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第6話:眠たげな職人少女


「で。説明してもらえる?」


 ミレイは興味なさそうに言った。


 だがその目は、まるで興味がない奴のそれじゃなかった。

 眠そうなくせに、こっちの呼吸まで数えてそうな目だった。


 視界の端で、ウィンドウがぺこんと開く。


---


【人物情報を更新しました】


【名前:ミレイ】

【所属:職人街】

【職業:染め師】


【脅威度:???】


【警告!:軽く見ると危険です】


---


 ……。


「……何か見えたの?」


 アンジェリカが小声で言った。


「いや、あいつ、たぶん普通の職人じゃない」

「知ってるわ」


 だろうな。


 ミレイは棒の先で、足元の石畳をこん、と叩いた。


「で。どこから説明してくれる?」

「しないわ」


 アンジェリカが即答した。


「あなたに話せることは何もない」

「へえ」


 ミレイは少しだけ首を傾げた。


「一年も私らの街に居座って、毎晩毎晩、お空ばっか見てた宮廷の子が?」


 その言葉で、空気が変わった。


 ミレイは肩をすくめた。


「こんな辺境に突然、お城勤めの超エリート様方がズカズカやってきて、我が物顔で根を張って、何してるかと思えば天体観測。冒険者ギルドの方では色々ドンパチやって、私らも何かと、金にならない仕事ばっかやらされて———そんで、今度は胸の光る男まで連れてきた。それも、こんな夜中に。私らの拠点のど真ん中に。

 ———ねえ、興味持つなって方が無理と思わない?」


「……」


「お上の連中は、みーんな揃いも揃ってアン様アン様。騎士団もそう。

 私らや冒険者は、いい迷惑だけかけられて、訳のわかんないまま、色々やらされてるわけよ。そこのところ、わかってはくれてんのかね?

 もうそろそろ抗議活動も疲れてきたんだけど?

 お上の方もこれ以上、ことを荒立てたくはないんだろう?

 うちももう、死人を出したくはないんだよ。

 せめて、事のあらましくらいは教えてくれてもいいんじゃないの?


 えぇ? 聞いてんのかい? 宮廷魔術師様?」


【新情報を確認しました】

【スズ・M・アンジェリカ】


【所属:王都】

【任務:天体観測?】

【評価:超エリート】

【人間関係の構築:下手】


【備考:怒らせると危険】

【TIP:もう怒っています】


 知ってる。


「……ハヤシ」


 アンジェリカが低く言った。


「何」

「先に言っておくけど、しばらく口を開かないで」


「お、おう」


 な、何が起きるんだ……?

