した。
「きっとクロノは死ぬまで『騎士団長』」
「……アメリ」
「別にいいよ。クロノが要らなくなるまでは、私は一緒に居るって決めてるし。……だから、その時まで私は『総長夫人』」
力一杯抱き寄せようとする腕をびしりと叩いて、肩に腕を突っ張った。
「潰れるから!」
むっと顔を顰めて、目線で間にいる子どもを見る。
「……済まない」
「……クロノには子どもはまだまだ早いね」
「……そうか」
意地悪そうに持ち上がったアメリの唇に口付けて、見つめ合って笑顔を交わす。
確かに、間に子どもがいると抱きしめられない。それではちょっと物足りない。
そう思ってしまう間は、まだまだ子どもを持つには時が早いのかもしれない。
「ありがとう、私を一番にしてくれて。楽しかった。もうみんなの騎士団長様に戻って」
「……それでも一番は変わらないぞ?」
「え? それってどうなの?」
「どうもこうもない、それが全てで他には無い」
「うわぁ!」
気持ちが重いとアメリは笑う。
こんなものでは済まないとクロノは笑い返す。
クロノの右手がアメリの左手を包み込んだ。
聞け、北方に六翼の鷹あり。
世界の北寄りにある王を戴くこの国はくっきりと分けられた気候をしている。
冬の訪れは早く厳しいが、そのぶん春の訪れは国民の心に大きな喜びをもたらす。
賢王は国民を愛し、良き国民は王を敬う。
国は富み、平和は盤石。
と、
王家や貴族たちはそう思っている。
王は騎士団をふたつ有していた。
ひとつは王城付きの騎士団。
もうひとつの騎士団は民を守るために存在していた。
ふたつの騎士団を区別するため、民は彼らをハイランダーズと呼んだ。
ハイランダーズはひとりの長を鷹と字し、その元に六人が従っている。
彼等七人を総称して六翼の鷹という。
鷹にはもう一枚翼があった。
白く美しいその翼は、時に盾に鉾になり、終生に於いて鷹の側に寄り添った。
と、
王城内にある史実書には残されている。
国は人。
それを本当の意味で理解しているのはほんの一握りの限られた者だけだった。
泣いて笑って、悩んでもがいて、懸命に生きる。
あなたや私や、周りのみんな。
王家でも貴族でもない、
名は持たず、それぞれに役目を負っている、
ただのひと。
その人たちの物語。
「六翼の鷹と姫の翼」
ここまでお読み頂きまして、本当にありがとうございます。
少しでも読んで頂きました方々。
ポイントやブックマークをつけて下さった方々。
感想も頂きました。
全ての皆様に感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
ぜひこれからもよろしくお願い申し上げます。
番外編を掲載してございます。
目次ページのタイトル上、
(´-`).。oO(Another sky)
からどうぞお越し下さいませ。
そしてシリーズ年表。
※公開した順番は、必ずしも時系列順ではありませんので、その辺ご了承ください※
どこから読んでも大丈夫……と、思います(多分)。
公開順に読んで頂くと「ん?」となることが少ないかもしれません。
twitter宣伝用の絵。
クロへいちゃんにもっと筋肉を盛りたかったのに盛れなかった残念絵。あとアメちゃんも細過ぎて残念。




