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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第百九十九話:完全封印

 世界が、次の一拍を思い出した。

 アルトの指先が、世界の背骨から離れる。  その瞬間、せき止められていた現実が、玉座の間へ一気に流れ込んだ。

 止まっていた空気が肺を叩く。  ライトの荒い呼吸が戻る。  レイナの闇が、今にも爆ぜようとしていた余韻を取り戻す。  ステファニーの震える指先が、途切れていた続きをようやく引き受ける。

 断絶されていたすべてが、無理やりではなく、まるで最初からそうであったかのような顔で、当然のように動き出した。

 爆発は、なかった。

 耳を裂く轟音も、視界を白く塗り潰す閃光もない。  ただ、静かに。  凍りついていた時間が、何事もなかったように溶け落ちていく。

 そして。

 その瞬間にはもう、光は、既にそこにあった。

 ライトがその右掌を突き出し、魔力を解き放った瞬間を、誰も見ていない。  ライト自身でさえ、自分の腕から何が離れていったのかを、正しく認識できなかった。

 放たれたから届いたのではない。  届いていたという結果だけが、先に現実へ置かれていた。

 白い軌跡が、魔王の胸奥――核の沈むその層へ、寸分の狂いもなく突き立っていた。

 どれほど因果が捻じ曲がろうと。  最後に世界へ届いたのは、やはりライトの光だった。

 魔王の内側で、何かが確かに反転しようとした。

 己に迫る敗北を、いつものように「訂正」しようとする、あの不条理そのものの機能。  だが、それは起動するより先に封じられていた。

 反応はあった。  だが、間に合わなかった。

 その一撃は、貫くためのものではなかった。

 固定するための一撃だった。

 白い格子が、音もなく広がっていく。  核を中心に、幾重にも、冷たく、正確に、逃れようのない幾何学として組み上がっていく。

 その中心には、なお黒い裂け目が一本だけ残っていた。  レイナがこじ開けた、あの闇の綻びだ。

 最後まで閉じることなく残されたその傷だけが、魔王の核へと続く唯一の道として、光を通し続けていた。

 そして、その白い格子の一辺一辺には、ステファニーが命を削って繋いだ、あの純白と同じ静かな光沢が宿っていた。

 ライトの光。  レイナの闇。  ステファニーの白。

 誰か一人の力ではない。  そのどれか一つでも欠けていれば、この檻は成立しなかった。

 アルトがやったことは、ただ。  彼らが命を懸けて掴みかけた断片を、勝利という一つの形に、遅すぎることなく並べ替えただけだった。

 破壊するための力ではない。

 存在すること以外のすべてを、永遠に禁じるための力。

 消滅ではない。  終焉でもない。  ただ、この世界という物語から、魔王という一章だけを、二度と続きを持てない形で切り離す。

 その現象に与えられた名は、ただ一つだった。

 《神封光牢セラフィム・ケージ

 名が世界へ刻まれた瞬間、玉座の間の空間が一度だけ、深く、静かに震えた。

 歓喜ではない。  咆哮でもない。  歪み続けていた理が、本来あるべき形へ無理やり押し戻される、その痛みに近い震えだった。

 魔王は、何もしなかった。

 抵抗しなかったのではない。  する余地が、最初から剥奪されていた。

 時間が再開したその時点で、どの時間軸を辿ろうと、どの可能性を選ぼうと、この「封じられた結果」だけは、もう書き換えられない。

 その檻は強固だったのではない。

 もはや「解ける」という可能性そのものが、最初から存在しない形をしていた。

 白い格子が、魔王の輪郭を丁寧に、冷酷に包み込んでいく。

 最後に、その瞳だけが一度だけ揺れた。

 怒りでも、恐怖でもない。  

ただ、自らを拘束するこの現象の「解」を求める、機械的な演算の残響だけが、その奥でかすかに明滅し――

