D6 空はこんなに青い
ドーラはこっちの世界の人にしては珍しく、昼食を食べるようだ。
昨日、俺のキャンピングトレーラーで即席サンドイッチを食べたのはいつもの習慣だったからなのかな?
「俺も休憩するよ、後はよろしく!」
俺は瞬間移動でお城の自室に跳んだ。
「プラーム!プラーム!」
「は、はい?一ノ瀬様?」
何で疑問形の返事なんだ?
「どうかしたのか?」
「い、いえ。どうやってこの部屋に入ってこられたのですか?」
「瞬間移動・・・うおっほん、瞬間転移魔法で、だ」
「そんなはずは・・・」
「何だ?はっきり言ってみろ」
「はい。今朝の騒ぎでこの部屋の絨毯を変えました」
「絨毯?」
「魔方陣が織り込まれていて、この絨毯の上では魔法が使えないはずなのですが・・・」
「ほほーう」
床を見ると何の変哲もない絨毯が敷かれていた。
柄も模様も見えないが魔方陣が織り込まれているのか。
「城内でも王様の寝室等の大事な部屋にはこの絨毯が敷かれています」
「なるほど、プラムの考えとはこのことか」
「はい」
こんな便利なものがあるなら、早く言ってよー!
王様はこれがあるからドーラに「城内を瞬間転移魔法で移動してもいい」って言っているんだ。
「一ノ瀬様の寝室やバスルームにも敷かせていただきました。それと私の部屋にも・・・」
「この絨毯を敷いていれば魔法で出入りができなくなると?」
「瞬間転移魔法だけでなく、この部屋ではすべての魔法が使えないはずなのですが・・・」
「そこに俺が転移してきた、と」
「はい。この絨毯は不良品だったようですので、すぐに取り替えます」
「いやいや、たぶん此で大丈夫だ」
俺が使っているのは超能力で、魔法ではない。
ドーラは「魔力がある」と言っていたが、魔力で超能力を発動させているつもりはない!
「ところで俺の昼食は?」
「ただいま御用意いたします」
プラムが運んできたサンドイッチは思っていた以上に豪勢な「クラブサンド」だった。
トーストしたパンにチーズ、ハム、ローストビーフ、レタス、トマト、マヨネーズをはさんだもので、味も量も満足できた。
「ん?もしかしてこのローストビーフは?」
「はい、徳過瑟斯魔牛のもも肉を焼いて作りました」
「香りが・・・香草、いやハーブを使っている?」
「はい。城の庭にはハーブ園もございますので、そこで育てたロースマリーや香味野菜を使って焼きました」
「うむ、大変美味であーる!」
「ありがとうございます」
プラムは気が利くし、料理も上手。おまけに俺の言うことに「いいえ」、「できません」とは一切言わない。
王様は良い人を俺の世話係につけてくれた。
「お飲み物は如何なさいますか?」
「これを飲むから、いい」
ここのコーヒーは俺の口には合わないので朝に作った、ポットのコーヒーを飲んだ。
「それは何ですか?」
「これはコーヒーだよ、プラムも飲んでみるかい?」
「よろしいのでしょうか?」
「あぁ、構わん」
プラムが持ってきたティーカップにポットのコーヒーを注いだ。
「苦みや渋みが少なく、香りが良いですね」
「だろ? 俺はふだんからこういうコーヒーを飲んでいるから、昨日のコーヒーの味に驚いたんだ」
「このコーヒーは何方に?」
「庭に停めてあるキャンピングトレーラーにコーヒーメーカーがあって、そこで淹れたんだ」
「コーヒーメーカー?」
「コーヒー豆と水を入れるとコーヒーができる機械さ」
「では一ノ瀬様はコーヒー豆をお持ちなのでしょうか?」
「あと3、4回分は持っているよ」
「私に預けてくだされば、一ノ瀬様にコーヒーを淹れる際、使わせていただきますが」
「あ、そう? じゃ、後で持ってくるよ」
「はい」
そういえば部屋にアンが見当たらない。
「アンは?」
「アン様は庭にいらっしゃいます」
「ひとりで行ったの!?」
「いえ。退屈されていたようでしたので庭にお連れしたところ、庭師のロール様を御存じの様子でしたので、そのまま庭に残られました」
「ロール様?」
「ジュリエット・ライラ・ロール様です」
「あ、そう。ジュリーが面倒を見てくれているのかな?」
「はい」
「じゃ様子をみてくるわ、ご馳走さま」
「お粗末でした」
瞬間移動で庭に行こうとしたが、大事なことをプラムに言っておかねば!
