21話目
《38日目(5月8日)午前9時30分 残LP323》
勝負の朝だ。根拠は何も無いが、行けそうな予感というわずかな高揚感とダメだったらどうしようかという多大な緊張感が混じっている。浮き足立っている、落ち着かなければと思うが呼吸は定まらない。
気がついたときには今日の目的地、いつもの森の前で足が止まっていた。自分で自分を落ち着かせる、大丈夫だ心配することはない、頼りになりそうな武器じゃないか。失敗したって大丈夫だ、これだけの調合レベルを有しているプレイヤーなんて存在しないじゃないか。
こんなことを考えている時点で落ち着くはずもないのだが、森に足を踏み入れたときに雑念が少しづつ散っていく。なんだ、いつもの森じゃないか、という現実感が奇妙な感情と相容れない、逆に冷静になりすぎていく気がする。いつも通りに行こう、そう思っていつもの歩幅で歩き出した。
見つけた。もう何匹倒したか分からないモンスター、ファングウリボーを川のほとりで発見した。牙のついたイノシシの子供で、攻撃は突進というシンプルなモンスター。相当な距離がある段階で見つけることができたのは幸いだ、ゆっくりと属性付加スキルを発動することができる。使うのは一番数の多い強猛毒でいいだろう、強猛毒の瓶を1個消費し、強猛毒の矢が20本出来上がった。
期待と緊張と夢と希望と不安や他の形容しがたい感情を抱えながらファングウリボーに近づく。弓スキルも上がり射程距離も長くなった、射程圏内だ。俺の奇妙な感情は他所に慣れた手つきで弓を構える。ああ、そういえば一週間ぶりなんだな、と今考えなくてもいいことを考えながら弦から弓が離れる。
ブルーノ=フェルセン→ファングウリボーへの攻撃 HIT!
ファングウリボーが鳴く。闘牛士のように近づいてから横に避ければ難なく避けられる突進、その光景を何度みたことか。近づいてくる間に武器を槍と盾に変える。あらよっと。
ファングウリボーの突進を避けると俺の後ろの大木にぶつかった。幸先がいい、これでファングウリボーは目を回して少しの時間スタン状態になる。距離を詰めて槍スキルを叩き込み、ファングウリボーのHPを削る。立ち直ったファングウリボーの2回目の突撃、慣れた要領で身をかわし、またスタン状態にしようと大木の手前に陣取った・・・のだが。
ズザザアァァァァァァッ
ファングウリボーは2回目の突撃でこちらに振り向く前にこけた。あれっ、何でだ。
ファングウリボーは立ち上がらない。ここで思い当たる、これが強猛毒の効果なのか?ともあれ、これはチャンスである。近づくのはちょっと怖いので弓を構え、付加していない銅の矢を取り出し構えたところ表示が変わっていることに気づく。モンスターの名前が青色に表示されている、このRFZでは白色が生きている状態、青色が死亡しドロップアイテイムを拾える状態であるという意味だ。つまり……。
し、死んでる。
えっ、本当に死んでいるのか?ファングウリボーは俺の槍スキル1回程度で倒れるほどHPは低くない。ちょっと不安になる、本当に死んでいるのか、実は死んだフリ……なんて器用な真似するモンスターでもないよな。そもそも青いのだから間違いなく死んでいるのだ。
一応槍と盾を構えてファングウリボーに近づくも確かに死亡状態になっているようだ。アイテムを剥ぎ取るのを後回しにして川のほとりの岩に腰掛け少し考えてみる。
ファングウリボーの不自然な死、この直接要因は何?
①ファングウリボーは他のプレイヤーと交戦、プレイヤーが死んだか逃げ出したかでHPの少ないファングウリボーになり俺が出会った。
②俺のレベルアップにより攻撃力が上昇し、ファングウリボーを余裕で倒せるようになっていた。
③強猛毒の効果でファングウリボーを殺した。
うーん、まず無いのは②かな、武器は変わってないしSTRも上がってない。DEXは上昇したがあのような劇的な変化は起きないだろう。となると、①か③なのだが、①に関してはあと何匹か試験してみれば分かるので、ファングウリボーのドロップを剥ぎ取ったら次のモンスターを探しに行こうっと。 ガサッ
ん、何か音が。振り返るとそこにはエゾベアーが2匹とミニエゾベアーが1匹、あ、ご家族ですか。
いや、ヤバいって。エゾベアーはヤバい。タイマンでも強いからごく稀にいる2匹ペアとか発見即逃亡していたのに、まさか先に発見されるとは。というか冷静に考えて見晴らしのいい川の近くで腰かけて考え事なんて何してるんだよ俺は。
逃げるのは厳しい、エゾベアーは意外と素早いからだ。戦うのはいいが勝てるか?向こうのエゾベアーファミリーは会話でもするかのようにクマァ、クマァと鳴いている。ちなみにリアル熊もクマァと鳴いているように聞こえるらしい、おそらく今はこんな会話をしていることだろう。
パパ熊「ほう、今日の餌は人間だな。しかもファングウリボー付きだぞ」
ママ熊「もう、カモがネギをしょってきたみたいね」
ミニ熊「パパーおなかすいたー」
パパ熊「よーし、パパはりきっちゃうぞー」
ママ熊「あなたはここで待っているのよ、すぐに終わるからね」
ミニ熊「はーい」
(クマ語意訳:ブルーノ=フェルセン=ダイクン)
俺は……俺は死ぬわけにはいかない!弓と強猛毒の矢を掴み取り
因果の逆転(命中)!
