B1 異邦人
濃霧に包まれて、抜け出たら別世界だと!?
バミューダトライアングル? 宇宙人の仕業か!?
(フジャッケンナ! フジャッケンナ!)
俺は車を降りてキャンピングトレーラーとトレーラーヒッチをつなぐジョイント部分に異常がないかを確かめた。ここが折れると厄介なのだ。
(とりあえず大丈夫そうだ。)
アンも降りたそうだったが車内に押し込んで俺は再度、運転席に座った。
カーナビを確認すると今まで走っていた県道92号線に停車していることになっている。
メニュー画面に切り替え、人工衛星情報の取得状況を確認した。予想はしていたが人工衛星を全く捕捉していない。
エアコン吹き出し口に取り付けたホルダーからスマートフォンを取り出す。
地図アプリを起動してみたが「位置情報を取得しますか?」というアラートが出て、続行すると東京駅付近が表示された。
「コンパス」を起動しても緯度、経度が表示されない。こちらもGPSが反応していないようだ。
(まいったね。自分がどこにいるのか全くわからないぞ!?)
こんなときこそ超能力だ。
千里眼の進化版ともいえる「疑似分体」の能力も俺は持っている。この能力は感触や味覚、嗅覚はないが視覚、聴覚を遠くに飛ばせ、念動力で離れたところの物を動かすことができる。「腕のついた無人偵察機」を操作しているような感じなのだ。
濃い霧の中、車を運転していたので千里眼を展開させて周囲の警戒をしていたのだが真っ白な景色しか見えなかった。
(この能力、使えなくなっちゃったかなぁ?)
目を瞑り、頭の中で「幽体離脱」をするイメージをつくる。俺の視界は広がり、そのまま車外に出て現在の状況を確かめる。高い位置に飛ばして俯瞰する。
助手席で大人しく伏せているアンの頭をなで「大丈夫だよ」と安心させる。
まずはここがどこなのか知りたい。できれば人を見つけたい。人がいれば聞けるだろう。
山道をこちらに向かってくる1台の荷馬車を見つけた。荷馬車と言っても馬ではなくロバが引いているが。
御者席では少し幼い感じの男の子が手綱を握り、その隣に黒いローブを着てとんがり帽子をかぶった女の子が乗っている。
(魔法使いの仮装をしているのか? 今はハロウィンの時期だっけ?)
彼らが登ってきたら話を聞いてみよう。
千里眼をどんどん上昇させる。山間の開けたところに田畑が見える。家や小屋もある。人が住んでいるようだ。
上昇速度をあげ、大気圏突破だ!と思ったら気がついた。
(ここ、大陸だ・・・。日本じゃないじゃん・・・)
見たことのない形の大陸だった。地球じゃない。違う惑星だ。
太陽が2つもあるので「おかしいな」とは思っていたが・・・。
ということは、こちらに向かっている荷馬車に乗っているのは宇宙人だ。バ○タン星人なのか、メト○ン星人なのか。
俺の知識にある宇宙人というのは大体地球侵略を企てている。これから遭遇する宇宙人は友好的な種族だと良いのだが・・・。
「ちょっと後部座席に隠れていなさい」
(うん)
アンは頷いて助手席から後部座席に移り、運転席の陰に隠れた。素直で良い子だ。
俺は車を降り荷室からジャングルマチェーテとサバイバルナイフを取り出した。
ジャングルマチェーテとは中南米で使われている山刀で、鉈のように使えるし、ちょっとした武器にもなる。
山の中に入ったとき、足下の草木を払うのにちょうど良い長さの刃渡りなので気に入っている。
サバイバルナイフは高校生のとき、ベトナム帰りの乱暴な男が活躍するアメリカ映画を観て影響を受けて衝動買いしたものだ。当時は今よりも刃物に対する規制が緩く、未成年でも普通に購入できた。レプリカは安かったが、映画に出てきた同じナイフが欲しくて本物を買った。高かった。30万円以上した。俺は新聞配達で稼いでいて金を持っていたので即金だったが。
