58.神獣たちの三日間遠征
王都の裏手にある森の外れ。
秘密通路を抜けた先で、悠真たちは空へと飛び立った。
先頭を行くのはノクス。
その背には悠真が跨っている。
白銀の翼を大きく広げ、ノクスは軽やかに空へ舞い上がった。
そのすぐ横には――
大きく成長したアズール。
背にはスピカを乗せ、悠然と翼を羽ばたかせている。
そして少し後方には、影のように静かに飛ぶ黒竜。
三体の幻獣と神獣級の存在が空を駆けるその光景は、
地上から見ればまさに圧巻だった。
まるで神話の一場面のようだ。
青空はどこまでも澄み渡り、雲は高く薄い。
風は心地よく頬を撫でていく。
――普通なら、最高の空の旅だった。
だが。
「ちょ、ちょっと待って!」
悠真の声が風に流された。
「はやくないか!?」
必死にノクスの手綱を握りしめている。
普段より明らかに速度が出ていた。
ノクスの翼が一度羽ばたくたび、景色がぐんぐん後ろへ流れていく。
悠真の身体は鞍にしがみつくような状態だ。
「落ちる落ちる落ちる!」
情けない声が空に響いた。
その様子を見て、横を飛ぶスピカが首を傾げる。
「そう?」
どこ吹く風だ。
アズールの背の上で尻尾を揺らしながら、気持ちよさそうに目を細めている。
「気持ちいいじゃない」
涼しい顔だった。
アズールも楽しそうに翼を広げる。
「風きもちいいよ、パパ!」
むしろ少し速度を上げた気がする。
「上げるな上げるな!」
悠真の抗議は、もちろん聞かれていない。
後ろを飛ぶ黒竜はというと、
そんな騒ぎを静かに眺めながら、余裕で滑空していた。
巨大な翼が風を切るたび、低く重い風鳴りが響く。
その様子は威圧感すらあるが――
どこか楽しんでいるようにも見える。
結局。
悠真の悲鳴を乗せたまま、
神獣たちの一行は空を駆け続けた。
どれくらいの時間、空を飛び続けただろうか。
最初は王都の周囲に広がる平原が見えていた。
やがて森が増え、山が現れ、いつの間にか景色はまったく別のものへと変わっていた。
悠真は必死にノクスの背にしがみついたまま、ようやく顔を上げる。
「……あれ?」
眼下に広がっていたのは、深く切り裂かれた大地だった。
まるで巨大な刃で削られたかのような渓谷。
切り立った岩壁が幾重にも続き、その奥から轟音が響いている。
そして――
「うわ……」
悠真の視界に、巨大な滝が現れた。
空からでもはっきり分かるほどの規模だ。
白い水煙を上げながら、渓谷の奥へと水が落ちていく。
その光景を見て、スピカが小さく呟いた。
「あそこね」
すると次の瞬間。
ノクス、アズール、黒竜――
三体が同時に下降を始めた。
「え?」
急激に近づく地面。
悠真の身体がぐっと前に引かれる。
「え、え、ちょっと待って!」
誰も答えない。
三体は迷いなく、一直線に滝へと向かっていた。
「え、何が?!」
悠真は慌てて周囲を見る。
スピカは落ち着いた顔。
アズールも楽しそう。
黒竜は無言でついてくる。
そして、滝がどんどん近づいてくる。
水しぶきが空中に広がり、冷たい霧が顔に当たる。
轟音が耳を打つ。
「えっ、ちょ――」
滝はもう目前だった。
「ぶつか――!」
言葉は、最後まで出なかった。
ノクスは迷うことなく――
滝の中へ突っ込んだ。
視界が一瞬、白く染まる。
激しい水音。
冷たい飛沫。
そして――
すっと、音が遠のいた。
⸻
悠真が目を開けたとき。
そこは、滝の裏側だった。
だがただの空洞ではない。
巨大な洞窟。
天井は高く、岩壁には淡く光る鉱石のようなものが埋まっている。
薄青い光が洞窟をぼんやり照らしていた。
足元には、古びた石の床。
明らかに自然の洞窟ではない。
人工的に整えられた広い空間。
奥へと続く通路は暗く、どこまで続いているのか分からない。
ノクスが静かに着地する。
アズールと黒竜もその横へ降り立った。
ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる音だけが響く。
悠真はゆっくり辺りを見回した。
そして、ぽつりと呟く。
「……ここって」
スピカが当然のように答えた。
「ダンジョンよ」
