第46話 夢を追うのは孤独じゃない
翌日。美空が目を覚ましたのは、まだ日が昇る前の早朝五時半頃。
二度寝しようかとも思ったが、せっかく綺麗な湖のそばに泊まっているのだ。爽やかな朝の風を浴びながら日の出を拝むのも悪くない。
ベッドから起き上がった美空は、着替えを済ませるとグレーのフード付きコードを羽織った。外に出て、湖畔へと向かう。
「標高が高いだけあって、さすがに冷えますね……」
この街は昼間になれば十七度ほどまで気温が上がるが、明け方は六度ほどしかない。指先が冷えないよう手を擦り合わせながら、まだ人通りの少ない道を進んでいく。
そして、ようやく湖が見えてくると、水辺に人がいるのが分かった。
観光客だろうか? イーゼルにキャンバスを乗せ、景色を見つつ筆を動かしている。
何気なく近づいていくと、向こうが先に気配を感じたようでこちらを振り返った。そこで、お互いに驚いて声を上げる。
「イーシャさん!」
「あっ、お客様……!」
なんとそこにいたのは、フロントの少女イーシャだったのだ。
「お客様、随分と早いですね。お散歩ですか?」
首を傾げ問いかけるイーシャに、美空は答える。
「ええ。湖に昇る朝日を見ようかと思いまして」
「そうだったんですね。ここから見る朝日はとても美しいですよ」
「イーシャさんこそ、こんなに朝早くから何を?」
反対に訊き返すと、彼女は両手に持ったパレットと筆を軽く持ち上げて言う。
「絵を描いていました。私は画家になるのが昔からの夢なので」
「へぇ、素敵な夢ですね」
キャンバスを覗き込むと、そこには描きかけの風景画が。透き通るような湖とその向こうにそびえ立つ青い山々が、緻密かつ丁寧に描写されている。
「こんなに上手なら、画家としても成功出来るような気がするのですが……」
芸術の世界はよく知らないが、イーシャの絵は素人目に見てもかなりのものだ。画家として十分食っていけるのではないだろうか。
「ありがとうございます。確かにいずれはそうなりたいと思っています。ですが今は、オーナーのためにもフロント業務も頑張るつもりです」
「そのオーナーさんは、あなたの夢を知っているのですか?」
「はい」
首を縦に振ったイーシャは、柔らかい表情を浮かべながら言葉を継ぐ。
「……実は私、最初の頃は画家になりたいという夢を隠していたんです。自分の絵が売れるかも分からないし、売れるようになったからといってそれで生活していけるとも限らない。成功出来る人はほんの一握りの厳しい世界。だから、この夢は一人だけで挑む孤独な戦いだって、そう思って誰にも言わなかったんです。でもある日、オーナーに絵を描いているところを見られてしまって。私、必死で誤魔化そうとしたんです。だけど、オーナーから『何で隠してたんだい? 言ってくれれば助けになれたのに』と言われて。そこで気付きました。キャンバスに向き合う時間は一人でも、夢を追うのは孤独じゃないって」
何とも素敵なエピソードだ。
「オーナーさん、とても良い方ですね」
美空の呟きに、イーシャはこくりと頷く。
「お客様も。何か夢があるなら、誰かに頼ってみてはいかがですか? きっと手を差し伸べてくれると思いますよ」
「……そうですね。今はまだ明確な夢はありませんが、いつか夢ができたらその時は頼ってみることにします」
皇国では夢を見る余裕なんて無かった。そして今も世界を敵に回して逃亡中の身、夢を見られるような状況じゃない。
でも、だけど。もしいつか、平和で幸せな暮らしが出来るようになったら。
その時は自分も、何か夢を見つけ、色んな人にサポートしてもらいながらその夢を追いかけてみたい。
そんな未来に思いを馳せていると、急に眩しい光が差し込んできた。
「お客様、朝日が昇ってきましたよ」
イーシャの声に、美空は思考を中止し意識を引き戻す。
すると目の前には、言葉では言い表せないほどの美しい日の出の光景が広がっていた。
私の物語、いかがでしたでしょうか? もし続きが気になったのなら、ブクマ登録や評価等してくれたら嬉しいです。by漆原美空




