第1話 田舎のマイホームと野良ダンジョン
「ふう、ようやく帰ってこれた」
2ヶ月ぶりの我が家に着いたのは辺りが真っ暗になった頃。
念願のマイホームを購入して以降、この家で過ごすことができたのはまだ数日のみ。まだ自分の家という実感が湧かない。
木造平屋建ての一軒家。ここがイツキの家だ。やや古いが少し手を入れただけで問題なく住める程度には状態がいい。
イツキの購入した家はとある地方の深い山奥にある。そして所有する土地は家だけでなく、周辺の山や土地一帯も含まれている。これはイツキが誰にも邪魔されない田舎生活を望み、予算と条件に合うような場所を探した結果だ。
ここら一帯で住人はイツキただ一人。ここから一番近い隣人は、車で30分以上離れた隣町に住んでいる。いわゆるテレビでよく見るボッチの一軒家というやつだ。ここに住むにあたって、唯一の難点は買い物が不便なこと。だがそのおかげで相場よりも安く手に入れることができたのでプラマイゼロだと考えている。
ちなみにイツキがホームにしていたダンジョンは都市部あり、ここからかなり距離が離れていた。そのため、この家から毎日通うことは難しかった。以前ダンジョン近くに借りていた部屋はこの家を購入する資金に充てるためにすでに引き払っていた。
その結果、ここしばらくの間はイツキはホームのダンジョン内で泊まり込みで過ごす羽目になっていた。それは自業自得だろう。無計画だと言われればそれまでだが、後悔はしていない。こういうのは勢いが大事なのだ。
そうして帰ってきた念願の我が家だが、まだ家具も揃っておらず閑散としている。購入して以降、ほとんど手つかずで放置していた状態だったし、荷物も最低限しか持ってきていないので当然だ。
といってもイツキは元々大して荷物を持っていない。家具を除き、今ここにある荷物で全部だ。なので前に住んでいた部屋もこことあまり変わらない状態だったりする。
イツキは別にミニマリストという訳ではない。ただ探索者という仕事柄、万が一に備え、必要な物以外は荷物を持たないようにしていただけだ。身寄りのないのイツキには頼る存在はおらず、自分のことは自分で何とかしないといけない。物が少ないのは自分がいなくなった後、他人に迷惑が掛からないように心掛けていた結果だった。
イツキが探索者になったのは、自身に探索者の適性があったこと、そして手っ取り早くお金を稼げたから。夢である自分の家を手に入れるための一番の近道が探索者だったのだ。
そして念願だったマイホームをついに手に入れた今、もうリスクを冒す必要はない。あとは細々と暮らしていけるだけ稼げれば十分。探索者は引退はしないが無理はしない。こういうのは引き際が肝心なのだ。
先のダンジョン探索の報酬で、全ての支払いが終わったのでようやく自由になれた。それに思ったよりも稼げたので、しばらくの間はダンジョンに行かなくても良さそうだ。
翌朝。
庭に出たイツキは気持ちの良い朝日を浴びる。様々なしがらみから解放され、気分は最高だ。いつもならダンジョンの中で探索を始めている時間だが、もうそんなことをする必要はない。ようやく平穏を手に入れたのだ。
ググっと伸びをしていると、
「ニャ」
垣根から猫は現れる。
「おはよう、クロ」
イツキの前に現れた黒猫はこの辺りに住む野良猫。イツキはクロと呼んでいる。どこからやってきたかは不明だが、この辺りにはイツキ以外に人はいない。首輪もないし、少なくとも飼い猫ではないのは確かだろう。
この辺りでは数少ないご近所さんということもあり、クロとの関係は挨拶するくらいには良好だ。
「ニャ」
クロはイツキの足元にやってきて、イツキのズボンの裾に引っ張る。どうやらクロは何か見つけたらしく、イツキをそこに連れていきたいらしい。
「わかったわかった。ちょっと待って、着替えてくる」
イツキは着替えるとクロの後を追いかけた。
