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第四章: 境界の守護者と四つの異能『選ばれし者たちは、まだ互いを知らない』  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第百七十四話:師の役目

 赤い光は、依然としてそこにあった。

 瞬きもせず、感情も介在させず、ただそこに在るだけで五人の存在そのものを無慈悲に上書きし続けている。その視線に触れた場所から、色も温度も意味も、一枚の皮を剥ぐように剥ぎ取られていく。その絶対的な「観測」を正面から受け止め、シエラが静かに歩を進めた。

 

 彼女が立つ場所だけ、死に瀕した世界の法則が、奇妙なほどに静まり返っている。

 まるで彼女自身が、崩壊した因果を一時的に繋ぎ止め、その身を「杭」として空間に縫い留めているかのようだった。背中を向けたまま、彼女は振り返らない。だがその背姿は、今にも世界の記録から削除されてしまいそうなほど、痛々しく希薄だった。

「聞け」

 その一言が、玉座の間に充満していた重圧を真っ二つに切り裂いた。

 それは魂の深淵に直接打ち込まれ、決して引き抜くことのできない、凍てついた杭だった。

「魔王を倒しても、世界は救われない」

 断言だった。慰めも、予言も含まない。すでに凍結された事実の提示。

「あの裂け目が残る限り、この世界という器は出血し続ける。魔王という名の楔――それが抜けた瞬間、この世界を辛うじて繋ぎ止めていた最後の支点が失われる。塞き止められていた『無』の奔流が、一斉に溢れ出し、すべてを飲み込むだろう」

 ライトは、無意識のうちに一歩だけ前に出ていた。

 それが無意味な行為だと理解していても、止まることができなかった。右腕の刻印が、シエラの言葉に呼応して肉を焼く熱を帯びる。その熱は「正解」を指し示していた。そしてその正解こそが、ライトにとって最も受け入れがたい絶望だった。

「……じゃあ、どうする。あんたが倒さないなら、俺たちがやるしかないだろ……」

「魔王を倒す。それは、お前たちの役目だ」

 シエラは、そこで初めて振り返った。

 赤い光が、その瞳の奥で静かに砕ける。その瞳は、もはや教え子を慈しむ師のそれではない。それぞれの断頭台へ向かう覚悟を宿した、独立した戦士の輝きだった。

「私の役目は、別にある。あの裂け目の『内側』、因果が反転する境界そのものを、物理的ではない手段で繋ぎ止めねばならない」

 沈黙が、玉座の間を支配した。

 ライトは、問い返さなかった。シエラの放つ覚悟が、あまりに鋭利で純粋すぎて、何かを言えば自分自身の魂が両断されると本能が警告していた。ただ、彼女の決意の輪郭だけが、右腕の疼きを通じて骨の髄まで染み通っていく。

 アルトが、眼鏡の奥で視線を落とした。

 レンズのヒビに、赤い視線が乱反射し、彼の思考をズタズタに切り裂く。

「……裂け目を封じるには、外側からの干渉は無意味だ。内側……理が消失した地点で、自らの『存在の総量』を礎として打ち込まねばならない」

 シエラは答えなかった。だが、その沈黙は、アルトが導き出した最悪の解答を全肯定していた。

「……そういう、ことですか。あなたは、最初から」

 アルトは、それ以上を紡げなかった。論理が導き出した結論は、彼が積み上げてきた知性という武器を、無力な鉄屑へと変えていた。

 ステファニーは、杖を握る指先が白く震えるのを止められなかった。

 感応能力が捉えているのは、シエラの言葉ではない。彼女の「未来」が、そこから先、光も影も存在しない完全な空白として途切れている事実だった。問わなくても、分かってしまった。シエラという存在が、世界の記録から永久に消去される準備が終わっていることを。

 レイナもまた、無意識に一歩踏み出していた。

 彼女を動かしたのは、勇気ではない。内側に潜む「闇」が、シエラのその潔すぎる結論を、激しく拒絶していたからだ。

(違う。直感が告げている。何かが、おかしい)

 論理は理解できる。だが、シエラの語る「役目」という言葉の裏側に、まだ誰も触れていない、冷酷で不条理な“答え”が潜んでいる――そんな、胃の底がせり上がるような違和感だけが、レイナの胸を掻き乱していた。

 赤い光が、まるで世界の心臓のように脈打った。

 ドクン。

 城全体が、耐えかねたように低い悲鳴を上げて軋む。空間が捻じれ、天井の石材が微塵となって降り注ぐが、それすらもシエラの周囲では、彼女の意志に従うように静止し、霧散していく。

 シエラは、その死の気配を背中で静かに受け止めながら、前を向いた。

「時間がない。行くぞ」

 

 それだけだった。

 惜別の情も、長く尽くした師弟への謝罪も、何一つ語られない。

 ただ、一点の曇りもないその背中だけが、彼女の生きてきた証であり、遺言そのものだった。

 

 五人は、赤い光が支配する最深部へと歩み出す。

 一歩、踏み出すごとに、戻るべき「日常」の記憶が、背後で音を立てて崩落していく。

 その音が、二度と戻れない場所の扉が、永遠に閉じる音のように響いた。

 

 ――もう、誰も振り返らなかった。

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