 お前あんまり無理するなよ、コミュニケーション下手なんだから……。


 きっと今までにも色々あったのだろう。色々と。


 ———と思った矢先だった。


 俺たちの背後、さっき這い出てきた排水口のあたりで、がり、と嫌な音がした。


 ミレイの目が、ほんの少しだけ細くなる。


「まだいるんだ」

「二体いるわ」


 アンジェリカが簡潔に答える。


「一体は地下で足止めした。でももう一体は———」


 言い終わるより早く、排水口の鉄蓋が内側から持ち上がった。


 ぬるりと白い目がのぞく。


 犬に似た、骨ばった、月光みたいな目の化け物。


 近くで見ると、本当に不気味な見た目だ。


「下がって」


 アンジェリカの指先が赤く光る。


 だが、その一歩前に。


 ミレイが動いた。


 眠そうな顔のまま、肩に乗せていた棒を、すっと前へ払う。


 その瞬間、洗い場のあちこちに干してあった染め布の陰から、何本もの糸が走った。


 赤、青、黒、白。

 夜気の中で見えなかった細い糸が、一斉に獣へ絡みつく。


「え」


 俺は間抜けな声を出した。


 獣が飛び出しかけた姿勢のまま、がくん、と横倒しになる。

 四肢が、首が、胴が、見えない糸で石畳に縫い付けられたみたいに動かない。


 ミレイは棒をくい、とひねった。

 獣の鼻先が、石畳に叩きつけられる。


 甲高い悲鳴。


「うるさいな」


 ミレイは言った。


「夜中なんだけど」


 彼女は淡々としていた。

 そのまま足元の木桶を蹴る。

 中身――濃い藍色の染液が、獣の頭からぶちまけられた。


 じゅっ、と煙が上がる。


 声なき絶叫。

 獣が暴れて、さらに糸が締まっていった。


 黄土色の煙がもうもうと立ち込める。

 肉の溶ける音と、場違いなほどに甘い香り。


 やがて、その白い目がぐらりと揺れて、動かなくなった。


 ———沈黙。


 俺はゆっくりとミレイを見た。


「……職人?」

「職人だけど」

「今のは……」

「染め物だよ」


 絶対違う。

 アンジェリカが、浅く息を吐いた。


「……」


 背筋に冷たいものが走った。


 先ほどまで、アンジェリカとミレイは剣呑な雰囲気だったが……。

 これ、アンジェリカは突破できたんだろうか?


 いつものアンジェリカならともかく、ここまで消耗した上で、俺という荷物を抱えて———


 

---


【無理です】


---


「……」


 機械的で、無慈悲な結論を、俺は見つめることしか出来なかった。





 アンジェリカは倒れた獣を一瞥し、それからミレイを見る。


「口止め料なら出せないわよ」

「いらないわ。口外するし。

その代わりと言ってはなんだけど、

こっちはもう、とっくに我慢の限界なんだけど」


 声色が変わった。

 それまでの、少しだるそうで、少し笑ってるような調子が消える。


 ミレイは撹拌棒の先で、俺を指した。


「それでリーチ」


 そして、犬の死体を指した。


「それで終わり。私だけじゃないわ。これはこの街の意思よ」

「薬師も鍛冶屋も、みんな『最近おかしい』って言ってる。職人は敏感なんだよ。火も水も、匂いも、色も、流れも読むからね」


 そこで初めて、ミレイは俺を見た。


「それ。ちょっと抱え切れるもんじゃないわ。少なくとも、この街じゃあね。

もしそれでも無理やり抱え込ませようっていうんなら———」


 アンジェリカは、それを遮るように短く息を吐いた。


「最初から、そのつもりよ」

「へえ」


「この街に彼を長く留める気はないし、私も、これ以上この街に留まる気はないわ。

私も暇じゃないのよ。

ことの整理がついたら———そうね、明後日にでも動くつもりよ」


「———どこへ?」


 一瞬の沈黙。

 アンジェリカは答えた。


「王都」


 俺は止まった。

 しかし口は開かない。


 王都。王の都。

 王様がいるやつ、だよね?


---


【TIP: はい。 あの、かしこさ、下げときましょうか?】


---



 ———ミレイは、ふうん、と小さく鼻を鳴らした。


「まあ、妥当だね。『そんなの』辺境でこっそり隠すより、王都で囲う方がまだ筋は通る」


 俺の胸が、じわっと熱くなる。刻印のせいか、言葉のせいかはわからない。

 ……おい、システム。俺ってそんなに大層なもんなの?


【プレイヤー:ハヤシ】

【評価: 少なくとも普通の変態ではなさそう】


 ……せめて不審者と言ってくれ。


「まあ、それを聞いて一安心、かな。

———ただし、王都に行く前に、この街から静かに出られると思わないことだね」

「どういう意味?」

「今夜ここで見たこと、私はまだ誰にも言ってない。でも、言おうと思えば、ものの一時間で職人街じゅうに広められる。

———噂話ってのはね。アンジェリカ。才能なんだよ」

「脅してるの? 私を———宮廷魔術師を」

「ええ」


 ミレイは即答した。


「明け方までに、この街から出ていって。そうしたら黙っててあげる」

「優しくないわね」

「そうかな?」


 ミレイは俺を見た。


「いま生かして帰してあげるだけ、かなり優しくしてるつもりだけど」


 ……。

 やっぱり俺のせい、か。


 ———アンジェリカはしばらく黙っていた。

 怒ってるのか、考えてるのか、その両方か。


 やがて彼女は言った。


「……荷馬車は?」

「一台ある」


 ミレイはあっさり答えた。


「染料と布を王都に運ぶ隊商に、一台混ぜられる。職人ギルドの便。大きな商隊ほど厳しくはないし、うちの顔で一人二人、荷に紛れ込ませるくらいは簡単よ」

「ふーん。手回しがいいわね」

「追い出すなら徹底的に、ってだけ」


 そう言ったミレイは、嫌な感じの笑い方をしていた。


【人物情報を更新しました】


【ミレイ】

【第一印象:感じが悪い】

【将来予測:たぶんまた関わる】


 お、ネタバレかな?

