第一幕:出た
神棚に供えるようにと母が僕に持たせたのは、僕でも知っているレベルの、めちゃくちゃ高いワインだった。
……まじかよ。何考えてるんだ。
「……未成年に酒なんて持たせて……」
僕は、ずっしりと重い瓶を見つめる。これ、先生に見つかったらどう言い訳しよう……。まず初めに浮かんだのがそれだった。万が一にも、飲酒を疑われようものなら、この夏の大会なんて、即棄権だ。それどころか、来年エントリーできるかどうかすらも危うくなりかねない。そんなわけにはいかない。
いやでもこれ、もうこのまま放置するのが一番いいんじゃないか?何を聞かれても、知らぬ存ぜぬで押し通す他ないよな。……うん。そうしよう。
そうと決まれば、さっさとやることを終わらせて、ここから離れよう。僕は取り出したワインボトルを、そっと神棚の真ん中に供えた。そして神棚の前に立って、礼を二回、拍手を二回、そして一回礼をする。よし。これで終わりだ。早く部活に行こう。
そう思って振り返った時だった。ふと、舞台に目がとまった。窓の関係なのか、舞台の上だけライトアップされたように光っている。
早く部活に行かないと。そう思うのに、自然と僕の脚は舞台に向かっていた。近づいてみると、不思議と舞台の上は埃が少ない。これなら上がれそうだ。
「よい……しょっと」
舞台中央から、ひょいっと板によじ登る。改めて舞台の上に立つと、周りがよく見えた。それに、立ってみると余計に朝日に照らされているのがわかる。まるで自分がスポットライトを浴びているみたいだ。
「……」
昨日練習していたロミオとジュリエットの第2幕第1場は、ロミオが舞台袖から現れるところから始まる。仮面舞踏会で、お互いが仇敵同士であることを知らずに恋に落ちるロミオとジュリエット。その二人が、互いの素性を知ってもなお、惹かれ合うことを止めることができない。そこでロミオがジュリエットの家に忍び込んで、ジュリエットに会いに行こうとするシーンだ。
僕は舞台の向かって左そで、いわゆる下手に向かうと、すっと息を吸う。そして、ゆっくりと舞台中央へ向かって姿を出した。
「……言いたいようにいえばいい。奴らはこの痛みを知らないから、好き勝手言えるんだ」
友人にジュリエットのことを揶揄われたので、このセリフだ。この時点で、ロミオはすでにジュリエットに恋をしている。というか、ジュリエットにメロメロで周りの話は何も聞かないし、周りも何も見えていない。
見えているのは、
「なんだ、あの光は?この方角は東、とするならばジュリエットは太陽だ!俺の思い人だ!!」
ジュリエットだけ。だからバルコニーから現れたジュリエットに向かって、ロミオは手を伸ばしながら言い放つ。
「あぁ、なんと美しい瞳だろう。夜空にまたたく星に勝るとも劣らない。いや、きっと星の方が見劣りしてしまう。それほどまでに美しい」
それはジュリエットも同じで、ロミオに気づいていないジュリエットは、ここであの有名な「あぁ……ロミオ……ロミオ!あなたはなぜロミオなの?」のセリフから始まるロミオへの想いをぶちまける。名前がロミオでなければいいのに。そうであれば愛し合うことができるのに、と。それを盗み聞きしてしまったロミオは、
「あぁ、なんて美しい声なんだ。もっと聞いていたい。」
ジュリエットのことが好きすぎて、思わず心の声がダダ漏れになってしまう。当然、その声はジュリエットに聞こえてしまって……。
「だれ?そこにいるのは」
と、ジュリエットは誰かにロミオへの思いを聞かれたれいたことに驚いて、周囲を見渡す。この段階では、まだジュリエットは物陰に隠れているのがロミオだとわかっていない。ロミオはロミオで、先ほどのジュリエットの想いを聞いてしまったせいで、下手に名乗ることができなくなってしまう。名乗れば彼女を困らせてしまうからだ。
「……なんと名乗ったものか……。あなたの好きに呼んでくれて構いませ……ん?んんんん?!?!」
……って、ちょっと待って!!!今、ジュリエットのセリフが……聞こえなかった?
空耳?そう思った時だった。
「ちょっとー!セリフ飛ばすなんて初歩的なことしないでよね!」
舞台には、なんのセットも置いていない。置いていないはずなのに、それはジュリエットがいるであろうバルコニーくらいの高さから、ふわりと僕の前に舞い降りてきた。
「全く!困ったロミオだわ!」
「で、で、で、で……っ!」
ドンっと、僕は尻餅をつく。本来、痛いはずなのにそんな痛みよりも驚きが勝った。人間、本当にびっくりすると、うまく叫び声を上げることができなくなるらしい。なるほど、覚えておこう。
……じゃない!!!
「でたーーーーーーーーーーーっ!!!」




