B2 いつか晴れた日に
ラプラーさんは自分のハーブティを一口飲んで、俺に質問をしてきた。
「ゴーシさんは、ここに着いたばかりですか?」
「はい」
「ゴーシさんは、おひとりですか?」
「いいえ、アンという犬と一緒です」
「ゴーシさんは・・・」
「あの、ちょっとすいません」
俺はラプラーさんの話をとめた。聞かれるよりも、聞きたいことがたくさんあるからだ。
「ここは何処なんですか?」
「ここはワタシの家です」
(そうじゃない!俺の聞きたいことはそうじゃない!!)
間違った答えではないのだろうが、俺が聞きたいことはそうじゃない。日本語は難しい。
「あー。私とアンは濃い霧に包まれたと思ったらここに来ていたんです」
「はい。そうですね」
「私のいた国では太陽が1つでした。ここには2つあります。ここは何処なんですか?」
「ここは『ポンギー』というところです」
やっとここが「ポンギー」というところだと判った。少ない情報から推理して真理に辿りつく。やはり俺は名探偵になるしかない。頭脳も身体もしっかり大人だ!
「私は家に帰りたいのですが、帰る方法を知っていますか?」
「家には帰れません」
はぁ? 何で帰れないと断言できるの? 何なの!?
「ゴーシさんように『ポンギー』に迷い込んでくる方はたくさんいます」
「たくさんいるんだ・・・」
「たくさんいますが、誰も帰ったことがありません」
「!」
絶句した。俺のようにこの地に来た人がたくさんいること。そして誰も帰ったことがないということ。警戒して飲まなかったハーブティーを思わず一口飲んでしまった。
「ワタシは迷い込んできた人をこの家に招き、話を聞いています」
「・・・」
「日本語を話す人は100年くらい前に来ました」
「え!?」
「ワタシはその人に日本語を教わりました」
「・・・そうなんですか」
ここには日本人も来ていったのか。100年前の日本人も俺と大して変わらない日本語を話していたんだなぁ。拙者とかござるって話すと思っていた。
っていうか、ラプラーさんは幾つなんだ?見た目は女子高生という感じなのだが。
「あの・・・。ラプラーさんはお幾つなんですか?」
「幾つに見える?」
俺が若かりし頃に通っていたキャバクラのお姉さんみたいだ。質問を質問で返しやがった。もう、だまされないぞ!こういうときは大人の対応なのだ!
「少なくとも100歳以上だということですよね?」
「そうですね。ワタシはとても長く生きています」
ということは、隣に座っているチェンマーさんはもっと年上なのか。
俺はチェンマーさんをちらっと見た。にこにこしている。良いおばあちゃんだ。
「スイップ・チェンマーは日本語が話せません」
「なぜ?」
「日本人がここに来たとき、彼女はまだ生まれていませんでした」
「!?」
なんですとぉ? このおばあちゃんはラプラーさんよりも年下なのか!?
「ラプラーさんがタガログ語を話せるのは、もしかして・・・」
「はい。150年くらい前の『迷い人』に教わりました」
俺が迷い込む以前から地球人が「ポンギー」にやってきていた。「ポンギー」から地球に帰った人がいれば、インターネットで話題になっているだろうから、帰った人がいないというのは本当なのだろう。何てこったい!
ラプラーさんが最初、いろいろな言葉で俺に話しかけてきたのは、迷い込んできた人を招き入れ、いろいろな言葉を覚えていったからなのだろう。
それにしては地球以外で話す言葉もあったようだが・・・。
「『迷い人』とはどんな人なのですか?」
「『迷い人』とは異世界からこの地に迷い込んできた人たちのことです」
異世界? ここでは地球のことを異世界と呼ぶのか?
「『迷い人』とは異世界人?地球人だけじゃないのですか?」
「地球という場所から迷い込んだ方も多くいますが、そうでない方も多くいます」
なるほど。異星人も多くきているのか。犬みたいな人もいることだしチューバッ○もいるのかなぁ?ラプラーさんはウー○ー族の言葉も話せるのか?