買ったまでは良かったがサバイバルすることなく日々を過ごしていたので使い道がなかった。アンとキャンプに行くようになってから「かっこいい包丁」として活躍している。
ちなみにキャンプ目的以外でこんなに長い刃物を持ち歩くと銃刀法違反で捕まっちゃうから普段は自宅の押し入れに入れっぱなしだ。
サバイバルナイフを右腰に、ジャングルマチェーテを左腰に差す。
(あのときコンパウンドボゥも買っておけば良かった。)
映画の中で元ブルーベレーの男が使っていたコンパウンドボゥも欲しかったが、弓矢を射って遊ぶ場所がなかったので買わなかった。
車の前で肩幅に足を開き、両手は左右の腰に差したナイフの柄に置いた。
未知の宇宙人と遭遇するので緊張する。手に汗が滲むのを感じた。千里眼を車の少し上に置いて俯瞰し警戒する。
まずは笑顔でお出迎えしよう。俺は友好的な地球人なのだ。
俺はその体制のまま待った。かなり待った。荷馬車は来ない。いや。遅いだけだ。ロバは登り坂をゆっくり、ゆっくり歩いている。道も舗装されていないから大変そうだなぁ。
瞬間移動で目の前に現れても良いが、こちらの惑星のことはよくわからない。
俺が超能力者であることが知れたら捕まって、研究機関に連れて行かれ、生きたまま解剖されちゃうかもしれない。
アンだってそうだ。この惑星では犬という動物が珍しいかもしれない。捕まえて、研究機関に連れて行き、生きたまま解剖しちゃうかもしれない。
俺はアンを守る。守ってみせる。近づいてくる二人組が悪い宇宙人だったら戦うぞ!
俺はどうなってもいい。アンだけは無事に日本へ帰したい。一人対二人だが、俺には超能力がある。いざ戦いになったらエネルギー○撃波だって、デビ○アローだってお見舞いしてやる!
(やってやる、俺はやってやるぞ!!)
気合いも入り、時間いっぱいになった。荷馬車が肉眼でも確認できる。少しずつ近づいてきた。
「હેલો」
車の前に立つ俺から5~6mほど離れたところに荷馬車を停め、魔法使いのコスプレ娘が荷馬車を降りてた聞いたことのない言葉で話しかけてきた。
手綱を握っていた子供は荷台に右手を突っ込んで、鋭い目つきで俺を見ている。よくみたら頭に耳が生えている。顔も何だか犬っぽい。犬男だ!
魔女っ娘も犬娘なのか? でもとんがり帽子のつばの下に耳があるから普通の人間っぽいな。
犬男が荷台の中に右腕を入れて何をしているのか気になって千里眼でのぞき込んだ。剣だ!あの犬男、さりげなく剣を握って俺を警戒している。
(やんのか!? やんのか!? そっちがその気ならやってやんよ!!)
右腰に差したサバイバルナイフの柄を握った。まだ抜かない。いつでも抜けるように握っているだけだ。
魔女っ娘は少しだけ近づき、何かを言っている。
「હેલો」
聞いたことのない言葉だ。
俺は高学歴だ。英語なら話せる。片言だけど。ヨーロッパ諸国と日本の周辺国の言葉はあいさつ程度はできるぞ!。
「○△※~@」
「yÁゑ●」
「かgɧҙۙھܭ」
わからん。全くわからん。普通の人間が発音できそうもないことを言っているぞ!?
さすが宇宙人だ。しかし言葉がわからなければ友達になれない。E○フォン、ホーム!
「Magandang tanghali.」
俺の眉がぴくっと動いた。この言葉は知っている。フィリピン共和国公用語のタガログ語で「こんにちは」だ。自暴自棄になっていた若い頃、フィリピンパブにも行っていた。そのときにタガログ語をフィリピーノに教わった。
俺の反応が魔女っ娘にもわかったのか、言葉を続けた。
「Ikaw, Filipino?(あなた、フィリピン人?)」
「Hindi, ako Happon.(いいえ、私は日本人)」
魔女っ娘はフィリピン人なのか? 宇宙人でフィリピン人。何だ?何だ?
「日本語は、わかりますか?」
(おぉ!いきなり日本語だ!)
