第47話 依り代
目の前が明るくなるのを感じると、長屋は目を開ける。そこはどこまでも真っ白な部屋であった。
「ここは……」
「ようこそ。ここは野々瀬の脳を利用して作られた仮想空間だ」
目覚めた長屋に、老齢の長屋が話しかける。老齢の長屋はニットにデニム、そこに白衣を着ていた。
「あなたが、本当の長屋陽介……。いや、この仮想空間にいるということは、本物ではない……?」
「当たらずも遠からずといった所だな。君は神道における依り代と言うものを知っているか?」
「まぁ、なんとなく……」
「依り代というのは、精霊などが物体に憑りつくこと。私は30世紀政治革命が起きるまでは歴代内閣総理大臣に、革命以降は歴代大統領に人格を乗り移って存続していた。そうしなければならなかった理由があるのだが、それは後で話をしよう。とにかく、そうして人々を乗り継いでいた」
老齢の長屋は淡々と説明を行う。
「こうした原因は、私が研究所に所属していた時だ。あの日から、この時代に至るまでの呪いと化した」
「呪い……?」
長屋は何が何だか分からないまま、話を聞くしかなかった。
「2067年。私は時空間物質参照装置という画期的な装置を発明した。この時はまだ物質をプリントする技術はなく、ただ過去に起きた出来事を映像として見ることしかできなかった」
すると、仮想空間内に部屋が生成され、そこにタイムマシンに似た機械が現れる。そして、その周りに研究員らしき人々が出現し、映像を見て興奮していた。
「この時はただ興奮していた。エントロピーを激しく増加させることなく、過去の様子を見ることができたのだから。これは世界を変える発明だと実感したよ」
老齢の長屋は懐かしそうに言う。
その直後、顔をしかめる。
「しかし、それはある意味で悪魔の発明となった。ある時、いつものように過去の映像が確認できるか実験をしていた。しかし、研究員のミスによって、負の値が入力された。過去に対する負の値ということは、未来を見ることになる。それにより、未来の映像を我々は見ることになった。幸いにも、推し進めた時間は数分であったため、そこまで大きな影響はなかった。だが、それが私の興味を引いてしまったのが問題だったのだ」
生成物は切り替わり、タイムマシンの前には老齢の長屋のみとなる。
「私は未来を観測したくなった。はるか先の未来まで。負の値を限界までタイムマシンに入力して、未来を見た。その結果、君が36世紀に召喚され、黒須と高崎に出会い、こうして過去の私と遭遇する所を見てしまったのだ。どうやら未来は確定されているらしい。私がなくなった後に判明したことだが、『アカシックレコードの重力作用』と呼ばれる未知の物理法則が働いているらしいことが分かった。それにより未確定だった未来を、私が観測したことで確定した。させてしまった。未来は一筋の道になってしまい、何をどうあがいても新しい可能性に寄り道することすらできなくなったのだ」
そういって生成物は、光の糸の束のようになって、そして一本の細い糸に収束する。未来の可能性が閉ざされて、一つの未来の歴史になったことを表しているようだ。
「結果として、私と君がこうして相容れることになった。これもアカシックレコードの重力作用によって決定した既定路線というわけだ。これを私は、未来確定事故と呼んでいる」
そうして生成物は消え去った。
「さて、何か質問はあるかね?」
「質問はあるかって……。逆に分からなすぎて理解の範疇を超えているっていうか……」
「まぁそうだろうな。では、その理解できなかったことを理解できるようになるって話があったら、君はそれに乗るかね?」
「いやぁ、そんなに興味はないですねぇ……」
「そうか。じゃあこれはどうだ? その話に乗ったら、君が持ってきたアタッシュケースが解錠できる、としたら?」
「それは……」
「ついでに言っておくと、あのアタッシュケースを用意したのは私だし、それをあの場所に仕込んだのは馬渕だ。最初からこうなることが決まっていたから、その通りにしただけなんだがな」
「あぁ……」
なんとなく想像がついた。これも未来確定事故で見た出来事の一つなのだろう。
「さぁ、どうする?」
「……分かりましたよ。その話に乗ります。それで、どうやって話を理解ようにするんですか?」
「簡単な話だ。私が君の中に入る。そして融合するのだ」
「融合? それ簡単な話ですか?」
「割と簡単な話だ。この辺りの技術はすでにレッドオーシャンだからな」
あんまりいい気はしない長屋。それでも老齢の長屋はやるのだろう。同じ自分の考えだからなんとなく分かる。
「それをすると、どんな話が分かるんですか?」
「まずは自動的にアタッシュケースが解錠する。次にその中の物の使い方が分かる。そのおまけとして、私の研究のことが分かるようになる、だな」
「そうですか……。それで、どのように融合するんですか?」
「依り代の原型であるデータを、君の脳内にインストールする。1分もかからないはずだ」
そういって老齢の長屋は、長屋のほうに接近してくる。そして右手を長屋の頭にかざした。
「ではいくぞ」
次の瞬間、目の前が急に暗転した。




