閑話 バレンタインSS(アンドレ視点)
場面の日時設定は、第一部最終話翌日ころを想定しております。
約二時間前、「祈祷室へ行くだけだから、ついてくるな」と言い張るジュディを大人しく見送った。
そろそろ戻ってくるだろうと考えていたタイミングで、丁寧なノックが執務室に響く。
少し声を張り「どうぞ」と促せば、黒い騎士服姿の王宮騎士団第二部隊長のシモンが顔を覗かせ、室内を警戒している。
話題にする人物がここにいないかを確認しているのだろうと察し、入室を歓迎する。
「どうしました? ジュディはいませんよ」
「ジュディット様の件で、アンフレッド殿下へ報告に参りました」
「なんですか?」
「今朝のジュディット様は、北のゲートへ向かう計画でしたが、王妃様の伝言を大司教から聞かされ、渋々諦めているようでした。このあとは、王妃様とお茶を楽しまれる予定ですので、王宮内で静かに過ごすと思われます」
「シモンは陛下の命令でジュディの行動を監視しているのですから、僕にまで報告しなくてもいいんですよ」
「いえ、陛下からアンフレッド殿下にも報告するようにと、命令が出ておりますので。ジュディット様が王宮で楽しく過ごしていることを、殿下にも知って欲しいようです」
「はは、そうですか。王宮での生活をジュディが拒んだら、『僕も一緒に出ていく』と、初めに伝えたのを気にしているんですね」
ジュディが捨てられた、あの日──。
王宮内に入るジュディをシモンが確認していた。そうなれば、ジュディを追い詰めた一連の事件は、宮殿内の一室で起きていたのは、疑いようもない事実。
それをトラウマに、「ここにいられない」と言うのなら、ジュディの望む地で暮らすつもりでいた。
そうならずに済み、あらゆる意味でホッとしたが。
事件とは別問題として、目を覚ましたジュディが、僕のそばは「嫌だ」と言うのは想定内で、聞き入れるつもりはなかったけれど。
覚醒直後の彼女から「嫌い」と言われずに済み、どれほど安堵したことか……。
万一に備え、ジュディの格好を透ける肌着一枚にしておいたが、正解だった。
なまじ行動力のあるジュディだ。あの部屋から逃げたあとに連れ戻すのは、骨が折れただろう。
僕の心の中では、今もその姿でいて欲しいのだが、全くもって違う姿をしている。
あろうことか、紺色の上下のパジャマを着込み、催眠魔法で僕を早々に眠らせてきた。
鉄壁の防御にでるジュディとは、ナグワ隊長が拡散させたデマに近づくまで、まだまだ道のりは遠い。
それでも、その直前にツンツンと突ついて腕枕をねだるあたりは、僕の近くもまんざらではないようだ。
素直でいて素直じゃないジュディの反応に、幸せを感じるのだから、僕も存外に単純な男だなと思えてしまう。
「陛下はアンフレッド殿下に、言葉では伝えきれないほど深く感謝されておりますので、その気遣いかと存じます」
「それなら遠慮なく僕も、ジュディの行動をシモンから報告してもらいますか」
「今後、陛下への報告の際には、殿下の元へもうかがいます」
「彼女の行動を女中に監視させているんですが、彼女たちはあっという間に撒かれてしまいますからね。目を離すと何をしているか分かりませんので」
「やはりよくご存じで。間もなくバレンタインですから、ジュディット様が騎士たちに肉を振る舞うために魔猪を捕まえたくてうずうずしていて、これから先が思いやられます。この時期は、一歩も引いてくれないので、悩ましいですね」
「ん? 第二部隊はこれまでも、ジュディと一緒に結界の外に出ていたんでしょう?」
「とはいえ、これまでは長くて数時間ですからね。それに魔猪は国境範囲内で都合よく見つかりませんし……。毛皮になる魔狼の捕獲で、我々にとっては十分な収穫なんですが」
「あー、確かに魔犬や魔狼は多いですが、魔猪はあまり遭遇しないかぁ……」
