E11 愁いノート
俺たちはドーラの部屋に戻った。
「もう1回やっておくか」
ドーラは俺とフォリーに魔法を放ったが特に何も起きなかった。
「念のために悪さするウィルスや菌を焼いたけど、ここにはいなかったな」
「ドロシー様、ありがとうございます」
「しっかし、まいったなー。疫鬼かよー、どうしよーかー」
ドーラは頭をボリボリ掻きながら部屋の中を歩き回った。
「あれって燃やせるの?」
「燃やせるさ。だけど本当に燃やさないとダメなんだ」
「?」
「ウィルスや菌を焼くときには辺りが火事にならないように低温殺菌魔法を使っているんだけど、疫鬼は爆炎魔法で本当に燃やさないと倒せないんだ。火事にならないところに追い詰めてからぶっ放さないと住人に被害が出ちまう」
「瞬間転移魔法で疫鬼を何処かに跳ばせばいいじゃん」
「ノリは疫鬼に触れるのか?」
「うっ、それは・・・」
アレに触るのは嫌だな。
病気が感染るからだけじゃなく、ビジュアル的にも苦手だ。
「ま、飯でも食いながら考えるか」
「俺、今日は誰からも夕食の招待を受けていない・・・」
「ロール卿のところに行けば飯くらい食わしてくれるんじゃないか?」
そういえばエリックじいさんの屋敷が何処にあるのか聞いていないや。
「ウチにいらっしゃいますか?」
フォリーが手を挙げた。
「大したものは御用意できませんが、疫鬼対応の打ち合わせもできますし・・・」
「いいのか?」
「はい、ドロシー様と一ノ瀬様がお越しいただけるなら御爺様もお喜びになると思います」
「ノリ、そうしようか?」
「俺は夕食が食べられれば何処でもいい」
「じゃ決まりだ」
ドーラは俺とフォリーの手を握り瞬間転移魔法で跳んだ。
目の前にはレッシュ侯爵家ほどではないが大きなお屋敷がある。
「ここは?」
「私の家です」
フォリーも貴族だったのか!?
「支度もあるだろうから1時間後にまた来る」
「分かりました、お待ちしております」
「フォリーも貴族・・・」
ドーラは俺の手を握り瞬間転移魔法で跳んだ。
着いた先はドーラの部屋だった。
「まだ話をしている途中だったのに!」
「夕食のときに話はできるだろ?」
「ただフォリーを送っただけだったのか!?」
「そうだよ、これでノリもフォリーの家の場所を覚えただろ」
「1、2分いただけで覚えられるか!」
いくら俺でも「疑似分体」も出していない、高速思考や頭脳活性もしていない状態で跳躍した地点など覚えられない。
これはイジメなのか!?
「ま、いいや。あたしと一緒だからすぐに跳べるだろ」
「まったく、もー!」
「それよりここからノリの部屋にあたしを連れて跳んでみてくれ」
「えー」
「ノリが自分の部屋で何で魔法が使えるのか知りたい」
「マジかよー」
俺の部屋には魔法封じの絨毯が敷かれている。
ドーラは魔法で俺の部屋に跳べないが俺は超能力で跳んでいるので問題がない。
「俺は魔法じゃなくて超能力を使っているってドーラに会った最初の日に言ったよな」
「あんまり覚えていない」
「くっ! 超能力は魔法と違うから跳べるんだ」
「よく判らないなぁ」
「しょうがない。ほれ、手を出して」
「あいよ」
俺はドーラの手を握り瞬間移動で自分の部屋に跳んだ。
「プラム、プラムーっ!」
「はい、一ノ瀬様」
「帰ったよ」
「おかえりなさいませ、ドロシー様もいらっしゃいませ」
「わ! 本当に跳びやがった! 何でだ?」
俺が跳躍できたのが不思議なようだ。
「だからぁー、超能力だって言っているじゃん!」
「あたしの瞬間転移魔法とノリの瞬間転移魔法の何が違うんだ?」
「知らないよー!」
俺だって魔法と超能力の違いなんて判らない。
判っているのは魔法封じの絨毯の上でも俺の超能力は発動するってことだけだ。
「ノリユキさん、お帰りなさいませ」
「あ、ジュリー」
寝室からジュリーが出てきた。
俺の寝室で何をしていたんだ?
