E5 君の涙にくちづけを
「ジュリー、もう泣かないで」
「ううう、ノリユキさん・・・」
「俺を信じるんだ!」
「・・・はい」
誰かが戦争を終わらせなければ、『人』か『魔族』の何方かが滅びるまで続くだろう。
俺がやらねば誰がやるんだ!
新造人間か?
「そうそう。御師さんにお土産を持ってきたんです」
ドガッ!
ドーラに蹴飛ばされた。
いきなり何をするんだ!
ドーラは俺の耳を引っ張り、自分の口元に寄せた。
「あたしが魔法の鞄を持っているのは、此奴らには内緒なんだ」
「何で?」
「さっきも言ったろ?『大人の事情』だ」
「そしたら塩や肉は・・・」
「後でコッソリ、イサに渡す」
「・・・判ったよ」
何が「大人の事情」だ。俺だって十分大人なんだぞ!?
「あの・・・これを」
ジュリーは車の荷室に入れていたトランクを差し出した。
「これは?」
トランクを開けると黄金色の液体が入った瓶が2つあった。
「私の領地で集めた蜂蜜と、此方はお城の庭で集めた蜂蜜です。食べ比べてみてください」
「まぁ!ありがとうございます。とても嬉しいです」
「良かったね、御師さん」
「早速、香茶に入れてみましょう。皆さん、中へどうぞ」
俺が事情聴取を受けていた部屋に通され、ボンさんが香茶を淹れてくれたので早速、ジュリーが持ってきた蜂蜜が開けられた。
俺はひと匙だけ香茶に入れてみたが、あまり好きではない味だった。
「ノリさん。家にやって来ていきなり結婚宣言して、お相手の女性が突然泣き出して・・・何がどうしたのですか?」
「うーん、説明が難しいな」
「難しいことないだろ?ノリがジュリーを押し倒しちまって、責任を取って結婚すると言った。だけど婿には入らないと駄々(だだ)をこねてジュリーを泣かした。泣き止んでほしいもんだから『俺が戦争を終わらせる』と言い出した。簡単だろ?」
「事実と異なるところが多めだけど、概ねそんなところだな」
「ドロシー殿の説明だけ聴いていると、一ノ瀬殿はジュリエット殿にベタ惚れのようですね」
「いや、ベタ惚れではない。正確に言うとエリックじいさんに嵌められて、酔って眠ってしまった俺は、起きたらジュリーと同衾したことになっていた。仕方ないからジュリーを嫁にもらおうと思ったら、婿になって家を継いでくれなきゃ嫌だと我が儘を言われた。家を継ぐ兄貴か弟くんが戦争に行ってしまったからジュリーが婿を取らなきゃいけないんだったら、戦争を終わらせれば俺が婿にならないで済むと思った。だから俺が戦争を終わらせる」
「わぁーーーん!」
またジュリーが泣き出してしまった。
「今のはどう見てもノリが悪い」
「一ノ瀬殿はそういう目でレディ・マリアを見ていたのか!」
「仕方なく嫁にもらうって、酷い言い方ですよね!」
「ノリさん、ジュリエットさんに謝ってください!」
気がつけば、この場に男は俺ひとりだ。
女性5人を敵にしてしまったか!?
「ま。何にせよ、ノリが戦争を終わらせてくれるそうだから、お手並み拝見といこうじゃないか」
「そうそう。戦争が終わればセーラもコーメも嫁にいけるようになるから、万々歳だろ?」
「10年も続いている戦争が、そんなに簡単に終わる訳ない!」
金髪さんは俺を睨みつけ、歯軋りまでしている。
こりゃ欲求不満だな。
「ノリさんが族長を説得しに行くんですか?」
「族長?」
「あ、魔王です。魔族からは族長と呼ばれているんです」
「ふーん、それで魔王って言葉は通じるの?」
「そりゃ、ポンギー語は元々『魔族』が使っていた言葉だからな」
「へぇー」
「ひっく、ひっく、ノリユキさんは魔王に殺されてしまいます」
「えー、なんで?」
「魔王が話し合いに応じるとは思えません、ひっく、ひっく」
「大丈夫!会社に入ったばかりの頃は渉外担当だったんだ」
まあ、渉外担当は1年でクビになったけど。
「明日にでも魔王のところに行ってみるよ」
「ピクニックにでも行くかのようですね」
「いくら魔王でも、初対面の人間をいきなり斬りつけるようなことはしないだろ?」
「する」
「します」
「使節団がいきなり全滅したことがある」
「マジでー?」
魔王っていう奴は常識がないのか!?
