E10 嘆きのサブウェイ
小さい頃はインスタントカメラなんて持っていなかったから練習もしていなかったけど、念写は出来た。
今どきはデジタルカメラで心霊写真も撮れるらしいから技術の進歩は偉大だ。
「これを持ってボーデン地区に行く。そこにあるウィルスや菌を千里眼で視てこいつに念写してみたいんだ」
「ふーん、それが出来ればノリにウィルスや菌の説明がし易くなるな」
「だろ?」
ドーラは立ち上がり部屋の外で待機していたフォリーを呼んだ。
「一緒に行くのはフォリーだけだ。他の奴はボーデン地区に行くってだけで震え上がっちまうからな」
「そんなに怖いところなの?」
「陽が落ちてからボーデン地区に行くなんて殺されに行くようなモンだからな」
「げげ!」
よほど治安が悪いところなのだろう。
この国の吹き溜まりとも言っていたから犯罪者が隠れ住んでいてもおかしくない。
「護衛が欲しくなったかい?」
「いや、大丈夫だろう」
お城の中ではサバイバルナイフもジャングルマチェーテも持ち歩いていない。
部屋に取りに行っても良いが、腰にナイフをぶら下げている方がボーデン地区の住人に武装していると思われ、変に絡まれてしまうかもしれない。
いざとなったら爆炎魔法で辺り一面を吹き飛ばせばいい。
「夕食までには帰るつもりだから、ととっと行くよ!」
「はい」
ドーラは俺とフォリーの手を握り瞬間転移魔法で跳んだ。
着いた先は普通の街並みと変わらない印象の場所だった。
「ここがボーデン地区の入り口だ。ここの住人はあたしやフォリーのことを知らない奴もいるからいきなり襲ってくることもある」
「いきなり?」
「あぁ、特に獣人はすばしっこいから気をつけろよ」
念のため高速思考を発動しつつ「疑似分体」で俺たちを俯瞰しておくか。
「行くぞ」
「はい」
建物はヨーロッパの街並みのようだが、雰囲気は俺の地元にある寿町のようだ。
道端で焚き火をしている奴がいたり、座り込んで飲み食いをして奴もいる。
彼方此方から刺すような視線を感じるがドーラとフォリーが一緒のせいか、あまり危険は感じない。
ビュッ!
左後ろの死角から何かを投げられたが「疑似分体」で辺りを見張っていたので直ぐに判った。
高速思考のおかげでゆっくり飛んでいるように見える。
こりゃ、ナイフだな。念動力で空中に停めた。
ドーラは気が付いてニヤリと笑った。
「ふふふ、ノリもやるじゃねーか」
「投げた奴に返してやろうか?」
「やめときなよ。ノリが本気を出したら獣人だって敵わないんだろ?」
「まぁーねー」
そのまま念動力でナイフを丸め、地面に落とした。
「ちっ!」
後ろの方で舌打ちが聞こえた。
俺が振り返っても分からないように建物の陰に隠れたが「疑似分体」で犯人は見えている。
猫のような獣人だ。
ドーラにはやめておけと言われたが念動力で尻尾を思いっきり引っ張ってやった。
「ふんぎゃぁーっ!」
そのまま引き千切ってもよかったが、これから医療行為する人が怪我をさせては本末転倒になるのでやめておいた。
「何が気に入らないんだか、他所者が来るとああやってちょっかいを出してくる奴が多いんだ」
「俺はデカいから目立つしな」
「一ノ瀬様は魔法使いの服を着ていらっしゃらないから、知らない方は魔法使いだとは分からないのです。魔法使いだと分かれば魔法に警戒すると思います」
「俺もドーラみたいなとんがり帽子を被っていた方がいいのか?」
「それだけでちょっかいを出してくる輩が減ると思います」
「ふーん、考えておくよ」
いい歳したおっさんがとんがり帽子を被って街中を歩くっているのは、ハロウィンじゃあるまいし小っ恥ずかしい。
ましてや俺は身長が190cmもあるので目立って仕方がない。
「ここだよ」
ドーラが指を差したのは小さな建物だった。
教会のような雰囲気があるが十字架はかかっていない。
「宗教施設なのか?」
「何でそう思った?」
「そんな雰囲気がしたから」
「ま、そんなところだな」
ジュリーも金髪さんも洗礼名を持っているから、この世界でも宗教があると思っている。
でも此処には西暦がないから俺のいた世界の『最大の宗教』ではないな。
「昔、暦を作った奴が神に祈れとか、隣人を愛せとか言って始めたんだ」