「何でここにいるの?」
「今日から結婚式までの間、この部屋でノリユキさんと一緒に暮らしますので荷物を運んでいました」
「はあっ?」
これが所謂「押し掛け女房」ってやつなのか!?
「私の家の領地に御爺様が屋敷を建ててくれますので、完成しましたら其方へ引っ越しましょうね」
「エリックさんは屋敷まで建ててくれるのか!?」
「はいっ」
この世界に来てまだ6日目なのに嫁も家も手に入るのか。
魔王や疫鬼がいなければ最高に居心地のいいところだな。
「ノリユキさん、夕食はいかがされますか? 御爺様の屋敷に行ってもいいし、私が何か作りましょうか?」
「ジュリーの手料理っていうのも食べてみたいけど、フォリーの家に夕食を食べに行く約束をしているんだ」
「フォリー? ボネ子爵家ですか?」
ボネ子爵家ってことは、やっぱりフォリーんちも貴族だったのか。
「ボーデン地区に疫鬼がいやがったんだ。その退治の打ち合わせも兼ねてね」
「ドロシー様も御一緒なんですね」
「今日のところはノリを借りて行くからジュリーは一人で御飯を食べるか、ロール卿の屋敷に戻るか、どっちかだな」
「私がボネ子爵家について行くという選択肢もありますわよ」
「侯爵家のお嬢さんが子爵家に飯を食いに行くのか?」
「私は気にしませんわ」
侯爵家の人が子爵家に御飯を食べに行くのに何か問題があるのか?
現代日本に生まれ育った俺にとって、侯爵も子爵も同じ貴族にしか思えない。
「ま、気にしないって言うんだったらあたしはいいけどね。アン、おいで」
ドーラはソファにどかっと座り、アンを呼んで膝の上に乗せた。
何故かアンはドーラに懐いていて、気持ち良さそうに首や頭を撫でられている。
「今のうちにアンに御飯をあげておきたいんだけど」
「またアンはお留守番だな、可哀想に」
「貴族の家に犬は連れていけないんだろ?」
「家は構いませんよ」
「んじゃ明日はジュリーのところで御飯を食べさせてもらおうかな?」
「どうぞお越しくださいませ」
俺はキャリーバッグからドッグフードを取り出した。
残りが少ないのでそろそろ自作しないとな。
いつもよりちょっと時間が早いがアンに御飯をあげた。
「ほら、アン。御飯だよ」
「わん!」(待ってました!)
ドーラの膝の上から飛び降りるとアンは一心不乱に食べた。
「アンが人になれば何処にでも連れ歩けるんだけどなぁ」
「出来ないモンは出来ないんだよ」
「頭に葉っぱを乗せて宙返りすればいいんだよな?」
「・・・アンは狸じゃないんだろ」
獣を人化するには魔法じゃなくて道具が必要だとドーラは言っていた。
何処にその道具があるのだろう。
もしかしたら魔王が持っているのかもしれないな、会ったときに聞いてみるか。
「さて夕食の時間まで念写でもするか」
「念写?」
「ジュリーには見せていなかったね。頭に思い浮かべたことを写真に撮るんだ」
「写真・・・ですか?」
ジュリーにも写真を説明しなくてはならないのか、面倒だな。
「まぁいいや。1枚撮ってあげるよ」
ジュリーにスマートフォンを向けてシャッターを押した。
「ほら、これが写真だよ」
「まぁ!こんな小さな板切れが瞬時に精密な絵を描いているのですね!」
「絵とは違うんだけど・・・」
イメージセンサーが受光した映像を、電子データ化したものを画面に表示させているんだけど・・・説明が難しい。
「プリンターがあれば印刷してあげたんだけど、キャンピングトレーラーに積んでいないんだ」
「印刷・・・ですか?」
「あ、印刷も説明が必要だった?」
「いえ、ガリ版印刷というものを『迷い人』から教えていただいたので知ってはいるのですが、ここまで精密な絵を印刷するというのは想像できなくて・・・」