「そうそう、俺が自由に瞬間転移魔法で移動していることはみんなには内緒にしてくれ。特にドーラには絶対、言うなよ」
「畏まりました」
「アンの様子を見た後、そのまま仕事に戻るから。では!」
改めて瞬間移動でお城の庭に跳んだ。
「アン!アーン!」
今朝、ジュリーと待ち合わせした場所に着いたが、アンの姿は見えない。
この庭は広い。
アンと散歩した範囲ではプラムの言っていたハーブ園の場所も分からなかった。
「しょーがねーな」
擬似分体を発動させてアンを探した。
こいつは千里眼と超感覚に念動力を合わせた、目に見えない俺の分身だ。
超感覚でアンの匂いを探した。
「見つけた!」
プラムの言ったとおり、ジュリーと一緒だ。
俺は瞬間移動でアンの元に跳んだ。
「わ!びっくりした!」
「すまん、すまん。驚かせちゃったね」
突然、こんな大男のおっさんが目の前に現れたら誰でも驚く。
「どうしたの?突然・・・」
「今、昼休みなんだ。プラムにアンの居場所を聞いたらここだって言われて」
「そうだったんだ。急に一ノ瀬様が現れたから私、びっくりしちゃって・・・」
「そりゃ、すまなかったな。あんまり庭が広いんで瞬間転移魔法で跳んできたんだ」
アンはジュリーとずっと一緒にいたようだ。
「アンはジュリーの仕事の邪魔をしてたんじゃないのか?」
「ううん、いろいろお手伝いしてくれていたんです。ねー、アンちゃん」
「わぉーん!」(そーだよー!)
「いい子にしていたか?」
「アンちゃんはいつもいい子だよねー!」
「わぉーん!」(そーだよー!)
やはりアンは可愛い。途轍もなく可愛い。
「17時まで仕事なんだ」
「仕事?」
「あ、魔法の修行だ」
そうだ。俺は魔法の修行中だったんだ。プラムには「仕事に戻る」って、言っちゃった。
「ふふふ、アンちゃんのお父さんは大変だねー」
「あーん!」(あんまり遊んでくれないの)
「プラムにアンの面倒を見るように頼んでおいたんだけど・・・」
「あぁ、アンちゃんが退屈そうだったから私が預かっていたんです」
「俺の修行が終わる時間まで、アンの相手をお願いしてもいいですか?」
「もちろん!親方もいいよって言ってくれましたし」
「では、すみませんがアンをよろしくお願いします」
「はい、お任せください!」
「アンもジュリーのいうことをよく聞いて、いい子にしているんだぞ」
「ああーん!」(アンはいつもいい子だよ!)
ここは自動車も通らないし、変な人もいないだろうし、リードなしじゃダメだという法律も条例もないだろうから、部屋にひとりでいるより庭でのびのびしている方がアンもいいだろう。
「俺は魔法の修行に戻るから」
「はい、いってらっしゃい」
「くぅーん」(早く帰ってきてね)
俺は瞬間移動で開拓地に戻った。
「あれ?ドーラは?」
「ドロシー様は午後から怪我人や病人の治療をしています」
「あ、そうか」
そう言えばそうだった。
「んじゃ、お前ら。キリキリ働け!」
ドーラがいないんだから真面目に働くこともない。
俺は草原に寝転がり、ここで御婦人たちの働く姿をドーラに変わって監督してやることにした。
「あのー。一ノ瀬様は城に戻ってドロシー様のお部屋へ来るように、と伝言を預かっているのですが・・・」
「え? マジで?」
今、お城からここに戻ってきたばかりなのに。
休憩に入る前に言っといてよー!