ブルーノ=フェルセン→エゾベアーへの攻撃 HIT!
左のエゾベアーに強猛毒の矢が刺さり、2匹のエゾベアーが俺に向かって駆け出してくる。
STの消費を渋って勝てる相手ではない。全力で戦わざるを得ない敵、消耗を惜しむな、攻撃される前にST回復のポーションを体にぶちまけて、今まさに肉薄せんとするエゾベアーを迎え撃つ。
体格差と筋力差が如実に現れる。振り下ろされた右腕の衝撃は、盾を貫通し俺の左手に響き後ろへの後退を余儀なくされる。2匹の正面に立つのは危険だが、挟み撃ちにされた場合盾のガードがしにくく、エゾベアーが俺の肩を叩く手は俺を死へと誘う死神の肩叩きになる。時間を稼ぎたい、先ほどのファングウリボーの死が強猛毒の効果によるものであるならば、時間は俺のかげがえのない援軍だ。
エゾベアーのうなる左手をガードする際に俺は技を繰り出す。
ガードダッシュ!
盾の技であり、敵の攻撃のガードに成功した際に一方向に移動できる技だ。俺は後ろに後退し、矢の刺さったエゾベアーを見るが、血走った瞳はこちらを睨み付けている。本当に毒が効いているのか分からない、しかし攻撃を積み重ねて倒れないモンスターはいない、毒はダメで元々と過剰な期待はせず、今勝つことだけを考える。
無傷のエゾベアーの上段からの攻撃を盾でベクトルの方向を変える、体勢を崩したところを槍で攻撃、クマが痛がっている。
なんだいけるじゃないか、右隅に移る黒い影、もう1匹はこっちに移動したのか、体当たりを仕掛けられ思わず出た槍と盾を交差させるように構えて受ける。重いっ、体重が全身にかかり、俺の頭に腕が押し付けられる。クソがっ、なんとかその場を離れたところで、エゾベアーの倒れる音が響く。体重をかけてきたんじゃない、倒れる方向を決めるのが限界だったのか。
生きてはいるが虫の息か?倒れたエゾベアーの表示が青くなっていないのを見てそう判断する。この判断は間違っていない、ただタイミングが悪く、もう片方の攻撃に対する反応が遅れて、横薙ぎの衝撃が俺の左腕を襲い、吹き飛ばされる。
防具を買い換えたこともありダメージはそこまで大きくは無い。盾が偶然間に入っていなければ更にダメージを受けていた、という幸運もあった。ダッシュスキルを使い、エゾベアーとの距離を取りつつ弓矢を取り出し、静止したところで中心を狙って放つ。エゾベアーが吼える、痛みからか同属を失った悲しみかからか。でもそんなことはどうでもいい、相手の事情よりも優先すべきことが俺にはある。しばらくして2匹目のエゾベアーが倒れる、槍で頭部を突き刺し表示を確認、どうやら倒したようだ。最初に倒れたエゾベアーはすでに青くなっていた。
ミニエゾベアーのいた方向を見たが、その姿はなかった。2匹が倒れたのを見て本能で逃げ出したのだろうか。無理して追うことはないだろう、この2匹のアイテム剥ぎ取りが先だ。HPST共にまだ余裕だが、それは強猛毒によって戦闘が早期終了したためだ。本来このエゾベアーはHPが高く持久戦になるので終盤になるとSTがカツカツになり、そのせいで技を出せなくなり苦戦することになる。これだけの短期決戦に持ち込めたのは強猛毒様様としか言いようが無い。
そして俺は確信する、俺は賭けに勝った。俺の森で過ごした狩りの日々や地獄のような調合漬けは無駄にはならなかった。笑みがこぼれる、まだ何も終わったわけではない。ただ、嬉しかった。今だけはこの感情の余韻に浸りたい、そんな気分だった。