問答無用の斬り捨て御免だなんて、昔の時代劇に出てきた悪代官そのものだ。
そんな奴は現代の仕置き人、ハングマ◯が許さないぞ!
「御師さん、俺が魔王のところに行くときは一緒に来てくださいね」
「わ、私がですか!?」
「御師さんは同じ魔族ですから魔王もいきなりは斬りつけないでしょうし、何と言っても俺の師匠だから後見人ってことで同席してください」
「はぁ・・・。判りました」
「私も行く」
「ドーラはいいよ」
「何でだよーっ!事実上の師匠はあたしでしょ!」
「ドーラは何となく魔王と喧嘩しちゃいそうだし・・・」
「うっ!確かに会えば必ず捨て台詞を吐いているな・・・」
「やっぱり!」
「ひっく、ひっく、私も行きます、ひっく」
「え、ジュリーも!?」
「ノリユキさんの、ひっく、妻として、ひっく、ひっく、一緒にいきます」
あら?ジュリーは思っていたより芯が強い。
俺が「婿に入らない」と言った時点で婚約を解消してもおかしくないのに「妻として魔王との会談に同席する」と言ってのけた!
魔王って初対面の人でもいきなり斬りつけるというのに、肝が据わっている。
「私たちも護衛として同行しよう」
「えー、いいよ。お前ら弱いから足手纏いになる」
「くっ!面と向かって言われると腹立つな!」
「私は幼い頃から剣の腕を磨いてきました。一ノ瀬殿が魔王に斬りつけられても、その一の太刀くらいは代わりに受けられると思います」
「そんなことしなくていいよー、俺は女を盾代わりに使うつもりはないから」
「で、ではジュリエット殿をお守りいたしますっ!」
「えー、どうしようかなぁ?」
「いーじゃねーか、一緒に行きたいって言うんだから連れて行ってやれば」
「まあ、話し合いに行くだけだから、いいか」
「そうだよ。会えば誰でも殺されるって訳じゃないし、何度も魔王に会っているあたしやイサがこうして生きているんだから」
ここにいる全員を連れて行っても、いざとなったら瞬間移動で逃げ出しちゃえばいい。
例え魔王と言っても、俺の転移先まで分からないだろうから追ってこないと思う。
「今から行きますか?」
「いや、まずは王様に相談してみるよ。勝手に行動したら叱られちゃうかもしれないし」
昨日も開拓地に勝手に水路を作ってドーラに損させたばかりだし、ここは慎重に行動しよう。
「ま、慌てて行くよりも、ある程度準備を整えてからの方がいいかもな」
「服も仕立てて正装で出向きたいしな」
「ばっきゃろー!あたしの言っている準備って、ノリが本当に元の世界への転移ができるようになるってことだよ!」
「う・・・明日から本気を出すよ」
「是非、ノリさんの本気を見てみたいですわ」
今夜にでも、こっそり次元転移能力の練習をしておくか。
「ノリユキさん、そろそろ・・・」
「あぁ、そうだね。御師さん、俺らはそろそろお城に戻ります」
「まだ着いたばかりじゃないですか」
「王様に『昼までには帰る』と言ってあるので、今から出ないと間に合わないんです」
「あら、そうでしたか」
「ジュリーとセーラ、そしてコーメは先に車に戻っていて」
「何かあるのか?」
「うん、ちょっとね」
部屋は俺とドーラとイサさん、そしてアンだけになった。
ドーラは耳から魔法の鞄を取り出し口を開けた。
「ほら、ノリ!引っ張り出せ」
「何も入っていないんだけど?」
「入れた物を思い浮かべながら手を突っ込むんだ」
「どっかの異次元ポケットみたいだなぁ」
「いいから早くやれよ。他の奴らに気づかれちまうだろ!」
「はいはい」
出発前に入れた俺のクーラーボックスを思い描きながら鞄に手を突っ込んだ。
するとクーラーボックスのベルトらしき手応えがあった。
「よっ!」
引っ張り出すと、確かに俺のクーラーボックスだった。
開けて見ると徳過瑟斯魔牛の肉も入っている。
「不思議な鞄だなぁ。どんな仕組みなんだ?」
「知らないよ!作った奴に聞いてくれ」
「俺の分も早く作って貰いたいな♪」
続けて塩の入った樽や胡椒の袋等も取り出した。
「御師さん、此が香草です。ハーブです」
「知っていますが?」
「え?前は判らないって・・・」
「あ!日本語の単語を知らなかっただけです。『香草』は香草だったんですね」
「そうです、王様から分けてもらってきたので、よかったら使ってください」
「ありがとうございます、助かります」
「それと、これ」
俺はイサさんから借りた「魔法の本」を返した。
「もう読んでしまったのですか?」
「ええ、内容も覚えました」
「ノリさんは優秀なんですね」
「はい、俺はこう見えて日本の最高学府を優秀な成績で・・・」
「おい!ノリ!用が済んだらとっとと帰るぞ!」
「判っているよ!でも、御師さんにひとつお願いがあるんだ」
これだけは頼んでおかないと!