「同じ地球でも、違う地球から来ている人がいます」
「?」
「ゴーシさんの国の首相はどなたですか?」
「今の首相は安倍晋三さんです」
「100年前に来た日本人は竹本豊さんと言っていました」
竹本って誰だ!? 100年前の日本の首相と言えば大隈重信先生だ。こんな有名人、間違えるはずがない。歴代の首相でも竹本豊なんて人は知らないぞ?
違う日本があるということなのか? それよりもラプラーさんの言うことは本当なのだろうか。俺は指先を咥え、両眉に唾をつけた。眉唾だ。だまされないぞ!
こいつは「見た目は女子高生、中身は150歳以上」のババアなのだ。妖怪「若づくり」だ。○ん魔くん、助けて!
「『迷い人』たちはこの家で『ポンギー』で使われている言葉を覚え、この先にある村で生活していました。村を離れ生活の場を移す人たちもいましたが、この村で一生を終える人が多いです」
「ここにずっと住む?」
「はい。ここにいれば『迷いの山』が近いため、自分の世界へ帰りたいと願う人たちは離れられないのです」
「迷いの山」とは俺のいた山のことだろう。どうやら「迷い人」はみんな、俺と同じルートでこの世界にやってくるようだ。
「『迷いの山』に霧がかかると『迷い人』がこの地にやってきます。霧が出るとき、異世界との扉が開かれます。自分のいた世界に帰りたい『迷い人』は霧が出ると『迷いの山』に向かいます。しかし、自分のいた同じ世界に扉が開かれるとは限らないのです。ワタシは今までたくさんの『迷い人』から話を聞きました。しかし今まで誰一人同じ世界からはやってきていないのです」
「・・・」
「同じ名前の同じ国からやってきていても、異なる世界のようです」
だから「異世界人」なのか。同じ地球でも平行世界の異なる地球からやってくる。次元が違う?世界線が異なっている?わからん。わからないが、別次元の異世界という話を理解しなきゃならないのだろう。
俺はまたハーブティを一口飲んでしまった。口の中がやたらと乾くのだ。
見た目は16~7歳、実年齢は150歳以上という魔女っ娘ロリババアが話を続ける。
「ワタシは『迷い人』のみなさんから話を聞いて、それぞれの世界を記録しています。ゴーシさんは日本語が話せるのでよかった。知らない言葉を話す『迷い人』の方からは言葉を教わることから始めるので、とても時間がかかります」
「ということは日本語を話す、私と異なる世界の方が来ていたと言うことですか?」
「ゴーシさんと異なる世界かどうかを確かめるために、お話を聞かせてください」
それから日が暮れるまで俺は自分のいた世界の話をした。時折こちらの世界の言葉で何か言い、チェンマーさんがメモを取っていた。要点を記録しているようだ。
アンは飽きて椅子の上で眠ってしまった。
結局、ハーブティはおかわりまでもらってしまった。
2つの太陽が並んで落ちていった。稜線に2個目の太陽が落ちたタイミングで腕時計をみた。18時33分。覚えておこう。
テーブルにランタンが置かれ、台座に水晶のような物が差し込まれた。すると灯りが点った。電池かな?
「この水晶のようなものは電池ですか?」
「いいえ、魔力を貯め込む石です」
「魔力?」
「そうです。この世界では魔力で灯りを点します」
魔力って何?やはりラプラーさんは魔女っ娘だったのか!?
