D5 わたしの悩み誰も知らない
「よし、クラリス!ノリ!次の現場に行くよ!」
「はい、せんせー」
「アマーンダ!半分残して、残り半分はフェイと次の現場へ向かわせろ!」
「 」
今日の作業は城壁の修理と、えーっと何だっけ?
ドーラの部屋での事前打ち合わせじゃ「こことここ」しか言われなかった。
「ほら、跳ぶよ!あたしの手をしっかりと握りな!」
着いた先は何もない荒野だった。
「ここの地面を引っ繰り返すよ!」
「引っ繰り返すって何だよ!?」
「ここを耕すんだ。田んぼにするのか、畑にするのか、それとも馬や牛を飼うのか、あたしは知らない。とにかく地面を引っ繰り返して耕しておけば後は王様が考えるだろ」
「クラリスは何にするか聞いている?」
「はい、このように区画を切っていただきたい、と申し使っております」
クラリスの開いた図面には農耕地と農道が線引きされていた。
「地面の中、身体ひとつ分の深さで掻き混ぜるように掘り起こすんだ。石や木の根っこなんかがあれば端に避けてまとめておけ!」
「はい、せんせー」
「こうやるんだ!はぁーっ!」
ドーラは宙に飛んで荒れ地を掘り起こし、途中で石や根っこ等があると1箇所に放り投げるように飛ばしている。
「器用なモンだな」
「見ていないでノリもやれ!」
「へいへい、せんせー。えっと、クラリス」
「はい、一ノ瀬様」
「図面をよく見せて」
「はい」
図面をみると農道と農耕地は区分けされているが、水路は書かれていない。
「ここは荒野だよね。そこを農耕地にしたいと?」
「はい」
「水はどうするの?」
「近くの川から運ぶのだと思います」
「クラリスは川の方角と高低差を図面に落とせる?」
「はい、何度もここに測量で来ましたから・・・」
「んじゃ、すぐに書いて!」
「畏まりました」
どうせやるなら、後世に名を残す仕事をしないと、ね。
俺は胸に挿していたタクティカルペンをクラリスに貸した。
「こらぁ!ノリ!怠けているんじゃない!働け!」
「俺は魔法の修行をしていて、働いている訳じゃないだろ?」
「どっちだっていいだろ!いいから働け!働け!」
ウチの親方は子分に厳しいな。
叱りながらも荒れ地がどんどん耕されている。まるで人間トラクターだ!
「ぼーっと見ているだけじゃ、ノリは飯抜きだどーっ!」
「ちょっと待っててよ!」
「一ノ瀬様、このような図面で分かりますか?」
クラリスは高低差と川の位置を図面に書き記してくれた。
「これなら、このルートでイケるんじゃないか?そしてこうすれば・・・」
「はっ!?」
俺はクラリスからタクティカルペンを返してもらい、図面に線を書いた。
「なるほど、良い考えですね」
「だろ?」
「ノリは今晩、飯抜きだからなー!ぎゃぁー!ぎゃぁー!」
ドーラはぎゃあぎゃあ騒ぎながら右に左に飛んでいる。
うるさい先生だ。
「クラリス、何か目印はないか?」
「今、フェナたちが到着したようなので杭を打たせましょうか?」
「いいね、頼むよ」
10頭ほどの馬がこちらに向かっているのが見える。ドーラの手下たちは馬で移動していたのか。
「杭を打っている間、俺もドーラを手伝っているよ」
「はい、一ノ瀬様」
俺も飛翔能力でドーラのもとに飛んだ。
「修行中なのに、何を怠けていやがったんだよ!」
「ちょっとクラリスと打ち合わせをしてたんだ」
「ったく、ちょっと目を離すとあたしの手下に色目を使いやがって!このエロオヤジ!」
「エロオヤジって・・・。俺はドーラよりもヤングなんだろ?」
「んじゃ、ヤングのパワーをみせておくれよ!」
「へいへい」
念動力でなるべく深くから地面を掘り起こした。
「ばっきゃろー!ノリは畑を耕したことがないのか!?」
「ないよ!俺、サラリーマンだもん」
「もっと土を掻き混ぜて空気を含ませるんだ!」
