第6話:裏工作が裏目に! 惹きつけられる脳筋と魔法変人
魔法学園に入学して数日が経過した。
私の平穏なモブ・スローライフ計画は、初日から想定外の特大エラーを吐き出していた。
本来、私を断罪するための最強の敵対勢力となるはずのヒロイン・マリアが、あろうことか私に狂信的なまでの憧れ(という名の百合的な何か)を抱いてしまったのだ。
「エルナ様! 本日の昼食は、私が購買部で一番人気の幻のメロンパンを確保してまいります! ですから、どうか私の頭を撫でて……いえ、顎で使ってくださいませ!」
「……マリア。私は学食の普通のパンでいいから。あと、公爵令嬢たる私が平民のあなたを顎で使うなんて、そんな面倒なこと……じゃなくて、見苦しい真似はしないわ。自分のことは自分でしなさい」
「あああっ……! 平民の私を対等な『個』として扱ってくださるのですね! なんという慈愛! 一生ついていきます!!」
私が何を言っても、マリアの脳内変換フィルターを通すと「気高く慈悲深いお姉様からのありがたいお言葉」になってしまうらしい。
学園の廊下を歩けば、マリアが忠犬のように私の斜め後ろをぴったりとついてくる。これでは、攻略対象の男たちがマリアに近づく隙がない。
「このままじゃダメだわ。マリアをあの男たちにくっつけないと、私がヒロインポジション(=破滅への最前線)に押し上げられちゃう……!」
私は焦っていた。
表立って行動すれば、また変な勘違いを生む。ならば、徹底的に『裏工作』を行うしかない。
私が直接手を下すのではなく、マリアと攻略対象たちが接触する『イベント』を陰からプロデュースし、偶然の出会いを演出するのだ。
「よし、まずは手始めに……脳筋騎士のバルドね」
バルド・フォン・レグルス。
騎士団長の息子であり、熱血漢で剣の腕は学園トップクラス。彼とマリアの出会いのイベントは、今日の放課後、学園の裏庭で発生する。
◆ ◆ ◆
放課後の裏庭。私は、青々と茂る植え込みの茂みの中に身を潜め、息を潜めていた。
ゲームのシナリオ通りなら、ここを偶然通りかかったマリアの前に、学園の結界のほころびから迷い込んだ下級魔物『フォレスト・ウルフ』が出現する。
そして、恐怖で腰を抜かしたマリアを、通りすがりのバルドが剣で一刀両断して助け出す。「怪我はないか?」と手を差し伸べるバルドに、マリアがトゥンク……とときめく、王道の吊り橋効果イベントだ。
「来た来た。マリアが裏庭を歩いてるわ……そして、結界のほころびから魔物が……よし!」
ガサガサッ! と音を立てて、茂みの奥から一頭の巨大な狼型の魔物が飛び出してきた。
鋭い牙から涎を垂らし、目を血走らせている。
私は茂みの中から、心の中でガッツポーズをした。さあ、マリア! 悲鳴を上げて! そしてバルド、さっさと助けに来なさい!
しかし。
魔物はマリアの方を向かず、なぜかピタリと足を止め、私が隠れている茂みの方をギロリと睨みつけた。
(……え? ちょっと、なんで私の方見てるの?)
嫌な予感がした。
魔物は、鼻をヒクヒクと動かしている。
あ、もしかして……七年前に裏山で塗った『忌避草』の匂い? いや、いくらなんでも七年前の匂いが残ってるわけない。だとしたら、昨日食べたニンニクたっぷりのステーキの匂い!?
理由はどうあれ、完全に魔物のヘイト(敵視)が私に向いている。
「グルルルルルァッ!!」
魔物が咆哮を上げ、マリアを完全スルーして、私が隠れている茂みに一直線に突っ込んできた。
「ひゃあっ!? ちょっと待って、シナリオと違うじゃない!!」
私は慌てて茂みから転がり出た。
目の前に迫る巨大な牙。
ここでバルドが助けに来てくれればいいのだが、周囲を見回しても、バルドの姿はまだ遠くの廊下の向こうにある。間に合わない!
死ぬ! 物理的に死ぬ!
「ええい、めんどくさいっ!!」
私は咄嗟に、足元に落ちていた手頃な木の枝(太さ5センチほど)を拾い上げた。
現代日本の知識などないが、私には何百回とやり込んだゲームの『仕様』が頭に入っている。
フォレスト・ウルフの攻撃モーションは、飛びかかってくる瞬間に左側面が完全にガラ空きになる。さらに、こいつのステータス上の弱点は『左足首の関節』。そこに一定以上の衝撃を与えると、姿勢制御ができずに勝手に転倒するシステム(いわゆるハメ技の起点)なのだ。
「そこよっ!」
私はドレスの裾を翻し、魔物の飛びかかりを最小限の動き(数ドットの回避)で躱すと同時に、手にした木の枝を、魔物の左足首の関節にピンポイントで叩き込んだ。
パァンッ!!