 しかし、訓練されてきた俺は、口に出してのツッコミまではしないのだった。


---


【メインクエスト更新】


【六番目の召喚者】

【新目標:王都へ向かえ】

【推奨レベル:3以上】

【現在のレベル:2】


【TIP:道中でがんばってください】


---


 ……。

 俺はその表示を、じっと見た。


 これは、言うべきだろうか?

 ———言うべきだ、絶対に。


 この場で言わずに、荷物に隠れて王都に送られてしまうと、きっと「道中」でがんばれなくなる。


 逡巡は一瞬だった。


「……なあ、アンジェリカ。俺、王都に行くまでに、ちょっと強くなっといた方がいいかも」

「そう」


 アンジェリカが冷たく返す。


「道中で、その、魔獣を倒したりとか」


 アンジェリカは俺を見た。

 ミレイも見た。


 二人とも、なんとも言えない顔をしていた。


 そりゃそうだろう。

 あまりにも場違いな発言だと、自分でもわかっている。


 けれど……もうメインクエストは、始まっている。


 推奨レベル:3以上。

 推奨というからには、やっておくべきなんだろう。


 なんなら安全マージンをとって、5くらいは欲しい。

 この手のクエストものってのは、そういうもんだ。


 やがてアンジェリカが、静かに言った。


「ええ。たぶん、そういうことになるわね。

冒険者か。宮廷魔術師の護送案件につけられた、数合わせの護衛ってとこかしら。

素人にも使える武器が必要で、防具も軽くて丈夫なやつを着て、弱い魔獣を相手にすれば、この辺りの魔獣ならなんとかなるとは思うわ。もちろん、私のサポートは必要だけどね」


 ———ミレイが肩をすくめる。


「よくわかんないな。爆弾の香りはプンプンするけど。

うちで爆発させるよりは、ちょっと苦労した方が良さそうね」


「服も着替えてもらう予定よ」

「———既製品でよければ用意しましょう。

その……奇妙な生地は気になるけど……それも、遠慮しておきましょう」

「何よ。いつになく大盤振る舞いじゃない」

「思ったよりも、ずっと厄介そうだからね。

 疫病神に今すぐ出ていってもらうためなら、多少は頑張れるよ」


 何かまたバチバチやっているが、そんなことを聞いている暇はなかった。


 今の俺の頭を支配しているのは、レベル上げだ。


 推奨レベル。モンスターを倒してレベルアップ。

 レベルが上がると、RPGみたいにステータスが上がる。


 つまり、強くなる。

 ———ほんの少しだけ、胸の奥が変なふうに鳴った。


 怖い。確かに怖い。

 初日の推奨レベル:98のエンカウントは、今でも軽くトラウマとして残っている。


 でも、それと同じくらい。

 ちょっとだけ、ワクワクしてしまう。

 ゲームみたいだ。

 いや、ゲームじゃないんだけど。死ぬし。


 でも、魔獣にレベルアップときた。

 何かを倒して強くなる。

 スキル生えたり、魔法使えるようになったり。


 俺がそんなことを考えていると、アンジェリカがじろりと睨んだ。


「変な顔してるわよ」

「いや、ちょっとだけ、やれる気がしてきた」

「その自信、どこから来るのよ」


 ミレイが、くつくつと喉で笑った。


「いいじゃん。そういうの、嫌いじゃないよ」


 夜風が吹く。

 染め布が揺れる。


 この街に、長くはいられない。


 明け方までに出る。

 王都に向かう。


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