「今のジュディット様は、公式的な婚約者ではないので政務をされておりませんから、時間の制約がないぶん、捕まえるまで帰ろうとしないでしょう。ですが結界の外でジュディット様に付き合えるのは、我々は数時間が限界ですからね……。迂闊に出てしまえば、同行する騎士たちの魔力が持ちませんので、王都内に引き留めるのに苦労しそうです」
「はは、シモンには迷惑をかけますね」
「ちなみに殿下の好きな食べ物はなんですか?」
「それを聞いてどうするつもりですか?」
「実は先程……。ジュディット様へ、『騎士たちの魔猪はいらないから、今年は殿下のためにお菓子を手作りしてみてはいかがか』と、提案したんですが、『殿下は食べてくれないから』と相手にされませんでした。殿下の好きなものなら検討してくれると思ってですね……」
ジュディであれば、そんな反応をするだろうなと、心当たりのある出来事を思い起こす。
ジュディが初めて作ったコーヒーゼリー……。僕が知らずに拒絶した、あの白いマグカップが時々夢に出てくる。
ジュディが食べたならまだしも、他の男が食べるとは──……。現状、許しがたいことに、ナグワ隊長が唯一、ジュディの作ったゼリーを食した人物になっているのだから。
悔しい……。なんとしても僕も食べたいが、そもそも彼女は厨房に立ち入るような身分でもない。
作って欲しいと頼むのはそもそも間違っている。そのうえ、僕のために特別なことを二度とするなと告げた。
それも紛れもなく僕自身の口で……。
僕の作って欲しいものを伝えて、「いやよ。作らない」と言われたときの落胆が耐えられそうにないから、ここは素直になるべきか。
「元々僕は食べ物に好きも嫌いもありませんので、ジュディの好みに合わせているだけですからね。暇を弄んでいるジュディが結界の外に行くときは、僕が付き合いますよ。ジュディとバーベキューする約束をしていますし」
「ですが殿下もお忙しいのでは?」
「もちろん時間はないですが、一日だけなら無理をしてでも作ります」
視線を机に落としたシモンが不思議そうな顔をすると、訊ねにくそうに口を開く。
僕の目の前に、ボウルや泡立て器の調理器具に、チョコレートやらミルクやらも置いてある。
「その~、殿下の机の上にあるのは……。何ですか?」
「ああ~、これはバレンタインの日に僕がジュディにチョコレートアイスを贈ろうと思ってね。そのための練習用ですよ」
「バレンタインデーにアンフレッド殿下が、ジュディット様へ贈るのですか? 女性から男性にチョコレートを贈るイベントですよね」
「シモンは考えが古いですね。イベントは都合よく乗っかるべきですよ。バレンタインデーのあとにはホワイトデーがありますからね、堂々とおねだりを期待できるでしょう」
「ふふ、そんなことをなさらなくても、ジュディット様の性格で、お世話になった殿下へバレンタインに何も贈らないとは考えられませんけど?」
シモンは僕の言葉を訝しむが、先程のシモンの報告で、このまま待っていても僕が期待するものは、届かないと確信を得たところだ。バレンタイン作戦は必須である。
「ジュディは毎年、王都の有名なショコラティエのチョコレートを注文していたようですが、彼と同じ扱いはされたくありませんからね。男心に鈍いジュディなら何も考えずに注文しそうですので止めてくださいね」
「あ……そういえば、バレンタインはそのチョコを買えば間違いないと、先程仰っていましたね」
「でしょうね。シモンからジュディへ、僕が魔猪を食べたがっていると伝えてください。そうすれば、食べる二日前に張り切って捕まえに行くでしょう。その日の都合を空けておきますから」
シモンから、「アンフレッド殿下は欲がないですね」と言われたが、ジュディとの終日デートの日をあらかじめ把握し、堂々とついて行けるのだから、相当欲深いと思うが。
ジュディに余計なことを告げてしまったが、この世にバレンタインというイベントがあることに感謝し、チョコアイスのレシピに目を通す。
今回はバレンタイン先取りSSの投稿でした!
本編開始までは、今しばらくお待ちください。




