E7 赤い衝撃
エリックじいさんの差し入れてくれたハンバーガーは「お母さんの作ったハンバーグ」をパンに挟んだみたいだったが、コレは此で美味しい。
フライドポテトも皮付きで俺好みだった。
「ふぅーっ、お腹いっぱいだ」
「がはははは、此奴は簡単ではあるがなかなか美味い料理だろ?」
「えぇ、ハンバーガーですね」
「がはははは、ウチの領地にいる『迷い人』が考案したのだが、婿殿が名前を知っているとなると異世界では当たり前の食べ物らしいな」
「はははは、俺の国では駅前にチェーン店がいくつもあるくらいポピュラーな食べ物ですよ」
「なるほどなー」
「ふふふ、御爺様ったら」
どうやらジュリーの機嫌も直ったようだ。
ジュリーは笑っていた方が可愛い。
「他にもチェダーチーズやオニオンを挟んでもいいし、ベーコン、レタス、トマトを挟んで『BLT』というのもイケますよ」
「ふむふむ。婿殿はなかなかのアイデアマンじゃな」
「パンの代わりに御飯を使って、焼き肉を挟んでもいいし・・・」
コンッコンッコンッ!
ドアに短く速いノックが鳴った途端、すると俺とドーラ以外がスクッと立ち上がった。
「なに?」
「王様だよ」
「え?」
プラムが相手を確かめずにドアを開けた。
この短く速いノックは王様の証しなのか?
「やあやあ、皆さん。何やらいい匂いがしますなぁ」
「王様、此方から出向きましたのに」
「かめへん、かめへん。プラムや、ワイにも一杯淹れてや」
「畏まりました」
「王様もハンバーガーを食べてみますか?」
「いや、食ったばっかりやから遠慮しておくわ」
王様は俺とドーラの対面になる、エリックじいさんの隣に腰掛けた。
ジュリーと金髪さんは立ち上がったままで、その列に後から入ってきた雛が並んだ。
「私たちは隣の部屋に行こうか」
「かめへん、かめへん。そこにおれ」
「コーメの分の食事も用意させたのですが」
「さよか?なら、下がってええぞ」
「御意」
「ジュリーはここに座ってて」
「はい」
金髪さんと雛はプラムの部屋に行った。
入れ替わりにコーヒーを淹れたプラムがワゴンを押して出てきた。
「ノリ、このコーヒーは美味いなぁ」
「お口に合うようで」
「ワイも増やした分のコーヒー豆を貰ってええか?」
「どうぞ、どうぞ」
此方にはアラビカ種のコーヒー豆がなかったようだから味も香りも新鮮なのだろう。
「さて、ノリ。コーメから聞いたんやが、戦争を終わらせるんだって?」
「はい、俺が魔王のところに行って終わらせてきます」
「大丈夫なんやろな?」
「お任せください」
「本当に『魔族』を元いた世界に帰せるんやろな?」
「はい」
「せやったら先ずはノリが元いた世界に戻って、またここに帰ってきてみてや」
「はい」
「・・・」
「どうしました?」
「なんや、今すぐにパパッと往復するんやないんかい!」
「はははは、まだまだ俺は本気になれなくて」
俺が本気になれば次元の壁さえ飛び越えてみせる。
今はまだ何をどうイメージしたらいいのか判らないだけだ。
「そんなんやったら魔王にすぐに殺されてまうやろ」
「うーん、大丈夫なんじゃないんですか?」
「その自信はどっからくるんや・・・」
なんとなくだけどイサさんとドーラが同行してくれれば、いきなり殺されることはないと思っている。
「つきましては魔王に会談の申し込みをしたいと思っておりまして」
「使者を送るんか?」
「はい」
「使者に死ね、と」
「手紙を渡すだけで殺されちゃうんですか?」
「せや」
「ドーラ、魔王は殺人狂なのか?」
コーヒーに夢中になっていたドーラに聞いてみた。
「そんなことないよ。人をみーんな滅ぼしたいだけだよ」
「手当たり次第、ってことか。殺人狂と大して変わらないじゃないか」
「ノリは魔法が使えるから『お仲間』だと思うんじゃない?」
「そうかなぁ?」
仕方ない、自分で行ってくるか。
「俺が魔王に手紙を渡してくるよ」
「そのまま話をしてくりゃいいじゃん」
「それじゃ失礼になるだろ?」
「別にいいんじゃね?」
できればそうしたいが、いきなりアポ無しで行って「戦争を終わらせてください」と頼んで聞き入れてくれるのか?