「へぇー」
「何故か上流階級に喜ばれて、今では貴族の殆どが信者だ」
ドーラはノックをしないで教会っぽい建物のドアを開けた。
「よぉ〜!」
「あ、ドロシー様!」
礼拝所のようなところの向こうに白衣を着た若い娘さんが何人かいる。
ドーラとは顔馴染みのようだ。
「此処に直接、瞬間転移魔法で跳べば良かったのに」
「ひひひ、ノリにボーデン地区のヒリヒリした雰囲気を味わってもらいたかったのさ」
「・・・」
「ドロシー様、どうぞ此方へ」
白衣の娘さんに促されて奥の部屋に向かった。
そろそろ超体力を全開にしておいた方がよさそうだ。
懐中電灯のような形をした魔法の灯りを渡され、地下へと続く階段を下りて行く。
「随分暗い所に行くんだな」
「地下室に病人がいるんだ」
「それじゃ環境が悪いんじゃないか?」
「仕方ないだろ。こうしておかないと他の奴らに感染っちまって手がつけられなくなるんだ」
ここは病棟ではなくただの隔離施設だ。
日本でも戦前は癩病患者が強制隔離されていた。
白衣を着た娘さんが地下室のドアを開けると酷い臭いがした。
獣臭というか、死臭というか・・・。多分、両方が混じり合っているのだろう。
「ゲホッ、ゲホッ」
「大丈夫ですか?」
「慣れない臭いで噎せた」
「空気を入れ替えられないから仕方ないんだ」
「こんな所にいちゃ健康な人でも病気になっちゃうよ」
「来るたびに悪さするウィルスとか菌を魔法で焼いているんだけどな」
所々に置かれた魔法の灯りがあるだけで室内は薄暗い。
1階の礼拝所みたいな所と同じぐらいの広さがあり、ベッドが50台くらい置かれている。
その半分くらいに患者が寝ているが、誰も皆苦しそうに呻いている。
「サッサとやるか」
ドーラが両手を前に出して魔法をかけようとした。
「ちょっと待って!」
「何さ」
「今、ウィルスや菌を千里眼で視るから」
「早くしろよ」
「判ってる。はぁーっ!」
丹田に気を溜めて千里眼で室内を見渡した。
黒い霧以外に赤や緑、黄色の霧も見える。
「痘瘡以外の患者もいるの?」
「労咳もいれば黒死病の奴もいる」
「げっ!」
おいおい、黒死病と言えばペストのことだよ。
昔、ヨーロッパで大流行して人口の3割が死んだという病気じゃないか!
「もういいか?」
「あぁ、やっちゃってくれ!」
「はぁーっ!」
ドーラの掌から魔法が放たれた。
すると患者の身体からバチバチと火花が弾け、部屋の中の彼方此方でも花火のような光が瞬いた。
「ふぅー、これで一安心だ」
「患者の容体は?」
「体力が落ちていて芳しくない」
「回復魔法をかけるか?」
「そうだな、ノリも手伝ってくれ」
「判った」
ドーラと俺は手分けをして回復魔法を患者にかけた。
白衣を着た娘さんも脱水症状を起こしている患者に水を飲ませたり、脈を測ったりしている。
フォリーは画板を取り出し、患者一人一人から聞き取り調査をしていた。
「ドロシー様、これを・・・」
フォリーが画板をドーラに差し出した。
受け取った画板を見たドーラの表情が険しくなる。
「ここが怪しいな」
「はい」
「それは何が書いてあるんだ?」
「此奴らが住んでいた場所だよ」
ドーラが俺に画板を差し出してきた。
書かれていたのは簡単な地図と黒い点だ。
ある地域に黒い点が集まっている。
「この黒い点が此奴らが住んでいた場所なの?」
「そうだ、特定の地域に住んでいた奴らが病気になっている」
「ここに病原体があるってことだな」
「うーん、行ってみるかなぁ・・・」
「今から!?」
夕食までには帰るつもりと言っていたのに、これから出かけたら間に合わなくなっちゃうんじゃないのか?
「もし病原体がそこにあれば作戦を立てて挑まないとドロシー様でも危険です」
「そうだな、とりあえず礼拝室に戻るか」
(ドーラでも危険!?)
なんだ?なんだ?
一瞬で感染しちゃうような強力な病原体でもあるのか?
白衣を着た娘さんに後を任せ、俺たちは礼拝室へ戻った。
「こう毎日、毎日、患者が担ぎ込まれるというのも嫌になる」
「やはり病気の元を絶たないと切りがありません」
「疫鬼が潜んでいるのかもな」
「ええ」
えきき? 猿の仲間か?
