第35話 ディープ
放課後。文芸部の部室では、長屋にべったりくっついている黒須と高崎の姿があった。
「んふふ~。ヨウ君ちょっと冷たーい」
「高崎さん、そんなに陽介君にくっついたら陽介君が可哀相でしょ?」
21世紀の人間から見れば、羨ましいともけしからんともいえるような光景だろう。36世紀ではこれでも控えめなのだから、いろんな意味でのすさまじさが伺えるだろう。
「ねぇねぇヨウ君。ちゅーは?」
「んぐっ……」
改めてキスの話題に触れられると、耐性がついてない長屋は噴き出しそうになる。今回は我慢できた。
「ねぇ、ちゅーしよ?」
「あー、うん……。でもちょっと待ってね。心の準備というか……」
「そう?」
この時代の常識は長屋の記憶とかなり異なることを、今更ながら思い出す。
長屋は仕方なく覚悟を決めた。
「分かった。ただ、するからにはちゃんとしよう」
「うんっ」
すると高崎はソファの上で長屋の方を見て正座する。長屋も高崎の方に体を向けて、ジッと見つめる。
「ヨウ君……、好きだよ」
いつもなら騒がしく来るであろう高崎だが、この場面でしおらしくなる。少し頬を赤く染めて、いつもと異なる表情を見せてきている。そのギャップに、長屋は心臓が少し跳ねた。
「ま……、マリ」
「んっ……」
高崎が目を閉じ、唇を少し尖らせる。完全にキス待ちである。
まだ慣れてない長屋の心臓がドッドッドッと脈打つ。
短く息を吐き、長屋はそっと高崎の唇に自身の唇を重ねる。
軽いキス。いわゆるリップキスというものだ。それで長屋は終わらせるつもりだった。
しかしそれで終わらせなかったのが高崎である。高崎はいきなり長屋の首に腕を回して、強く抱きしめた。
「んんっ……!」
急に抱きしめられたことで、長屋の口元が緩んだ。そこを狙ったように、高崎の舌が長屋の口に侵入する。
リップキスのはずが、途端にディープキスへと変貌した。
「ちょっ、高崎さん!? 何してるんですか!?」
長屋の後ろで黒須が驚いている。しかしそれを無視して、高崎は長屋と濃密なキスを続けていた。
お互いの唾液が混ざり合い、チャパチャパと音を立て始める。その音を聞いて、余計に黒須がヒートアップする。
数分ほど経過しただろうか。高崎がようやく腕の力を抜き、唇同士が離れる。二人とも口の周りが唾液でベチャベチャしていた。
「どーだった? うちのキス」
「どうって……」
そこまで口にしたところで、急に黒須が長屋の膝の上に対面でのしかかってくる。
そして問答無用で唇を重ねた。高崎と同じディープキスである。
「んんん!」
「んあっ、ちゅる、ずるっ」
いやらしい音が部室に響く。黒須は1分ほどで口を離した。
「……これでおあいこっ!」
嫉妬心でキスをしたようだ。それでも、その行動は長屋にとってみれば体験したことのない緊張と恋慕に近い感情で、脳内がいっぱいだった。
結局この日はテスト勉強など一切手が付かず、完全下校時間となった。長屋は半分意識を飛ばしながら、帰路に就こうとした。
三人で校門を出た時である。校門のすぐ横に、女性の集団がいた。彼女たちは横断幕とビラのようなものを持っており、それを下校中の生徒や道行く人々に配っていた。
「我々新日本婦人会は、男性の完全排除を宣言しています! どうか、この考えに賛同していただける方は、ぜひ新日本婦人会に加入をお願いします!」
ちょくちょくデモ行動をしているフェミニスト集団の新日本婦人会である。そんな婦人会の構成員の一人が、長屋の姿を見つけてしまった。
「ちょっと! なんでこんなところにオスがいるのよ!?」
「えっ……」
長屋の存在が知られた瞬間、新日本婦人会の構成員たちが次々に長屋のことを見て、罵倒してくる。
「クソオスは早く殺処分されるべきよ!」
「汚い視線を向けてくるな!」
「レイプされる! 犯罪者にレイプされるわー!」
罵詈雑言。ないことばかりの言葉を連ねて、長屋のことを罵倒する。
意外にも、それに立ち向かう人物がいた。黒須と高崎である。
「私たちの彼氏のことをそんな風に言うのやめてください!」
「そうだよ! そんな悪い言葉使ってると地獄落ちちゃうよ!」
だが、それで引くような連中ではない。
「うるさい! 私たちがどれだけオスから被害を受けたか知らないでしょ!?」
「そうよ! そのうちそのクソオスもあなたたちに酷いことをするに決まっているわ!」
「男は生まれながらの犯罪者なの! すぐにでも刑務所に連れていくべきよ!」
「陽介君は悪いことなんてしてないですよ!」
「ヨウ君のこと何も知らないくせに!」
(このままじゃ乱闘が発生しそうだ……! 何かできることはないか……?)
思考を回し、一つ解決策があることを思い出す。
(しかし、これをすれば自分は犯罪者になる可能性がある。……それでもやるしかない。俺のことを好いてくれている恋人のために……!)
長屋は鞄に手を突っ込み、奥のほうに眠っていたそれを取り出す。
「静かにしてください!」
そういって長屋は、拳銃を天に向けた。撃つ気はないが、引き金に指をかける。それだけ本気であることを示すために。
「こ、このオス! 私たちのことを殺そうとしているわ!」
「やっぱり、こいつは犯罪者だわ! 早く警察に通報して!」
そういって新日本婦人会の構成員が2、3歩後ろに下がったときだ。
長屋は素早く拳銃をポケットに雑に突っ込み、黒須と高崎の手を取る。
「逃げるよ!」
半分強引に引っ張ったが、二人ともなんとか踏ん張って地面を蹴る。そしてしばらく全力疾走で逃げるのだった。
やがて駅前に到着し、長屋は追手が来ていないことを確認する。
「なんとか逃げ切れたか……」
肩で息をして、安堵する。黒須と高崎も、かなり息が上がっていた。
「ごめん、俺が彼氏なばっかりに、危険な目に遭わせちゃった」
長屋は二人に対して、謝罪する。
(これは俺の責任でもある。もしかしたら、今後の生活に支障をきたす可能性だってあるのに……)
そんな反省モードの長屋の手を、黒須と高崎は取る。
「何言ってるの、陽介君。私は、そんな目に遭っても、陽介君の彼女でよかったって思ってるよ」
「そうだよ! うちにだってちゃんと向き合ってくれた人なんだもん、そんなすぐに見放すわけないでしょ?」
「茜……、マリ……」
この日、長屋は二人の彼女の愛の深さを知った。