「キャンッ!?」
見事に弱点を突かれた魔物は、空中でバランスを崩し、そのまま自らの勢いで地面に激突。頭から木の幹に突っ込んで、白目を剥いて気絶した。
「ふぅ……あぶなっ。なんとか1フレーム回避からの弱点カウンターが決まったわね。RTAで死ぬほど練習した甲見があったわ……」
私は木の枝を放り捨て、ドレスの砂埃を払った。
その時だった。
「……なんという、無駄のない神速の足捌き……!!」
背後から、震えるような低い声が聞こえた。
振り返ると、そこには目を限界まで見開き、全身を小刻みに震わせている赤髪の青年――騎士団長の息子、バルドが立っていた。
手には抜剣したままの剣が握られている。どうやら、助けに入ろうとしたところで、私のワンパンKOを見てしまったらしい。
「あ、えっと、これはですね……」
私が言い訳をしようとした瞬間、バルドは剣を鞘に納め、あろうことか私の目の前で、地面に額を擦り付ける勢いで土下座をした。
「お見それいたしました!! 魔物の死角を完全に見切り、あまつさえその辺に落ちていた枯れ枝一本で、巨狼の急所を的確に粉砕する一撃……! 我が騎士団の鍛錬など、児戯に等しいと痛感いたしました!」
「いや、ちがっ、ただ関節叩いただけ……」
「公爵令嬢という身分に胡座をかかず、そこまでの武の境地に達しておられるとは! エルナ嬢……いや、エルナ師匠!! どうか俺を、あなたの弟子にしてください!!」
「はあああああ!?」
バルドの熱血すぎる叫び声が、裏庭に響き渡った。
少し離れた場所では、マリアが「さすがエルナ様……魔物すらも枝一本で退けるなんて、尊い……!」と両手を組んでお祈りを始めている。
(ちがう! 私はただ死にたくなくて反射的にハメ技を使っただけで!! マリア、あんたが助けられるイベントでしょうがぁぁぁっ!)
私の悲痛な心の叫びは届かず、バルドの好感度(と尊敬)の矢印は、完全に私へと固定されてしまった。
◆ ◆ ◆
「……一回落ち着こう。深呼吸よ、私」
バルドの土下座からなんとか逃げ出した私は、図書室へ向かう廊下を歩きながら、ズキズキと痛む胃をさすっていた。
まだだ。まだ諦めるには早い。
バルドがダメなら、次のターゲットだ。
「魔術師団長の息子、ユリウス・フォン・クロイツ」
ユリウス。銀縁眼鏡の奥に理知的な光を宿す、魔法研究狂いの変人。
彼とマリアの出会いは、この図書室前の廊下だ。
両手いっぱいに大事な研究資料を抱えたユリウスが、他の生徒とぶつかって資料をぶちまけてしまう。それを、通りかかったマリアが一生懸命に拾い集め、「ありがとうございます、君は優しいね」とユリウスが微笑む。これもまた、ベタな乙女ゲーの定番イベントである。
「今度こそ、絶対に邪魔はしない。私は完全な裏方に徹するわ」
私は廊下の角の陰に隠れ、様子を窺った。
やって来た。ユリウスが、山のような羊皮紙の束を抱えて歩いてくる。
そして向こうからは、マリアが歩いてくるのが見えた。
ドンッ!
予定通り、ユリウスが角を曲がってきたモブ生徒とぶつかり、大量の資料が廊下にバサバサと散らばった。
ユリウスが「ああっ、僕の数式の証明が!」と慌てて拾い始める。
さあ、マリア! 急いで拾ってあげるのよ!