「へいへい」
ただ地面を引っ繰り返せば良いと思っていたが、なかなか難しいモンだ。
掘り返した土がふわふわになるよう、見えない巨人の手で掻き混ぜた。
「ばっきゃろー!石や根っこは弾けって言っただろ!」
「へいへい」
ドーラは結構、細かいところまで気にしているんだなぁ。
超感覚を使い、指先で触る感じで小さな異物まで見つけて、念動力で弾く。
「そうだ、その調子だ。あたしは右をやるから、ノリは左をやっつけて!」
「了解!」
飛翔能力しなから、念動力で荒れ地を起こし、超感覚で石や根っこを見つける。
同時に3つの能力をフル活用するのは初体験だ。
この歳になるまで超能力をこんなに大っぴらに使ったことがなかったが、やればできるモンだ。
まぁ、俺は小さい頃から「あなたはやればできる子」と両親に言われていたが。
「よし、あたしは休憩するからノリは作業を続けておくこと!」
「俺もお茶したい」
「あんたはクラリスとくっちゃべって怠けていたんだから、休憩なしで働きな!」
そう言うとドーラは瞬間転移魔法で何処かに跳んでいった。
「口煩い親方がいなくなったから、俺たちも休憩するか」
「いえ、私たちは結構です」
「みんなで黙っていれば判んねーから、大丈夫だよ」
「ドロシー様には隠し事はできませんから」
ドーラは千里眼で常に手下を見張っているのか!?
「俺はコーヒーをいれてくるわ」
瞬間移動でお城の庭に停めたキャンピングトレーラーの中に跳んだ。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、コーヒーを淹れる。
豆のストックもあと3、4回分というところか。
出来上がったコーヒーをポットに入れ、瞬間移動で開拓地に戻った。
「働く御婦人の姿っていうのは、美しいねぇ」
ポットのコーヒーを飲みながら、ドーラの手下たちが区画ごとに杭を打ったり、掘り出した根っこを魔術で焼いたりと、一生懸命働く姿を見ていた。
「ノリ、なぁに怠けてんだよ!」
「あ!」
いつの間にか後ろにドーラがいた。
「いやー、俺はこんなに魔法を使ったことがないから、疲れちゃって」
「まだ魔力も尽きていないのに、疲れる訳ないだろう!」
「あ、分かるんだ?」
「いいから働け!働け!働いた奴だけが飯を食う資格があるんだ!」
ドーラは俺の耳を捻り上げた。
これじゃ異母姉に叱られる弟じゃないか!
「いてててて、判った、判った、働くっ!働きますっ!」
「言葉だけじゃなく、行動で示せ!」
「はい、はい」
ただ、ただ、荒野を開拓する修行なんて、俺は「真っ白に燃え尽きた」あの人が、若い頃に「嫌なところ」に入っていたときにしていた以外、知らないぞ!
「一ノ瀬様ーっ!杭を打ち終わりましたーっ!」
クラリスが俺の頼んでいた準備作業が終わったことを教えてくれた。
いっちょ、派手にやるか!
「了解!お前ら危ないから下がってろーっ!」
「ノリーっ!なにをする気なんだーっ?」
「爆炎魔法」
ドッカーン!ドッカーン!ドッカーン!ドッカーン!
(俺は◯爆ロボ、俺は◯ロイザーX、俺は◯ロイザーX・・・)
杭を目印に爆撃のイメージをぶつけ、地面を深くから爆発させた。
ドッカーン!ドッカーン!ドッカーン!ドッカーン!
「何してんだい!爆発じゃなくて耕せよ!」
ドーラが慌てた様子で飛んできた。
「ほら、見てみなよ」
「あ!」
図面で指示された区画に沿って、川から引いた水が流れ出した。
「こうしておけば、いちいち水を運ばなくてもいいだろ?」
「お前、水路を作っていたのか」
「耕地の外周は深く掘ってあるから中で作業しているときに、周りに魔物が出たってすぐには襲われないよ」
「ノリ・・・」
お?ドーラが俺の仕事ぶりに感動して震えている!