昔、アポ無しで偉い人のところに突撃取材をするテレビ番組があったが、殆どお付きの人に制止されていた。
まあ、瞬間移動で魔王の目の前に跳べば良いか。
「魔王に会いに行くときはドーラと御師さん、それとジュリーが一緒に行きます」
「ノリやドロシー殿、イサ殿は大丈夫だと思うんやけど、ジュリーは大丈夫なん?」
「大丈夫でしょ。いざとなれば瞬間転移魔法でここに逃げてきますよ」
「えぇ!?」
「ダメですか?」
「できれば城じゃない方がええんやけど」
「じゃ御師さんの所に逃げ込みます」
「うんうん、それがええ」
なんでお城に逃げ込むのがダメなんだろう?
「あのなー。魔王は魔力を感知できるから、どこへ逃げ込んでもすぐに見つかっちまうぞ?」
「マジで?」
「あたしだって魔力感知ができるんだからな」
「魔力って隠せないの?」
「そんなこと、考えたことがない」
「・・・」
この世界のどこに逃げ込んでも魔王はすぐに見つけちゃうのか。
だとしたら本気で逃げるなら元いた世界へ跳ぶことくらいか。
王様の言う通り一度くらいは元の世界に戻れるか、試した方がいいな。
・・・戻れちゃったらここには帰ってこないと思うけど。
それから王様はコーヒーをもう一杯飲んでから執務に戻った。
金髪さんと雛も着替えに出て行き、エリックじいさんとジュリーも一旦、屋敷に戻ると言うことで帰っていった。
俺の部屋にはドーラとアンとプラムだけになったので昨日視たボーデン地区のことを聞いてみた。
「ドーラ、今日は診察はしないのか?」
「あぁ、患者が来たらフォリーが教えてくれるよ」
「昨日、ボーデン地区を視たんだけど・・・」
「ん?視野魔法で覗いていたのか?」
「あぁ、あそこはスラム街だな」
「スラム街って何だ?」
「貧民街と言った方が良かったか?」
「まぁ、食いっぱぐれた奴や逃亡奴隷なんかが集まって住んでいるから貧民街なんだろうな」
「この国にもそんな奴らがいるんだ」
「元の主人が死んだりした奴隷・・・獣人だな。それに乞食や『迷い人』だっているよ」
「『迷い人』も?」
「あぁ、この世界に馴染めなかったり、元の世界に戻れずに絶望してりして、あの吹き溜まりに集まってきている」
迷い人は路頭に迷っているんだ。まさに『迷い人』だ。
俺が元の世界に戻してやることができたなら、戦争が終わるだけじゃなくこういった人たちも救ってやることができる。
「ドーラやフォリーはボーデン地区で医療活動しているの?」
「あそこから流行病がよく出るから仕方ないのさ」
「食べ物まで配っていたじゃないか」
「腹が減っていると病気に対する抵抗力が弱まるから、できる限り食わせてやるのさ」
「俺のいた世界で言うなら『赤十字活動』に近いことをしているんだな」
「その活動が何だかは判らないが、あたしは病気で苦しむ奴が増えるのが嫌なんだ」
「これで無償活動なら皆から尊敬されるんだけどな、あははは」
俺は少しだけマザー・テレサのことを思い出していた。
インドの貧民街で「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」という活動をしていた女性だ。
マザー・テレサとがらっぱちのドーラがダブって見えるなんて疲れているのかな?
