エピローグ
『――へぇえ……きみの人生、本当に波乱に満ちてるねぇ。急にいなくなっちゃうんだもの、心配したんだよ?』
「おーぅ、悪いな……。今度、お前のところにいるだろうセントラルの職員を洗っててくれよ、絞めに行くから」
『ちょっと、止めてあげてほしいかな?』
ファルケ研究所に非常勤として戻ってきてから、二か月が経ち。引っ越しやら、七年のブランクを埋めるための研修やらがようやく落ち着いてきたころに、フェネアンはグランに連絡を入れていた。研究所に居るのに表情は晴れていて、なのにどこか疲れている。
『どうしたの、フェネアン、やっぱり研究所は嫌い? ごめんね、ボクがもっと気を付けていれば』
「あー……いや、そのなぁ……。ちょっとオレ負けそう……」
『え……きみが負けそうなんて、なにごと』
「なお、負けた場合、オレの名前が変わります」
『……うん?』
「さぁ喜べ。オレのガキが見れるぞ。マジ所長からの求婚が半端じゃない。そんで所長の両親からの押し押しも冗談じゃなくやばい。アポートルの名前捨ててうちの子になっちゃえと。トレも押してくる。セントラルに行っちまってるシャルもグイグイ背中を押してくる始末だ、助けてグランちょっとこれは折れそう」
五秒ほど間が空き、グランの姿が画面から完全に消えた。大声でげらげらと笑っている音声はしっかりと流れてきており、床で笑い転げているのだろうグランをフェネアンは項垂れる。
「お前……仮眠取ってる最中襲われかけた身にもなってくれよ!」
『アッハハハハハハ! きみが、きみが襲われかけるって……!』
ヒィヒィと苦しそうな息遣いが聞こえ、フルフルと体を震わせた。懐かしのトレードマークである前髪が合わせて揺れる。
なお、その際ジェナには正座で一時間近くの説教をした。まさか非常勤の自分が、所長に説教する立場になろうとは思ってもいなかったと苦笑する。
『いやあ、良いじゃない。ねぇ、フェネアン。きみは勝つ気があるのかい?』
グッと言葉に詰まったフェネアンに、ようやく机に這い上がって来られたグランは再び笑った。
『フフッ、式を挙げるときには、呼んでよ?』
「冗談じゃねぇや……」
と、フェネアンが背後を振り返った。口元に浮かぶ柔らかい笑みに、自分で気づいているのだろうか。
「おてんば娘が帰ってきたみたいだな。そろそろ切るぜ」
『フェネアン、きみは今でも、研究所が嫌い?』
最初に言われた時と、少しばかり言葉が変わっていた。フェネアンは苦い笑みを零し、頭を掻くと、今度はどこか照れくさそうに笑う。
「……わかんねぇや」
『その答えで、充分だよ』
そう言って、グランとの通信は終わった。ドアの外からパタパタと聞こえてくる二つの足音に、フェネアンは白衣のポケットに両手を突っ込みながら部屋の主の到着を待つ。
「ただいま、フェネアンさん!」
「フェネアンさんただいまぁー! もう大変だったよー、オイレの所長さんが企画書をこっちに回して来るんだもんー! 手伝ってー!」
「へいへい、おかえりなさい。とりあえず研究部に回してやれよ、そのあと確認してやるから」
「ありがとうフェネアンさん! 大好き!」
ドアを開けるとほぼ同時に、二人が抱きついてきた。最近の恒例行事なので対して驚きもせず、しっかりと受け止めてやる。さりげなく言われた告白は聞き流すことにした。
「じゃあさっそく、やっていくよー! フェネアンさんご指導よろしくおねがいしまぁす!」
「へいへい」
こうして今日も、研究所の仕事が始まっていく。




