表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

200/200

第二百話:代償と余韻

 静寂が、玉座の間に満ちていた。

 それは、嵐が去った後の安堵などという生易しいものではなかった。

 つい先ほどまで、この空間を満たしていた殺意も、絶望も、神話めいた暴威も。

 そのすべてが唐突に剥がれ落ち、戦場という異常が終わったあとにだけ残される、無機質で、あまりにも現実的な「石の部屋」の冷たさだけが、静かに戻ってきていた。

 ひび割れた天井から、細い光が斜めに差し込んでいる。

 舞い上がった粉塵は、その光の中でだけ、まるで何事もなかったかのように、ゆっくりと落ちていた。

 五人は、それぞれの場所で座り込んでいた。

 立ち上がろうとする者は、まだいない。

 今の彼らにとって、自分の体を支えるという行為そのものが、あまりにも重かった。

 最初に沈黙を破ったのは、アルトの呼吸だった。

「……はぁ……っ、は……」

 それは肺が空気を求める音というより、焼けついた回路のどこかで、まだ無理やり何かが動き続けているような、不安定で、頼りない音だった。

 アルトは、自分の右手を見つめていた。

 指先が、微かに震えている。

 だが、その震えが、自分のものだという感覚が薄かった。

 ライトが、床に投げ出していた体をわずかに起こし、アルトへ顔を向けた。

 右腕は、力を使い果たした反動で、まだ鈍く痺れているらしい。

「……アルト。大丈夫か」

 掠れた声だった。

 それでも、その一言には戦いの最中と変わらない、仲間を案じる真っ直ぐさが残っていた。

 アルトは数拍遅れて、その声の意味を掴んだ。

「はい……ただ……少し、変です」

 彼は、空を掴むように指を動かそうとして、途中で止めた。

「魔力が……空っぽ、というより……届かないんです。

 奥には、たしかに在る。なのに、そこへ手を伸ばしても、途中で何かが途切れているみたいで……」

 言葉を探しながら、彼は自分でも信じられないものを見るように、掌を見下ろした。

「無限魔力のはずなのに……初めてです。

 自分の中にあるものに、自分で触れられない感覚は……」

 そこで言葉が切れた。

 怖い、と。

 その一言だけを飲み込んだことが、逆に全員へ伝わった。

 レイナが、膝を抱えたまま眉を寄せる。

 彼女の周囲を覆っていた闇は、もう跡形もなく消えていた。

 いまそこにいるのは、ただ疲れ切った一人の少女だった。

「え……。あんた、無限魔力なんでしょ。

 それが“使えない”って、そんなの……ありなの?」

 理屈を否定するような言い方だった。

 だがそれは、アルトの異常を軽く見ているからではない。

 むしろ、彼の常識が崩れることへの純粋な動揺だった。

 少し離れた場所で、ステファニーが石床に仰向けのまま、小さく息を吐いた。

「……私なんて、毎回そんな感じでしたよ〜……」

 冗談めかしたつもりだったのだろう。

 だが、最後の語尾はかすれて、情けないほど弱々しく消えた。

 それでも、その一言が場を少しだけ緩めた。

 極限まで張り詰めていた空気が、ほんのわずかに人間の呼吸を取り戻す。

 アルトはその方を見て、かすかに目を細めた。

 その反応だけで、ステファニーの言葉は十分だった。

 シエラが、石段に腰を下ろしたまま口を開いた。

「坊主」

 低く、短い声だった。

 それだけで、空気が少し引き締まる。

「お前、時スキルを重ねたな。

 しかも、止めるだけじゃなく、組み替えた。……あれは、やり方が悪い」

 アルトは否定しなかった。

 否定できる余地が、そもそもない。

 シエラは、いつものように感情をあまり乗せない声音で続けた。

「時を弄るってのはな、魔力を大量に食うことよりも、“流し方”に無茶が出る。

 タンクがどれだけでかくても関係ねえ。流路が焼けりゃ、通らなくなる」

 彼女は指先で、自分の腕の血管をなぞるような仕草をした。

「お前の“無限魔力”は、消えてねえ。

 ただ、それを通す回路が、無理やり酷使されて、歪んで、ひび割れてる」

 ライトの表情が強張る。

「じゃあ、アルトは……もう……」

「そこまでじゃねえよ」

 即答だった。

 シエラは、そこで初めて少しだけ表情を和らげた。

「完全に死んだわけじゃない。

 ただ、今までみたいな無茶は当分無理だ。高度な複合魔法、時の同時操作、ああいう“神経を焼く系”はしばらく禁止だな」

 アルトは、ようやく小さく息を吐いた。

「……なるほど。

 つまり、“なくなった”んじゃなくて、“使い方を失った”に近いんですね」