俺は驚いたが、ここで動揺したそぶりを見せてはならない。動揺したのが相手にバレたら隙ができたと、犬男が剣を持って飛びかかってくるかもしれない。これは駆け引きだ。
「わかります。日本語、お上手ですね」
日本に遊びに来た外国人を相手にするようなもんだ。俺はできる男。小さな頃から「やればできる子」と両親にも言われていたし。
「ワタシに、ついてきて」
そういって魔女っ娘は荷馬車に戻った。犬男は手綱を操り、荷馬車を転回させ走り出した。とりあえず問答無用で斬りつけられることはないようだ。
俺はナイフを助手席の足下に置き、運転席に座った。まずはついていってみよう。ここの情報が少なすぎる。
アンは助手席に移動し、パワーウィンドウのスイッチを押し下げ窓から首を出した。
いつもなら「危ないからやめなさい」と注意するのだが、対向車も来ないのでそのままにしている。
余り車も人も通らない山道なのだろう。舗装もしていないし凸凹している。アンと山奥に星を見に行ったことがあるのだが、そのとき走った林道に少し似ている。
それなりに道幅があるのだが、対向車がくればすれ違いは困難だ。キャンピングトレーラーを引いているので、それなりに気をつかって運転する。
ロバが引く荷馬車について走っているのだから、そんなにスピードは出ていない。徒歩より少し速いかな?というくらい。
しばらく走ると山道の脇に木造の小学校が見えてきた。田舎の分校という感じで、平屋建てだ。その小学校の校庭に荷馬車は進んでいった。ここが目的地のようだ。
魔女っ娘はここで荷馬車から降り、犬男はロバと荷馬車を引いて建物の裏へ進んだ。
俺は校庭の真ん中に車を停め、降りてからナイフを腰に戻した。今度はアンも降ろした。いざとなって逃げるときに邪魔になりそうだったからリードはつけない。
「入って」
魔女っ娘に案内されるまま建物に入った。外見は木造小学校だが、中は田舎のおばあちゃんが住んでいる家のような感じがした。靴は脱がなくていいようだ。アンの足も拭かないでいい。
大きなテーブルのある部屋に通された。
「座って」
俺と向かい合わせになるように魔女っ娘は座った。俺は椅子の上にアンを乗せた。扉が開き、七福神の恵比寿さんのような顔の老人が入ってきて魔女っ娘の隣に座った。
黒のローブにとんがり帽子。この老人も魔女っ娘と同じ格好だ。制服なのだろうか。
間もなくワゴンを押して犬っぽいお姉さんが入ってきた。頭の上に耳がある!犬男の姉か!?
犬姉はポットからお茶らしき物を入れ、カップをテーブルに置いてくれた。
「ハーブティ、飲んで」
香りは良いけど、何が入っているかわからないので、カップに口をつけて飲むふりだけをした。
「ワタシの名前はイサ・ラプラー。隣に座っているのはスイップ・チェンマー。あなたのお名前は何ですか?」
「私の名前は、カルロス・ゴーシです」
偽名だ。俺の地元にある大企業の最高経営責任者をもじって答えた。何となく怪しい人たちなので用心しておいた方がいいだろう。
「ゴーシさん、少しお話を聞かせてください」
そうきたか。初対面の相手をいきなりファーストネームでは呼ばないだろう。ゴーシさんと呼ばれたから、ここでは姓・名ではなく、名・姓という順番で名前がついているに違いない。
俺はラプラーさん、チェンマーさんと呼べばいいのかな?
「はい、ラプラーさん」
彼女は頷き、そばにいた犬姉に何かを言った。犬姉は部屋から出るとすぐに紙束とインク壺、羽ペンを持ってきた。
うん、名・姓の順番で正解のようだ。俺は名探偵なのだ。俺が名探偵ならアンは助手でお医者さん役だね! 空手の達人でもいいけど。
チェンマーさんが紙束やインク壺を受け取りテーブルに置いた。羽ペンを持ったのでこのおばあちゃんが話をメモするようだ。
おや、事情聴取されるのか? 俺は名探偵ではなく容疑者の方なのか?
2016/01/19 誤字訂正