今日の取り調べは終わりのようでチェンマーさんは書いたメモを整え、犬姉にインク壺などと一緒に運ばせた。
「話を伺うのはこれでお終いにしてまた明日にしましょう。食事の支度ができるまで、少しお話しましょう」
この家にはラプラーさん、チェンマーさん以外にも召し使いとしてボンがいるそうだ。ボンとは犬姉のことらしい。そして驚くべきことに姉ではなく母だった。俺を迎えに来た荷馬車に乗っていたのはボンの息子でタームという。そしてタームには妹もいてムオイというそうだ。今はボンとムオイで夕食を作っている。
迷い人はこの家でしばらく過ごし、この世界の言葉を覚え、村で生活するという。俺のいた世界でいうならこの家は「入国管理局兼教育施設」で、この先にあるという村は「難民キャンプ」になるのか。
「すいませんが、食事はまたの機会にさせていただいて、私たちは車に戻ります」
犬のような人が作った料理なんて信用ができない。俺はお腹が弱いんだぞ!へんな物を食べさせられてお腹を下すのは嫌だ。
「車?あぁ、ゴーシさんの乗ってこられた荷車ですね」
「えぇ、あの荷車にはキッチンもベッドもあるので、今日はそちらで過ごします」
「わかりました。こちらの世界に来たばかりで不安だと思いますが、この家は安全なので安心してください」
「はい、ではおやすみなさい」
「はい、また明日」
アンを起こして家を出た。車は目の前に停めてある。キャンピングトレーラーに乗り、電気温水器のスイッチを入れ給水タンクの水を温めた。電灯を点けてからカーテンを閉め、外から中の様子が見えないようにした。
まずはアンの御飯からだ。俺の食事よりもアンを優先させる。いつものことだ。アンは犬じゃなくて俺の娘だから、だ。
ドッグフード、飲料水を取り出して食器に入れる。いつもならお座り、お手、おかわり、待て、までしてからあげるのだが、慣れない異世界で気をつかって疲れているようなので、すぐに「どうぞ」と言って食べさせた。
アンはお腹が空いていたようで我武者羅に食べた。
俺はクーラーボックスから冷凍食品を取りだした。アンとキャンプに行くときの食事はほとんど冷凍食品だ。便利だし調理時間も短い。
今日の夕食は焼きおにぎりとハンバーグ、ミックスベジタブル。アメリカだったらTVディナーと呼ばれる組み合わせだ。
食事を終えると温かいシャワーを浴びた。明日はタームに排水タンクを捨てさせよう。あいつは小間使いだから、俺が使っても良いだろう。うん、そうしよう。
シャワーを浴びた後、ダイネットを畳んでベッドにし、寝具を取り出し横になった。
すぐにアンがベッドに飛び込んできた。アンは俺の腕枕で寝るのが好きなのだ。
千里眼でキャンピングトレーラーの周りを見張っていたが誰もいない様子だったので戻した。
ラプラーさんがここは安全と言っていたから安全なんだろう。そうに違いない。っていうか今日はもう寝よう。いろんな疑問は明日にしよう。疲れた。
(朝だよ!)
アンが顔を舐め、起こされた。枕元に置いた腕時計を見たら6時を少し過ぎたところだった。いつもと同じ起床時間だ。
カーテンを開けたら既に陽が昇っていた。日の出時間は確認できなかった。
まずはアンの散歩だ。ここは異世界なので注意が必要だろう。手早く着替え、戸棚から水のペットボトルを取り出し一口飲んだ。水は常温で保存している。冷たい水はアンに良くないと思うからだ。
お散歩バッグとハーネス、リードを取り出しアンに付ける。
千里眼で車の周囲を確かめる。昨晩と変わりがないようだ。
ジャングルマチェーテとサバイバルナイフを腰に差す。用心に越したことはない。
朝の散歩に出かけるだけなのに、こんなに警戒するのか。神経を使う分、疲れるのかもしれない。
キャンピングトレーラーから出た。振り返り「木造平屋の分校」を見た。既に起きて活動をしている様子だ。声をかけてから出かけた方がいいのか。
思案していたら建物の裏から山羊を連れた犬男が出てきた。山羊も飼っているのか。雌かな?雌なら乳を分けてもらいたいな。アンは山羊の乳が好きだから。
「ターム!」
とりあえず声をかけてみた。
「ちょっと散歩に出かけようと思っている」
「ーーーーーーーーー」
「すぐに帰る」
「ーーーーーー」
ちょっと何を言っているのかわからない。日本語は話せないんだったなぁ。
手を上げて「行ってきます」の挨拶をした。こんなときは身振り手振りだ。
昨日の道は凸凹だったが、この家から山を下る道は盛り土や砂利で舗装しているようだ。
歩きやすそうなので少し下ってみることにした。