「何でしょうか?」
「この『迷い山』に霧がかかる頻度はどれくらいですか?」
「うーん、1か月のときもありますし、1年間霧がかからないときもありました。因みにノリさんは半年ぶりに来た『迷い人』でした」
「半年前に来た『迷い人』はどうしているの?」
「若い女性がひとりでいらっしゃいましたが、既に他国へ行ってしまいました」
「名前は?」
「ジェニー・グレイと名乗っていましたが、偽名かも知れません」
「偽名って・・・俺は本名を名乗らずにいて、すみませんでしたね」
イサさんが信用できる人なのかどうか判らなかったから、ずっと「カルロス・ゴーシ」と俺が名乗っていたのを気にしているのかな?
「それで、お願いなのですが『迷い山』に霧が出たら俺に教えてもらいたいのですが」
「いいですよ」
「電話番号を教えておけば良いですか?それともメルアド?」
「電話番号?メルアド?」
「あ・・・」
此方の世界には携帯電話やスマートフォンなんてなかったんだっけ。
俺だって初めて携帯電話を買ったのは20年くらい前だ。
当時は電話加入権を買わないと電話が持てなかったし、バッテリーも1日持たなかった。
通話料だって1分間で100円以上もしていたから、俺以外で持っていたのは殆ど法人名義だったなぁ。
「この世界の通信手段って何ですか?」
「手紙とか、直接出向く等です」
「それじゃ時間がかかっちゃいますね。すぐに連絡する方法ってないのですか?」
「あるにはあるのですが・・・」
イサさんはドーラをチラチラみている。
「はぁー、しょうがねーな」
「へ?」
「ノリに初めて会ったときに頭の中に使い魔を仕込んだだろ?この家にいるスイップってばあさんにも使い魔を仕込んであるから、迷いの山に霧がかかったらあたしが教えてやるよ」
「使い魔ってそんな使い方ができるんだ」
「言っとくけどイサには使い魔なんて仕込んでないぞ」
「判っていますよ」
ドーラは使い魔を通信手段としても使っているようだ。
俺の頭の中にも仕込んだし、ドーラは一体何匹の使い魔を持っているんだ?
「そうだ!もしかして、アンにも使い魔を仕込んだだろ?」
「さぁ?」
「やめろよな!アンの頭の中を勝手に覗き込むのは!」
「へへへ。知らないよぉーだ」
「ちっ!」
アンの頭の中に使い魔がいたら俺が潰してやる!
「ノリは何で迷い山の霧が気になるんだ?」
「霧が出ているときに『迷い人』がやってくるんだろ? その霧に元の世界に戻る手掛かりがあるんじゃないかと思って、さ」
「はーん、本気を出せば帰れるんじゃなかったんだっけ?」
「手掛かりを集めるのも本気の内なんだ!」
「はいはい、そういうことにしておきましょうか」
「ちっ!」
この世界のことは、俺が迷い込んだ初日から頭の中でぼんやりとは判っている。
ぼんやりした考えを確証に変えなければ俺が帰ることも、魔族を元の世界に帰してやることもできないのだ。