「・・・奴らからは金なんて取っていないよ。第一、彼奴らは金なんて持っていないし」
「でも王様からは貰っているんだろ?」
「金が無きゃ喰いモンも買えないだろ?」
「そりゃそうだな」
「王様も手がつけられないからあたしに任せているんだ。ただし王様の金と言っても個人的な金だし、他にも何人かの貴族から『施しのために使ってくれ』と言われて金を貰っている。皆には内緒だぞ」
「それってドーラのギャラじゃないんだ」
「あぁ、あたしたちは無報酬だ」
ドーラが各国で尊敬される魔法使いというのも納得できる。
性格はがさつだが根は優しいのだろう。
歳が歳だから大ばあちゃんみたいなものなのか。
「一ノ瀬様、仕立屋が参りました」
「早くない?」
「城に常勤する仕立屋ですので」
「あ、そう」
「じゃ、ノリ。あたしは自分の部屋に戻るよ」
「判った。また後で」
「夕飯のときにな」
ドーラはそういうと瞬間転移魔法で跳ぼうとした。
「あれ?跳べないぞ」
「一旦、廊下まで出れば跳べると思うよ」
「・・・魔法封じの魔方陣を敷いたな」
「そうらしい」
「なんでだよ!」
「いいだろ、別に」
「お前だって魔法が使えなくなるんだぞ!」
「俺は・・・ほら」
飛翔能力で浮いて見せた。
「なんでノリだけ魔法が使えるんだよ!?」
「さぁ?なんででしょうね、ふっふっふっ」
「ちっ!気に入らないな!」
ドーラはぶつぶつ言いながらドアから出て行った。
入れ替わりに城の仕立屋が部屋に入ってきた。
「一ノ瀬様、御機嫌麗しゅう存じます」
「あぁ、ありがとう。でも俺は貴族じゃないから平易な言葉遣いで構わんよ」
「畏まりました」
仕立屋と言うから品の良いお爺さんを想像していたが、入ってきたのは若い女の子だった。
「城の仕立屋をしているレベッカ・ヘルクヴィストです、よろしくお願いします」
「一ノ瀬紀之だ。こちらこそよろしく頼む」
「では早速、採寸させていただきます。お立ち願えますか?」
「ああ」
レベッカは巻き尺を取り出し、俺の背中に回った。
少々小柄な身体だが、背伸びをして俺の肩幅や袖丈を測っている。
「なぁ、こちらでの正装ってどんな服なんだ?」
「シュミーズにショースが基本で、襟を付けたりバ・ド・ショースとオー・ド・ショースの形を変えたりしています」
「マジで!?」
世界史の教科書に載っていた中世ヨーロッパの人たちが着ていた服装だ。
この歳になって「リボ◯の騎士」のコスプレはキツいな。
「背広とワイシャツ、ネクタイって言うのは作ったことある?」
「背広、ですか?」
「スリーピースのスーツとか・・・うーん、モーニングコートとかは?」
「いえ、初めて伺いました。どのような形をしているのでしょうか?」
「そうだなぁ・・・」
俺は部屋の隅にある書斎コーナーに行き、紙とペンを持ってきた。
20年以上もスーツを着て仕事をしているのでデザインは覚えている。
「こんな感じだ。ついでにモーニングとタキシードも作ってくれ」
「なるほど、なるほど」
「カマーベルトと蝶タイは赤がいいな」
「はい、赤ですね」
「スラックスはツータックにして裾はシングルで・・・」
「畏まりました」
「生地は絹を使ってくれ」
「絹ですか?」
「あぁ、シルクだ。ワイシャツも白いシルクだ」
「・・・畏まりました」
ポリエステルやレーヨンができるまではシルク素材でワイシャツやスーツを作っていたはずだ。
「あの、シルクは高価な生地ですので・・・」
「30万ペソまでなら出すぞ?」
「一反が1万ペソですから、それだけあれば何とかなると思います」
「足りなかったら言ってくれ。王様かロール卿から借りるから」
「畏まりました」
この国の物価がよく判らない。
絹一反が兵士の月給の1/3もする。高いな。
「何時までにできる?」
「一週間ほど時間をいただけましたら、スーツ、モーニング、タキシード。それとワイシャツを3~4着作れると思います」
「悪いけど大急ぎで作ってくれ。ミシンはあるのか?」
「ミシン、ですか?」
「ソーイングマシーンのことだ」
「マシン?機械ですか?」
「そうだ」
「私どもは全てお針子が手縫いで仕立てております」
お針子さん何人いるのかは知らないが、手縫いで1週間ならスーツ一式を仕立てるには時間が足りないような気がする。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
「無理そうなら早めに言ってくれ」
「畏まりました」
下着や普段着も作りたかったが、まずはスーツが完成してから注文することにしよう。
「それでは、私はこれで失礼します。仮合わせの日時が決まりましたら連絡いたします」
「よろしく頼むな」
「では、失礼します」
レベッカは部屋を出ると、廊下を駆けていった。
一週間で作れはちょっと時間が足りなかったかな?
2016/02/22 誤字訂正




