第84話 掌の上
しばらくして、消耗しきった体を休めていた美空にマルファが告げた。
『美空。ユナイタルステイツの子たちがこっちに向かってきてるよ』
「良かった、ちゃんと安全な場所に隠れられたんですね。作戦は成功といっていいでしょうし、皆さんにも感謝しないといけませんね」
彼女たちは魔法能力者至上主義を広めていく上でも重要な役割を担うので、万が一のことがあっては困る。
こちらの作戦内容はあらかじめ伝えてあったので大丈夫だろうとは思っていたが、実際に無事が確認できて安心した。
だが、マルファはどこか緊張した声音で応じる。
『そうだね。でも、何か様子がおかしいような……?』
様子がおかしいとは、どういうことだろうか。
AIであるマルファには監視カメラの映像が見えているが、美空には見えていない。
「もしかして、どこか痛めてしまったのでしょうか?」
『ううん、そういう感じじゃなくて。もっとこう……』
どう説明すべきか悩んでいる様子のマルファ。
しかし、最適な回答が導き出された瞬間、スマートウォッチの中の彼女は無い顔を青ざめさせた。
『まずいよ美空。早く逃げて』
「えっ。逃げる、ですか? どうしてです?」
意味が分からず首を傾げる美空。
『いいから早く。説明なら後でするから』
「わ、分かりました……」
一体マルファは何を見たのか。
気にはなるが、美空はとりあえず逃げるべく立ち上がる。
その時、五人の足音がすぐそばに聞こえた。
「美空さん、どこに行くんですか?」
オリビアの呼びかけに、振り返って答える。
「今はとにかく、この場所から逃げた方がいいみたいですよ。皆さんも一緒に」
行きましょうと促すが、ユナイタルステイツ軍の魔法少女たちは真剣な表情をしたまま動こうとしない。
しばしの静寂の後、再びオリビアが口を開く。
「いえ、私たちは逃げなくていいんじゃないですかね? そうですよね、マルファさん?」
『…………』
問われたマルファは、なぜか黙り込んでしまう。
彼女たちは逃げなくていい? つまり、自分だけが逃げなければいけない?
この不気味な状況は、何なんだ。
心拍数が上昇していく美空。
畳み掛けるように、ソフィアが続ける。
「確かに漆原さんには感謝している。だが、これが私たちの仕事なのでな。すまない」
その謝罪の言葉を合図とするように、五人が一斉に制式拳銃を取り出して銃口をこちらに向けた。
ここでようやく、自分の置かれた状況を理解する。
「なるほど。私が逃げなければならなかった相手は、あなたたちだったのですね」
「ご名答〜。私たちはね、美空に目の前で罪を重ねさせて、現行犯で射殺するためにここに来たんだよ〜」
ルナがのんびりとした口調で言って微笑む。
「世界中に宣戦布告したのはさすがにびっくりだけどね!」
エイヴァが無邪気にこちらに笑いかける。
そして最後に、オリビアがホテルで会った時と変わらない親しみやすい話し方で言った。
「美空さん。あの時助けてくれたことは本当に感謝してます。でも、もうあなたは世界の敵、脅威になってしまった。だから、ここで排除しないといけません。……私たちは、ここで自分の国を裏切るほど、愚かではないんですよ」
ここで自分の国を裏切るほど愚かではない。
すなわちオリビアは、彼女たちは。あの時の美空の行動を愚かだったと。そう思っているのか。
引き金が引かれていく瞬間がゆっくりと見える。
まるで時間の流れが遅くなったように、刹那の時が悠久に流れる。
銃声が響く。
五つの鉛の弾丸がこちらに向かって一直線に飛んでくる。
その間に、五人の顔を順に見やっていく。
ソフィア、ルナ、エイヴァ、オリビア。
そして。
弾丸が美空の身体を射抜く直前、ここまで一言も喋ることのなかったシャーロットの口が微かに動いた。
「幸せになってね」
目が潤んだのはシャーロットだったか美空だったか。
銃弾が身体を貫通する。
やがて、美空の意識は深い闇の底へと沈んでいった。