「判った、俺、戻るわ。はぁ・・・」
「一ノ瀬様」
「なに?」
「溜め息をつくと幸せが逃げちゃいますよ?」
「ははは、そうだな。気をつけるよ」
ドーラの手下に心配されてしまった。
「じゃあな」
俺はまた瞬間移動でお城のレイクウッドの間前に跳んだ。
あれだけ「勝手に部屋に入るな!」と言った手前、直接ドーラの部屋に着地する訳にはいかないから、ここから飛翔能力で飛んで、お城の3階にある部屋の窓を順番に覗き込んで探さないと。
「うおーい、ここだ!ここ!」
ドーラが窓から手を振っている。
先に俺を見つけてくれてよかった。3階にどんな部屋があるか知らないが、空飛ぶ人が部屋を覗いていたら中にいる人は気味が悪いだろうからな。
「おう!ここから入んなよ」
ドーラは窓を大きく開けてくれたが、身長190cm、体重120kgの俺の身体ではちょっと狭い。
「ここから入るのはちょっとキツイな」
「身体を寝かせたまま突っ込むんだよ!」
「なるほど」
全身青いタイツで機関車よりも強い超人が空を飛ぶときの格好でドーラの部屋に突っ込んでいったが、着地しようと上体を起こしたら天井に頭をぶつけ床に落下してしまった。
「何やってんだよ!」
「俺、あんまり飛んだことがないから着地が苦手なんだよ」
「そんじゃ、飛行魔法も修行しなくちゃな」
プラムに頼んでマントを用意してもらおうか。
実際に飛んでみると上空の空気は地上より冷たいし、風を受けると身体が冷える。
あの超人がマントを羽織っているのには訳があったのだ。
「午後からは怪我人や病人の治療をする。ノリは回復魔法が使えるか?」
「たぶん、使える」
俺の超回復は、今まで自分かアンにしか使ったことがない。
他人に使うのは今日が初めてだ。
「よし、患者を入れるぞ。フォリー!」
「はい、ドロシー様」
白衣を着た女の子がドーラの部屋のドアを開けた。
「あの子もドーラの手下?」
「あぁ、フォリーは兵士でもないのに血を見ても気丈でいられて、頭もいい。手を出すんじゃないよ!」
「へいへい」
ドーラが珍しく「手を出すな」と言った。
この手下は気に入っているんだ。
「けほ、けほ、よろしくお願いします。げぶっ」
やたら咳き込んでいるおばあさんが入ってきた。
「ほー、こりゃ労咳だな」
「労咳!?」
おいおい、労咳っていうことは結核じゃねーか!
俺たちは微粒子用マスクもしていないし、この部屋は負圧もしていない。
第一、そんな患者を国の最重要施設であるお城に入れちゃダメだろう!
「ドーラ!マズイぞ!」
「何が?」
「労咳は空気感染する!知らないのか!?」
「それが?」
「それが・・・って、病気が感染るってことだよ!」
「そうだな」
「城の中のあっちこっちに結核菌が散蒔かれちまっている!急いで城の中、全てを消毒しないと!」
「ノリ、落ち着け。患者の前だぞ」
「でも!」
俺のいた日本では感染防止のために専用の病棟に入院させるくらい、結核患者は慎重に扱っている。
ドーラは「回復魔法が使える魔法使い」というだけであって、きっと医療知識に乏しいんだ。
「ノリの言うとおり、労咳は細菌が原因だ。それは解っている」
「解っているんだったら・・・」
「だから魔法でその菌を燃やす」
「燃やすぅ!?」
「見てろ、はあーっ!」
ドーラが両手を上げて魔法を放った。
おばあさんの口や鼻から煙が吹き出し、部屋の中でもバチバチと小さな火花が弾けた。
「な、なに?なに?」
「城とその周辺にいた菌を魔法で焼いたんだよ」
「焼いた!?」
「ほれ、ノリはバアちゃんの体力を回復してやれ」
「あ、ああ」
俺はおばあさんの手を握り、超回復を施した。
「菌って燃やせるの?」
「そう頭の中で思い描いて魔法をぶっ放すんだ。本当に燃える訳じゃないから熱くもないし、火事にもならないよ」
「へ、へぇー・・・」
結核の原因が細菌だということをドーラが知っていたことに正直、驚いた。
ドーラの千里眼は顕微鏡レベルの細菌も見えるのか!?