 そして、止まった。

 今度はアルトのスキルではなく。  封印という名の理によって、魔王は永遠の沈黙へと沈んだ。

 重い静寂が落ちた。

 崩れかけた天井から、粉塵が雪のように降り積もる。  戦場を支配していた、あの圧倒的な圧迫感が、潮が引くように消えていく。

 もう、あの気配は戻ってこない。

 それだけが、この静けさを「勝利」と呼ぶに足る、何より確かな証拠だった。

 最初に、その事実を言葉にしかけたのはレイナだった。

 石床に膝をついたまま、震える指先で自分の肩を抱く。  その瞳は、まだ白い格子の中心に残る黒い裂け目を見つめていた。

 自分が穿った傷が、まだそこにある。  閉じていない。  無意味ではなかった。

「……終わった、の?」

 掠れた声だった。  勝利を叫ぶ声ではない。  自分たちがまだ生きているという事実を、慎重に確かめるための、小さな問いだった。

 ライトは、呆然と自分の右腕を見下ろしていた。

 そこには、もう魔力の残滓すら残っていない。  放った感覚がない。  だが、確かに肉体だけは、その瞬間を覚えている。

 腕を突き出した、その続きとして。  自分の光が、確かに魔王を封じたという事実だけが、現実として目の前に残されていた。

 理解は、まだ追いつかない。

 けれど。

 自分の一撃が、仲間たちのすべてと繋がった先で、この結末に届いたのだということだけは、痛いほどに分かった。

 ライトの喉が、かすかに震えた。

「……すみません」

 誰にともなく、掠れた声が零れる。

「俺の一撃だけじゃ……ここには届かなかった」

 それは敗北の言葉ではなかった。  慢心のない、剥き出しの真実だった。

 シエラが、その横顔を一瞥した。

 彼女は玉座の影で腕を組み、白い光牢を静かに見上げている。  相変わらず、何も多くは語らない。

「大丈夫だ」

 短く、ぶっきらぼうに落ちた言葉。

「よくやった。……これで、届いた」

 その声には、冷たさの奥に、ごく僅かな安堵が混じっていた。

 ステファニーは、冷たい石床に横たわったまま、しばらく動けなかった。

 視界の端で、白い格子が静かに脈打っている。  その光は、どこか自分の魔法に似ていた。  自分が命を削って繋いだ、あの一瞬の「白」と。

 無駄では、なかった。

 あの一秒は。  あの苦しさは。  あの選択は。

 すべて、この檻の一辺へと変わっていた。

 熱いものが、頬を伝う。

「……間に、合った……」

 ようやく絞り出したその一言は、涙に溶けるように小さかった。

 そして。

 アルトは、玉座の間の端で、壁に深く背を預けていた。

 膝に、もう力が入らない。  立っているというだけで、全身が軋む。  重力という概念そのものが、今の彼にはあまりにも重かった。

 壁を滑るようにして、ゆっくりと床へ座り込む。

 視界が、不快な脈動を繰り返していた。  脳の奥底に、焦げつくような熱がこびりついて離れない。  指先は、自分の血が通っているとは思えないほど冷え切っていた。

 それでも、彼は白い格子から目を逸らさなかった。

 想定していた形に、どうにか届いた。

 一点の狂いもなく――ではない。  それでも、四人の意志は確かに、この一点へ収束していた。

 ライトの光。  レイナの闇。  ステファニーの白。

 そのどれもが欠けず、最後に現実へ届いた。

 アルトは、震える肺に冷たい空気を流し込む。

 耳鳴りの向こうで、遠くの壁が崩れ落ちる音が聞こえた。

 戦いは、終わった。

 凄惨で。  あまりにも静かで。  けれど、確かに終わったのだ。

 アルトは、重い瞼をゆっくりと閉じる。

 胸の奥で、何かがまだ、きしりと軋んでいた。

 勝利のあとにも、それだけが終わらず、彼の内側に残っていた。

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