「今からその地図の中心に書かれた場所に行くのか?」
「うーん、どうしよう・・・」
「どうしようって。夕食までにはお城に帰るって言ったじゃないか」
「放っておけば地下室はまたすぐに患者で一杯になっちまう。でも疫鬼がいたら退治の準備をしてからじゃないとあたしでもヤバそうだしなぁ・・・」
「ドロシー様、行くだけ行ってみませんか?」
フォリーが手を挙げた。
「行って疫鬼がいればそのまま瞬間転移魔法で逃げて、いなければ辺り一面を浄化していただきます」
「うーん、そうしようか・・・」
いつもテキパキしているドーラが煮え切らない。
「なんだよ、疫鬼っていうのはそんなに手強い奴なのか?」
「あぁ、手強い」
「魔王よりも強いのか?」
「いいや、力はそんなにないんだけど・・・知らない病原体を持っていればあたしだって病気になっちまうし、変に追い詰めたら不治の病を散蒔かれちまうかもしれないし」
「わぁ、厄介だな」
「ああ」
炊飯器に封じ込めないといけないというパターンか?
「うーん、やっぱり行くだけ行ってみるか」
「はい」
「サッラ、サッラーっ!」
「はい、ドロシー様」
礼拝室の裏から地下室にいる白衣を着た若い娘さんとは別の娘さんが出てきた。
「これからちょっとサンブーグヮン辺りに行ってくる」
「あの辺りは陽の落ちてきたこの時間では危険ですよ?」
「うーん、疫鬼がいるかもしれないんだ」
「疫鬼ですか!?」
「ちょっとだけ見てくるよ」
「はい、お気を付けてください」
ドーラは俺とフォリーの手を握り瞬間転移魔法で跳んだ。
おいおい、俺の心の準備ができているとか聞いてくれよ!
「うーん、やっぱり酷い臭いだな」
降り立った場所はバラックが密集して建っている場所だった。
子供の頃に原っぱに作った『秘密基地』の集まりのようで、ちょっと手で押したら将棋倒しになるような掘っ建て小屋ばかりだ。
「此方のようです」
フォリーが先導してずんずん進んでいく。
ここは危なそうな場所なのに勇気凜々だなぁ。
「この建物の中のようです」
「うーん、此処かぁ・・・」
ドーラは前屈みになって大きく見開いた。
視野魔法で建物の中を覗いているようだ。
「あー、あー、あー」
「何だよ、あーあーって」
「いた。やっぱり疫鬼がいやがった」
「では出直しましょうか?」
「うーん、その方がいいな」
俺も千里眼で建物の中を視た。
地下室の患者に憑いていた霧とは比較にならないほどの大きな霧がかかっている。
これは霧というよりも積乱雲のようだ。
その雲が虹色に輝いてうねっている。
「なんだ、あの禍々(まがまが)しい奴は!?」
「あれが疫鬼だよ。ちっ、まいったな」
「ドロシー様、気づかれる前に逃げましょう」
「そうだな、ほらノリも!」
俺とフォリーの手を握り瞬間転移魔法で礼拝室に跳んだ。
「サッラ、サッラーっ!」
「はい、ドロシー様。いかがでしたか?」
「いた、疫鬼がいやがった」
「まぁ!」
サッラと呼ばれている白衣を着た若い娘さんは卒倒しそうになり、フォリーが慌てて支えた。
「はぁーっ!!」
いつもより強めの気合いでドーラが魔法を放つと俺やフォリーの服から火花が出た。
「ちょっといただけでこんなに菌がくっついてきやがった」
「あれが疫鬼なのか」
「ああ、ひでー奴だろ。顔を見たか?」
「厚い七色の雲に覆われていて見えなかった」
「その暑い七色の雲が病原体だよ」
「げげ!」
顔が見えないくらいの病原体に囲まれているなんて、どういう奴なんだ!?
「とりあえず一度城に戻って王様にも報告しておくか」
「その方が良いと思います」
「場合によっちゃサンブーグヮンだけじゃなくボーデン地区も焼き尽くさなきゃなんないかもしれないしな」
「はい」
「疫鬼の出方によっちゃボーデン地区だけじゃなく城下も焼き尽くさなきゃなんないかもしれないしな」
「はい?」
「事と次第によったら城下だけじゃなく城も焼かなきゃなんないか。あーぁ、城壁を直したばっかりなのになぁ」
「ちょ、ちょっとドロシー様・・・」
疫鬼というのはかなり手強い存在らしい。
あのバラックを燃やすだけでなく地域や街まで燃やさないと退治が出来ないのか。
確かに「厄介な存在」だ。
2016/02/27 ルビ訂正