「ばっきゃろー!そういうことをする前に、あたしに話をしとけーっ!」
「怒っているの?」
「怒っているよ!王様からの依頼は荒野を耕して、道を作るまでだ!」
「でもここが農耕地になるんだったら水路も必要でしょ?」
「水路は依頼があってから作るんだ!勝手に作ったら商売にならねーじゃないかっ!」
「あ・・・」
良かれと思ってやったけど、ドーラにとっては「余計なこと」をしてしまったみたいだ。
「クラリスも『良い考え』って言ってくれたし」
「ばっきゃろー!クラリスはこの国の人間だ!『無料で水路を作ろうか?』って言われたら賛成するに決まっているだろ!」
「そりゃ・・・そうだな」
「くっそー!ノリのせいで儲け損ねちまった!」
「俺は魔法の修行のつもりで爆炎魔法を・・・」
「ばっきゃろー!修行より金だ!いいから働け!稼げ!」
おいおい、魔法の修行よりドーラの商売が優先なのかい!
「金に汚い」とか「がめつい」はきっとドーラがふだんから言われている言葉なんだ。
「もうやっちゃったんだから、しょうがないじゃん」
「・・・ノリは今日も明日も晩飯抜きだ」
「なんだ?それ!?」
「いいから、ノリはフェナたちが焼いた根っこの灰を散蒔いて、捏ねくり回せ!」
「へいへい」
ドーラに指示されたとおりのことだけ、一生懸命に働けば「晩ご飯にありつける」・・・ってことか。
お前はみ◯らちゃんか!と突っ込みたかったがやめておいた。
「魔法の修行って言ったって城壁の修理に、荒れ地の開拓・・・。俺が思っていたのとだいぶ違う・・・」
「ぶつぶつ言っていないで、ちゃっちゃとやれぃ!」
ドーラは仕事だけは真面目で丁寧だ。
ぎゃあぎゃあ騒いでいながらも、昼までに荒野が開拓された。
人が耕していたらどれだけの時間がかかっていたんだろう?
「これだけ働いて、ギャラはどれだけ貰えるの?」
「城壁でひとつ、開拓でふたつ、午前中だけでみっつだ」
「ということは金30ポンドか。兵士の年収30人分?」
「そんなところだ」
「ちなみに水路を別に作ると幾らくらいだったの?」
「・・・ふたつ、だ」
「ふたつぅーっ!?」
驚いた。午前中だけで1億円分以上、稼いでいたのか!
俺が水路を作ったために数千万円分も「損」したんだから、そりゃドーラも怒るわけだ。
30人の兵士を1年間働かせても、これだけの仕事ができるかどうか分からないから費用対効果を考えたらドーラに依頼した方がいい。
ドーラがあっちこっちの国で引っ張り凧なのも頷ける。
「よし、昼休憩だ。午後からあたしはお医者様になるから、お前らはアマンダの指示に従って仕上げとけ!」
「はい、ドロシー様」
意外にも「ドーラ組」には昼休みがある。
こちらには昼食を食べる習慣がないと聞いているので、陽が落ちるまでぶっ続けで働くのかと思っていた。
「みんなは昼食を食べるの?」
「食べたい奴は食べる。まぁ、食べないって奴はいないけどな」
ドーラの手下たちは馬から背嚢を降ろして昼食の支度をしている。
パンと干し肉と・・・あれは水だな。
「あんまり良いモン食ってないね」
「ふつーだよ、ふつー。庶民が食っているのはあんなもんさ」
「あんな粗末な食事で午後からの仕事は大丈夫なの?」
「食事休憩というよりも魔力回復休憩だからな」
「魔力回復?」
「ノリはそんなに感じないのかもしれないが、あいつらは午前中の作業だけで魔力がカツカツなんだ」
「ふーん」
「飯食って昼寝でもしていれば、午後からの作業分くらいは魔力が貯まるんだ」
「それって、大地から出ているって言う魔力を吸収するの?」
「・・・お前、そんなこと何で知ってんだ? まぁ、いい。魔術師たちは道具を使って大地から染み出している魔力を吸収するんだ」
イサさんも道具を使って魔力を魔石に集めるって言っていた。
「1時間も休憩すれば魔石に魔力が貯まる。それを使って午後からの作業をするんだ」
「へぇー、へぇー、へぇー」
3へぇーまでいったよ!
「ドーラもそうして魔力を補充しているの?」
「あたしはそんな道具なんてなくったって・・・、おっと、昼飯♪、昼飯♪」
ドーラはまた瞬間転移魔法で何処かに跳んでいった。
休憩のたびに何処かへ跳んでいく。
どうせお城に戻って部屋で休んでいるんだろう。