「そうだろうな」
俺が小学校のときは印刷物の殆どがわら半紙にガリ版印刷したものだった。
鉄筆を使った手書きだったから、学級内で字の綺麗な子や絵が上手い子が新聞委員に選ばれていたっけな。
「とりあえず10枚くらい連写してみるか」
額にスマートフォンのレンズ部分を押しつけ、ボーデン地区でみたいろいろな霧を思い浮かべてシャッターを押した。
「はぁっ!はぁっ!」
気合いを入れて念写したのだが、写っていたのは霧の写真ばかりだった。
「ドーラ、ウィルスや菌は写らなかったよ」
「どれどれ」
俺が見ていたのはウィルスや菌ではなく、身体に纏わり付いた色のついた霧だけだ。
ウィルスや菌を見ていた訳ではないから念写で写真に出来なくて当たり前か。
「うーん、初めてにしては良いんじゃないか。病気の感じがよくでている」
「絵画の評論みたいだな」
「ほれ、この色の霧が労咳だろ?」
「お、そうそう。労咳の人の霧だ」
「この色は痘瘡、次は黒死病だ」
「ちょっと待って!ファイル名にするから」
念写した写真データにそれぞれの病気の名前をつけておいた。
これで千里眼で患者を視たときに病気の種類くらいはこれで判別できるようになるだろう。
「とりあえず、こんなもんか」
「疫鬼を視たお陰なのか、たくさんの種類の病気が写っていたな」
「視野魔法を鍛えればもっと詳しく見えるぞ」
「判ってる。頑張るよ」
時計を見たらもう19時になっていた。
「そろそろフォリーんちに行こうか」
「ひひひ、本当は貴族の家にお呼ばれしたら正装で出向くんだぞ」
「仕方ないだろ、あんまり服を持っていないんだから。それよりドーラはその格好でいいのか?」
「これが魔法使いの正装だからいいんだよ」
「ジュリーは着替えるの?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
そういうとジュリーは寝室に入っていった。
「ノリもこの魔女帽を被っていくかい? これを被っているだけで魔法使いの正装になるぞ」
「魔女って・・・、それ女物でしょ?」
「男も被っているよ。貸してやろうか?」
「いいよ、さっきも言ったとおり俺は魔法使いじゃないし」
「ふーん」
「お待たせしました」
寝室から出てきたジュリーはローブ・デコルテのような胸元の大きく開いた赤いドレスに、これまたオペラ・グローブのような赤い長手袋をしている。
「そんな格好で何処に行くつもりなの?」
「ボネ子爵家の晩餐会ですよね?」
「それじゃ皇室主催の晩餐会にも出席できちゃうな」
「正装でも簡素な方のドレスなのですが・・・」
「ひひひ、ノリ。そんなことよりも先ずは綺麗だよとか似合っているよとか褒めてやるモンだぞ!」
「あ・・・」
気が利かないんじゃない。
あまりにも素敵なドレスだったから面を喰らってしまっただけなんだ。
「ジュリー、その・・・赤いドレスがよく似合っているよ」
「ありがとうございます、ノリユキさん」
「ノリは魔法だけじゃなくて生活指導もしてやらなきゃなんねーか」
「くっ!」
ドーラが俺の保護者気取りなのが気に入らないが、ドーラの言うとおり着替えたジュリーのことをすぐに褒めなかったので言い返せなかった。
ジュリーは貴族の家に出かける俺に恥をかかさないように、自分だけでもと正装をしているんだ。
俺も早くレベッカに服を仕立ててもらってジュリーの横に立ってもおかしくないようにしよう。
ジーンズにポロシャツ姿の俺と赤いドレスのジュリーではどう見ても不釣り合いだしな。




