二人の縁談
いつものように王宮に出ると、王妃様に声をかけられた。
「イベリスちゃん、勉強はどう?」
「難しいことも多いですが、先生方が優秀でいらっしゃいますので、私でも何とか」
「そう、頑張ってね。ところで、今日は講義が終わったら私の部屋に来てくれる?ちょっと相談したいことがあるのよ」
「かしこまりました」
相談したいこととは何だろうか。結婚式のことかしら…
講義が終わって王妃様の部屋に通されると、王妃様手ずからお茶を淹れてくれる。
「ねぇイベリスちゃん、私、あなたが王太子妃になってくれること、とても嬉しく思っているのよ」
「光栄でございます」
「イベリスちゃんと出会って、クレイは変わったわ。表情が豊かになったように思うの」
「クレイのこと、よろしくお願いね」と王妃様に手を握られ、感動しながら「はい」と答えると、王妃様が耳元に口を寄せる。
「ところで、トバイアスとは本当に何もなかったの?」
「ごっ、ございません!」
「そうなの…あったとしても、私は過去のことはとやかく言わないわよ」と王妃様がいつかのようにいたずらっぽく笑い、「実はね、そろそろトバイアスの結婚相手を考えないといけないと思っているの。もういい歳だから」と続ける。
「それは…トバイアス様も承知なさっているのですか?」
「まだ本人には何も。無理やりさせるつもりはないの。トバイアスの心の整理がついてからのほうがいいしね」
やはり王妃様はトバイアス様の気持ちをご存じだ。私たちの間には本当に何もないし、トバイアス様は栞はもう使わないと言っていたけれど、もしかしたらまだ…
「私はアイリシアちゃんがいいと思っているの。年齢も家柄も、きっと性格も合うわ。凸凹のほうが上手くいくというのが私の持論なの。どう思う?」
アイリシア様…確かに年齢も家柄も適当だ。でもアイシリア様はセネイ様に夢中のはず。あの気の強いアイリシア様が、家柄なんて関係ないと言っていたアイリシア様が、セネイ様のことを諦めて、ほとんど交流のないトバイアス様との縁談をすんなり承知するとは思えない。
けれど、私が口を挟むとややこしいことになる…アイリシア様なら、望まない縁談ならきっぱり自分で断るだろうし、王妃様もそれでアイリシア様を責めたりするとは思えない。
「アイリシア様は…王妃様がおっしゃる通り年齢も家格もふさわしいと存じます。あとはお二人のお気持ち次第かと」
「そうよね。トバイアスの決心がついたら、ホークボロー家に打診しましょう。きっとアレン様もデイジー様も喜ぶわね」
数日後、トバイアス様は縁談を了承した。ホークボロー家からは縁談を喜んで受け入れるという返事があり、私の予想に反して、二人の婚約があっさりとまとまってしまった。
トバイアス様はきっぱり私のことを諦めるとおっしゃっていたからまあ驚きはしないが、あのアイリシア様があっさり縁談を受け入れるとは…
「アイリシア様、どうしてトバイアス様との縁談を承知なさったの?セネイ様に夢中だったのに」
お茶会を名目にアイリシア様を呼び立てて、私は尋ねる。ビオネッタ様も誘ったが、大学が忙しいと断りの返事が来た。「実は…」とアイリシア様が打ち明けてくれた話に、私は驚愕した。
セネイ様には結婚間近の婚約者がいたのだ。「あんなに誠実そうに見えたのに…」と言うと「セネイ様もわざと黙っていたわけではなかったんですの」とアイリシア様。
「思い返してみれば、お会いするときはいつも私ばかり話していて、セネイ様には説明するチャンスがなかったのですわ。私、舞い上がっていたのです。とても恥ずかしくて」
「アイリシア様…仕方がありませんわ。恋をしてしまったのですもの。私がアイリシア様だったとしても、同じように舞い上がってしまったに違いありませんわ」
「ええ、そうですわね。ありがとうございます」と勝ち気なアイリシア様が、弱い笑顔を見せる。いつもの、大輪の花が咲いたような明るい笑顔ではない。
「それで、今回いただいたお話は渡りに船でしたの。私にとっても両親にとっても。いいお話だわ。トバイアス殿下とはお話ししたことがないけれど、いい方だということですし」
「ええ。穏やかで優しくて親切で、とてもいい方です」
ふうっとアイリシア様がため息をつき、私に言うともなく、独り言のように呟く。
「思っていた結婚とは全然違うわ。私、幸せになれるのかしら」
「ええ。トバイアス様となら、きっと。アイリシア様もトバイアス様も幸せになれますわ」
私はアイリシア様の手を握って、祈りを込めて頷いた。
次回からしばらくアイリシア目線でのアイリシア&トバイアス編です。
番外編っぽくなります。