悠真はしばらく沈黙し――
「……先に言ってくれない?」
とても疲れた声で言った。
滝の裏から始まった探索は、そのまま冒頭の光景へと繋がっていく。
暗く広い洞窟の中。
岩陰に身を潜める悠真。
その前では――
スピカ、ノクス、アズール、そして黒竜。
四匹がそれぞれ魔法を放ち、ダンジョンの魔物を次々と薙ぎ払っていた。
轟音と閃光。
炎が走り、風が裂き、雷が弾ける。
ノクスが空中から雷を落とし、黒竜が闇の吐息で魔物を押し潰す。
アズールの風が群れを吹き飛ばし、そこへスピカの鋭い魔法が突き刺さる。
その光景は、まるで神話の戦場だった。
そして、その端で――
悠真は岩陰にしゃがみ込み、小さなスライムを枝でつついていた。
ぷに。
ぷに。
「……はぁ」
スライムがぷるんと揺れる。
「どうしてこうなった……」
誰にも届かない呟きだった。
戦闘音がすべてを飲み込んでしまう。
悠真は遠い目をしながら、現実逃避を続ける。
ぷに。
ぷに。
スライムも特に抵抗しない。
むしろ少し楽しそうですらある。
やがて魔物の気配が消え、洞窟に静けさが戻った。
「終わったわね」
スピカが軽く体を振る。
ノクスは翼を畳み、黒竜は静かに周囲を見渡している。
「次の階層いこー」
アズールは元気いっぱいだ。
そうして一行は、さらに奥へ進んだ。
何層目か。
階段を降り、次の空間へ足を踏み入れた時だった。
スピカの耳がぴくりと動く。
「……あれ?」
周囲を見渡し、小さく呟いた。
「人の気配?」
その言葉に、アズールも首を傾げる。
少し目を閉じ、気配を探る。
そして無邪気に言った。
「うん、いるね」
にこっと笑う。
「結構いる」
「結構!?」
悠真は思わず声を上げた。
こんな奥の階層に人が?
冒険者か、それとも――
悠真は少し考える。
そして小声で言った。
「……そっと近づいてみようか」
スピカが肩をすくめる。
「いいけど」
ノクスと黒竜も静かに頷いた。
悠真たちは足音を殺し、
気配のする方へゆっくりと進み始めた。
暗い洞窟の奥。
岩陰から様子をうかがうと、そこにいたのは――
十人ほどの冒険者たちだった。
鎧やローブの装備から見て、いくつかのパーティが合流しているようにも見える。
だが様子がおかしい。
何人かは壁にもたれかかり、
何人かは床に座り込んでいる。
腕に包帯を巻いている者。
肩を押さえている者。
明らかに怪我人もいた。
「……面倒なことになってそうだな」
悠真は小さく呟いた。
正直なところ、あまり関わりたくはない。
こういう状況で顔を合わせると、大抵ろくなことにならない。
助けを求められるか、揉め事に巻き込まれるか――そのどちらかだ。
だが。
「……あれ?」
悠真の視線が止まる。
冒険者たちの中に、見覚えのある顔があった。
リネアだ。
その隣には、いつもの仲間たちの姿もある。
どうやら彼女たちのパーティもここにいるらしい。
悠真は少し考える。
無視して進むこともできる。
だが――
「……仕方ないか」
小さく息を吐いた。
その前に、後ろへ振り向く。
黒竜が静かにこちらを見ていた。
「悪いけど、少しここで待っててくれる?」
低い声で続ける。
「人間、あんまり好きじゃないんだろ?」
黒竜は一瞬だけ目を細めた。
そして静かに頷く。
巨大な身体を岩陰の奥へ下げ、気配を消すように身を伏せた。
それを確認してから、悠真は前へ歩き出す。
ノクス、アズール、スピカも自然に後ろへ続いた。
足音が洞窟に響く。
すると――
何人かの冒険者がこちらに気づいた。
「誰だ!」
剣を構える者。
杖を向ける魔術師。
一瞬で警戒態勢が整う。
当然だ。
こんな深い階層で、突然別のパーティが現れたのだから。
悠真は両手を軽く上げた。
敵意がないことを示すように。
そして、できるだけ落ち着いた声で言う。
「こんなところでどうしたんですか?」
なるべく波風を立てないように。
静かな口調で話しかけた。
その声に反応したのは――
リネアだった。
「……え?」
一瞬、信じられないものを見るような顔をする。
そして目を見開いた。
「ユウマさん!?」
驚きの声が洞窟に響いた。