クロはイツキの家のすぐ横の山へ入る。そういえば山の見回りも必要だなとイツキは思い出す。イツキの所有する土地には野生動物が生息している。その中にはクマやイノシシといった危険な動物も存在する。
探索者の力は地上でも適応されるので、イツキはクマ相手に後れを取ることはない。それに散々モンスター相手に戦ってきたのだ。今更クマなんかにビビるわけもない。
しかしクマが隣町に移動してしまうと厄介なことになる。このあたりで戦える人間はイツキしかいないからだ。最近ではクマ、イノシシの事件が増えていると聞く。もしイツキの管理する山から移動したクマが原因で事故が起きてしまっては大変だ。
イツキはクマ対策を考えておこうと心のメモに書いておく。
クロに案内され山道を進む。クロは普段から山に出入りしているためか険しい山道を難なく歩く。おそらくクロは一般的な猫と比べると体力があると思われる。流石野生の猫、たくましい。
そして到着したのは山の中腹あたり。ここは見通しの良い場所で、木々の間から入る陽の光が心地良い。クロはお昼寝スポットを教えてくれたのだろうか。イツキがそう思っていると、
「ニャ」
クロがイツキを呼ぶ。クロの視線の先には山にポッカリと開いた洞窟の入口が見える。
「あれ?こんなところに洞窟あったっけ?」
イツキはこの土地を購入する際、事前に周辺の地形は確認している。その時にはこの場所に洞窟なんてなかったはずだ。ただの見落としなら問題ないが、念のため確認する必要がありそうだ。
クロは迷う事なく洞窟の中へ入っていく。イツキもそのあとを続く。
洞窟の中は一見普通のように見える。が、探索者であるイツキはただの洞窟でない事を肌で感じていた。わずかにだが魔力の気配を感じる。
(…野良ダンジョンか?でもクロは平気そうだし、…念のため用心しておくか)
神経を尖らせるイツキとは対照的にクロは無警戒でどんどん先に進んでいく。
洞窟を抜けると広い草原に出る。洞窟から外に出た訳ではない。ここは洞窟内だ。やはりここはダンジョンで確定だろう。しかも未発見の野良ダンジョン。
草原の広さは野球場くらいで、洞窟内なのに青空が見える。周囲は短い芝生しかなく、見晴らしが良い。クロは草原へと駆け出す。
「クロ、危ないぞ」
すぐに追いかけたいがここはダンジョン。不用意に行動するのはマズい。
イツキはすぐに探索魔法を発動させる。周囲にモンスターがいないか調べるためだ。近くにモンスターの姿は見えず、気配もないがここはダンジョン。何が起こるかわからない。
イツキを起点にソナーのように魔力の波が草原に広がる。
(モンスターの反応は、…無しか。ここはセーフティエリアなのか?)
探索魔法の結果、この階層にはモンスターの反応は無かった。おそらくこの階層全体がセーフティエリアなのかもしれないとイツキは判断した。
クロのもとへ向かうと、無防備にくつろいでいた。ヘソ天姿で寝転がっている。この様子を見るにクロは何度かここに来ているのだろう。動物はダンジョンに入るのを嫌がると聞いたことがあるが、クロは全然平気そうだ。謎だ。
イツキはその後、この階層を一周して確認してみたがモンスターは一匹もおらず、あったのは次の階層へと続く階段のみだった。
階層丸々セーフティエリアなのは全く聞かない訳ではないが、あまり見ないタイプだ。
「なぁクロ。この先にある階段には行ったか?」
イツキは奥にある階段の方を指差し、クロに尋ねる。
「ンニャ?」
クロは何それ?といった感じで首を横に傾ける。イツキの言葉を理解しているのかはわからないが、この様子だと先には進んでいなそうだ。
ともかくここがダンジョンと判明したからには調査しないといけない。重要なのはダンジョンの難易度だ。イツキの手に負えない場合は早急に対応が必要になる。
「クロ、ここで留守番しててくれ」
「ニャ」
クロに一声かけたイツキは、次の階層に続く階段の方へと向かった。