しかし。
マリアは少し離れた場所で立ち止まり、「あら、大変そう……」とオロオロしているだけで、なかなか手伝いに行こうとしない。平民である彼女にとって、高位貴族のユリウスに気安く声をかけるのはハードルが高いらしい。
「もーっ! マリア、早く行きなさいよ! フラグが折れちゃうじゃない!」
私はイライラして爪を噛んだ。
このままでは、ユリウスが一人で拾い終えてしまい、イベントが消滅してしまう。
仕方ない。少しだけ、少しだけ私がアシストして、資料をマリアの足元に飛ばしてやろう。そうすれば、彼女も拾わざるを得ないはずだ。
私は物陰から指先を向け、風魔法の呪文を構築し始めた。
だが、ただの風魔法では魔力の残滓で私がやったとバレてしまうかもしれない。目立たず、一瞬で、最も効率よく風を起こす必要がある。
「……あ、そうだ。ゲーム終盤で手に入る、あの裏技魔法を使えばいいのよ」
私はゲーマーとしての記憶を引き出した。
ルミナス・ハーツには、隠しダンジョンをクリアした者だけが手に入れられる『古代魔法の術式』が存在する。
通常の魔法は「魔力を練る→呪文を詠唱する→発動」という3ステップを踏むが、古代魔法は特定の魔力配列を組むだけで、詠唱を全カットし、消費MPをほぼゼロにして発動できるという、バランス崩壊のぶっ壊れ性能なのだ。
「ええと、魔力配列のショートカットキー(脳内イメージ)は……これと、これを繋いで、発動!」
シュバッ!
私の指先から、目に見えない無音の風の塊が撃ち出された。
それは完璧な軌道を描き、廊下に散らばったユリウスの資料の下に滑り込むと、ふわりと資料だけを巻き上げ、見事にマリアの足元へと運んでいった。
「きゃっ!?」
「おや……?」
マリアの足元に、綺麗に整頓された状態で降り立つ資料。
よし、完璧なアシスト! さあマリア、それを拾ってユリウスに渡すのよ!
私は自分の完璧な裏工作に満足し、その場を立ち去ろうとした。
しかし、ユリウスの反応は、私の予想を遥かに超えるものだった。
彼は、足元に資料を運ばれたマリアのことなど一切見ず、狂ったように目を見開き、宙を這う『魔力の残滓』を凝視していた。
「……あり得ない。なんだ、今の風は……!? 詠唱の破棄? いや、それどころか魔力の励起プロセスすら省略されている。それなのに、対象物だけを傷つけずに運ぶ完璧な指向性と演算能力……! 消費魔力は極小にして効果は絶大……これは、現代の魔法学の常識を覆す『真理の術式』だ!!」
早口で捲し立てるユリウスの眼鏡が、怪しくキラーンと光った。
やばい。この変人、魔法オタクすぎて、マリアとの恋愛イベントより私の放った『古代魔法のシステム的異常性』に食いつきやがった!
「この魔力の流れ……発生源は、あそこか!!」
ユリウスがバッと振り返り、私が隠れている角の陰を指差した。
逃げる暇もなかった。私はあっさりと見つかり、ユリウスに両肩をガシッと掴まれてしまった。
「き、君は……ローゼンバーグ公爵家のエルナ嬢! そうか、君だったのか! あの美しく、一切の無駄を削ぎ落とした神の如き術式を構築したのは!!」
「え、あ、いや、私はただ、風が吹いたから……」
「誤魔化さなくていい! 僕の目は誤魔化せないよ! エルナ嬢……君は天才だ。いや、魔法そのものだ!!」
ユリウスは息を荒くし、顔を数センチの距離まで近づけてきた。
「頼む! 君のその頭脳の中身を、僕に解剖……いや、研究させてくれ! 君の思考回路を、魔力配列の全てを解き明かしたい! これから一生、僕の地下研究室で一緒に暮らそう!!」
「絶対ヤダ!! ストーカー宣言しないで!!」
私は悲鳴を上げてユリウスを突き飛ばし、全速力で廊下を逃げ出した。
後ろからは「待ってくれエルナ嬢! せめて髪の毛一本でもいいからサンプルを!」という狂気に満ちたユリウスの声が追いかけてくる。
そしてさらにその後ろからは、いつの間にか騒ぎを聞きつけたバルドが、「師匠! 今日の鍛錬をつけてください!」と叫びながら凄まじい速度で走ってきていた。
「なんでよぉぉぉぉぉっ!! 私はただ、あんたたちをくっつけたかっただけなのにぃぃぃっ!」
私の悲痛な絶叫が、学園の廊下に虚しく響き渡る。
マリアと攻略対象をくっつけてモブになるはずだった私の計画は、初日にして完全崩壊。
百合枠ヒロイン、脳筋シスコン義弟、ドM王太子に加え、弟子入り志願の脳筋騎士と、解剖希望の魔法変人ストーカー。
私の周囲は今、ゲーム本編よりも遥かに難易度の高い、地獄のヘイト集中地帯と化していたのである。
部屋に戻ったら、もう絶対に三日はベッドから出ないと、私は逃げながら固く心に誓った。