「そういうことだ」

 シエラは短く頷く。

「直るかどうかは、お前の今後次第だ。

 少なくとも、ここで終わりって話じゃねえ」

 その一言で、場の空気がわずかに変わった。

 失ったものはある。

 だが、それは“物語から退場する傷”ではない。

 まだ先がある傷だ。

 ライトが、ほっとしたように肩の力を抜いた。

 レイナも、抱えていた膝を少しだけ緩める。

 ステファニーは、胸の前でぎゅっと握っていた手を解いた。

 その変化を見て、アルトはようやく自分が“心配されていた側”だったのだと理解したように、少し困ったような顔をした。

「……すみません。

 皆さんに、余計な心配をかけました」

「今さら何言ってんのよ」

 レイナが、少しだけ呆れたように返した。

「こっちは、あんたが急に消えたり壊れたりする方が困るの。

 勝手に一人で全部背負うの、ほんとやめなさいよね」

 刺々しい口調だった。

 けれど、その最後の一言は、叱責というよりも願いに近かった。

 アルトは少しだけ目を丸くして、それから小さく頷いた。

「……はい」

 ステファニーが、体を起こしながら口を開く。

「でも……アルトさんがあの時、動いてくれなかったら……私の“白”も、たぶん繋がらなかったです。

 だから、その……あんまり一人で悪いことにしないでください」

 言いながら、彼女は自分の胸元を押さえた。

 まだそこには、命を削って守った一秒の熱が残っているようだった。

「私、ちゃんと役に立てましたか?」

 その問いは、誰かに褒めてほしい幼い確認ではなかった。

 死力を尽くした者だけが抱く、“あれは無駄じゃなかったか”という切実な問いだった。

 アルトは、すぐに答えた。

「もちろんです。

 ステファニーさんが繋いでくれた一秒がなければ、僕は設計に入れませんでした」

 次に、レイナを見る。

「レイナさんの綻びがなければ、核に届く“通り道”そのものが存在しなかった」

 最後に、ライトを見る。

「そして、最後に届いたのは、ライトさんの光です。

 僕は、皆さんの意志を、届く形に並べただけです」

 その言葉には、自己犠牲的な謙遜ではなく、戦況を最後まで観測し切った者の、正確な結論があった。

 ライトは少し黙ってから、苦笑した。

「……並べただけ、で済む話じゃないと思うけどな」

 そう言いながらも、その表情には納得があった。

 自分一人の勝利ではないと、誰よりも分かっていたからだ。

 ライトは、自分の右手を見下ろした。

 もう、あの時の熱は残っていない。

 それでも、その掌には確かな感触が残っていた。

 届いた、という感触だけが。

「でも……」

 彼はゆっくりと顔を上げた。

「俺、一人じゃ届かなかったけど。

 みんながいたから、最後まで前に出られた」

 それは勝者の宣言ではなかった。

 ただ、仲間と一緒にここまで来た者の、飾らない実感だった。

「だから、これは……ちゃんと、みんなの勝ちだ」

 その一言で、玉座の間に漂っていた最後の緊張が、ようやくほどけた。

 レイナが小さく笑う。

「何それ。

 最後だけ、ちょっと主人公っぽいじゃない」

「最後だけって何だよ」

 ライトが反射的に返し、かすかに笑った。

 ステファニーも、つられるように吹き出す。

 ほんの小さなやり取りだった。

 けれど、それは確かに“戦いの後”のものだった。

 誰も死んでいない。

 誰も壊れ切っていない。

 まだ、明日へ続ける場所にいる。

 その事実が、何よりも大きかった。

 しばらくして、シエラが深く息を吐いた。

「……やれやれ」

 呆れたような、しかしどこか満ち足りた声音だった。

「お前ら、本当に最後まで無茶ばっかりしやがって」

 彼女は立ち上がる。

 それだけで、玉座の間の空気が微かに揺れた。

 差し込む光を背にしたその姿は、一瞬だけ、人の輪郭から外れたように見えた。

 背後に、ありもしない翼の残像を見た気がして、四人は思わず息を止める。

 シエラはそんな反応を気にも留めず、ふっと笑った。

「だが――まあ、悪くなかった」

 珍しく、素直な言葉だった。

「お前らは、ちゃんと最後まで、自分の足でここまで来た。

 それは誇っていい」

 その一言に、四人はそれぞれ違う形で応えた。

 ライトは真っ直ぐに受け止め、

 レイナは照れ隠しのように目を逸らし、

 ステファニーは少しだけ目を潤ませ、

 アルトは静かに目を伏せた。

 シエラは、そんな彼らを見回してから、何でもないことのように言った。

「そういえば、一つだけ言ってなかったな」

 嫌な予感がした。

 なぜか、四人全員が同時にそう思った。

 シエラは、あまりにも軽い調子で告げる。

「実は俺、女神なんだ」

 数秒。

 本当に、数秒だけ。

 この玉座の間に、ついさっきまでとは別種の“時間停止”が訪れた。

「…………は?」

 最初に壊れたのは、ライトの声だった。

「え?」

 レイナが固まる。

「えぇぇ……?」

 ステファニーの口が半開きになる。

 アルトだけは、眼鏡を押し上げようとした指が途中で止まり、そのまま本気で思考が落ちたように黙り込んでいた。

 シエラは、四人の反応を満足げに眺めている。

「いや、隠してたわけじゃねえぞ。

 聞かれなかったから言わなかっただけだ」

「いや聞くわけないでしょ!?」

 レイナのツッコミが、崩れかけた玉座の間に勢いよく響いた。

 そのあまりにも人間くさい反応に、ライトが吹き出す。

 ステファニーも耐えきれずに笑い、アルトまで遅れて肩を震わせた。

 戦いの終わりにしては、あまりにも締まらない。

 けれど、そのどうしようもない脱力感が、逆に彼らを“生きている側”へ引き戻していた。

 その頃、遥か高みの、概念の揺り籠。

 神様が、下界を覗き込みながら、腕を組んで唸っていた。

「……あれ?

 ワシ、主人公の配分、ちょっと読み違えたか?」

 しばらく真剣に考えたあと、神様は面倒くさくなったように手を振る。

「まあええわ。

 次はもう少し、素直に話を進めるやつを選ぼう」

 だが、そのぼやきに反して。

 下界の物語は、最後まで“選ばれた筋書き”の通りには進まなかった。

 玉座の間には、まだ五人がいた。

 勝利の残響と。

 消えない傷跡と。

 呆れるほど騒がしい新事実と。

 そして、その全部を抱えたまま、これから先へ進んでいくための、小さくて、確かな体温があった。

 アルトが、ゆっくりと足に力を込める。

 だが、酷使された膝はすぐに笑い、脳の奥では焼けついた回路が、立ち上がろうとする意志そのものを拒むように軋んだ。

 その時。

 視界の端に、一つの手が差し出された。

 傷だらけで、泥と血にまみれ、それでも迷いなく前へ伸ばされた手。

 ライトの手だった。

「……行こう、アルト」

 掠れた声だった。

 けれど、その一言には、戦いの最初から最後まで変わらなかった“前へ進む力”が、確かにあった。

「みんなも。

 ここで終わりじゃないだろ」

 レイナが、ふっと笑う。

「当然でしょ」

 ステファニーも、まだ頼りない足で立ち上がりながら頷いた。

「はい。まだ、帰るまでが冒険です〜……」

「古いな、それ」

 レイナが呆れ、ライトが苦笑する。

 アルトは、その差し出された手を見つめた。

 魔法ではない。

 理を捻じ曲げる奇跡でもない。

 ただ、人が人を立ち上がらせるための、当たり前の手だった。

 彼は、その手を取った。

 引き上げられるようにして立ち上がった瞬間、膝がわずかに震える。

 それでも、倒れなかった。

 ライトの肩を借り、レイナとステファニーがその横に並び、シエラが少し前を歩く。

 誰一人、完全ではない。

 誰一人、無傷ではない。

 それでも、五人はちゃんと、自分の足でそこにいた。

 旅は、ここでひとまず終わる。

 けれど。

 この勝利も、この代償も、この出会いも、この馬鹿げた真実も。

 そのすべてを抱えた先にこそ、彼らの本当の物語は続いていく。

 差し込む光の中で、五人は、ゆっくりと前へ歩き出した。

 終わったはずの世界の、その先へ向かって。

ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。

初めての執筆で、至らない部分も多かったと思いますが、最後までこの物語を追いかけていただけたことを、とても嬉しく思っています。

今回の結末は、実は物語を考え始めた時から決めていた終わり方でした。

そこへ向かうまでを、オムニバス形式のように、一話一話積み重ねながら描いてきた作品です。

また、本作ではあえてすべてを回収しきらず、いくつかの伏線や余白を残しました。

四人――あるいは五人のその後は、皆さまの想像の中で、それぞれの形で続いていけば嬉しいです。

もしよろしければ、

「好きだったキャラクター」

「印象に残ったシーン」

「気になった伏線」

「もし続きを読むなら見てみたい話」

など、ぜひコメントで教えてください。

皆さまの感想や考察が、これからの創作の大きな励みになります。

改めて、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