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第4話:怒れる魔術師に従え(難易度:Easy)


「あんた、このバカ——!」

「ちが、これは勝手に!」


 アンジェリカが立ち上がった勢いで、カップが跳ねた。

 茶がこぼれた。皿が鳴った。その気迫で、店中がビクッと震えた。


 次の瞬間、俺の胸に、手袋越しの手が叩きつけられる。


「——うぐっ」

「黙れ。息を吸うな。心臓を止めて」

「え、無理じゃ」

「息をするな———!!」


 その顔が冗談じゃなかったので、俺は反射で口を閉じた。

 アンジェリカの指先から、赤い光が糸みたいに伸びる。

 俺の左胸——さっき焼けつくように熱く光った場所——に、ぎゅうっと巻きついていった。



【緊急クエスト:怒れる魔術師に従え】

【報酬:たぶん生きる】

【失敗時:たぶん怒られるだけでは済まない】



 店の奥から、店主が顔を出してきた。


「アンジェリカ様? 今のは———」

「誤作動よ。魔術の」


 アンジェリカは振り向きもせずに言った。


「見なかったことにして。今夜の記憶も、できれば消して」

「後半が物騒すぎない?」

「あなたは黙ってて」


 黙った。

 店の客たちは、こっちをチラチラ見ている。

 そりゃそうだ。

 深夜の酒場で、赤毛の美少女魔術師が、パジャマの男の胸を押さえて真顔で脅している。


 アンジェリカは、俺のパジャマの襟を掴んだ。


「立って」

「はい」

「歩いて」

「はい」

「今すぐ」

「はい」


【好感度:1 → 2】

【TIP:その調子です】


 そんな場合じゃない……。


 俺は半ば引きずられる形で、厨房の脇を抜け、裏手の物置に放り込まれた。

 扉が閉まる。

 外の喧騒が、急に遠くなった。


 ———薄暗い。

 冷えた石の匂いがする。

 アンジェリカは乱れた息をひとつ吐くと、俺を壁に押しつけた。


「服をめくって」

「お、おう」

「胸を見せなさいって意味よ! 今すぐ!」

「わ、わかっとるわい!」


 俺はなんとも言えない気持ちになりつつ、パジャマをたくし上げた。


 左胸から、右の横腹にかけて。

 三本の赤い線が、真っ直ぐに走っていた。

 ただの傷じゃない。皮膚の上に描かれたというより、皮膚の下で光っている。

 まるで体の中に赤熱した針金でも埋め込まれたみたいだった。


 光る指先でそれをなぞる。

 アンジェリカの顔色が変わった。


「……三重刻印」

「なにそれ」

「最悪ってことよ」


 即答だった。

 俺はなんだか、余命宣告をされたような気持ちになった。


「それ、そんなにやばいの?」

「やばいわ」

「どれくらい」

「今この国で一番、隠したいものがあなたの胸に出てるくらいには」

「わかりやすいようでわかりにくい」

「召喚印よ」


 彼女は低く言った。


「あなたの話と状況を総合して、あなたが誰かに召喚されたかもしれない———という話とは、まったく別の話。

 あなたの胸にあるその刻印は、また別件で、それ自体が大きな問題なの」


 アンジェリカは三本線を睨んだまま、続けた。


「封印は、間に合わなかった。印は半活性状態にあるわ。今は私との力比べ、それも抑えつけきれてないし、どのみち、ジリ貧ね。あなたは誰かに陥れられたのか———あるいは、天文学的確率を引いたのか———なんにせよ、厄介ね。ほんとに」

「天文学的……」

「要するに、とてもヤバいわ」

「なるほど了解」


 アンジェリカは俺の胸から手を離した。

 だがその目は、さっきまでの「変なのを拾った」から、明らかに変わっていた。


「六番目の召喚者、って出たのよね」

「ああ。勝手にY押された」

「そこはもう聞いた。腹が立つから」

「俺も腹が立ってる」

「でも押したのはあなたの人生の積み重ねでしょう」

「人格攻撃やめろよ」


 彼女は眉間を押さえた。


「……古い記録に、召喚者の話はある」

「ほう」

「でも文書としては多くない。

 なぜか多いのは、地方の言い伝えや伝説。

 こっちは沢山あるわ。登場人物や話の展開は、話によってマチマチだけど、

 ———一つだけ共通してるのは、大抵ロクな結末を迎えない」

「いやな予告だな」

「その上で“六番目”なんて数え方は、私は知らない。それに———」



【新情報を確認しました】

【メインクエスト:六番目の召喚者】

【進行度:1%】

【TIP:まだ長そうですね】



「うるさいな……」

「また何か出たの?」

「『まだ長そう』って」

「誰が言ってるのよ、それ」

「俺の人生を雑に運営してる奴」


 アンジェリカは本気で頭のいたそうな顔をした。

 その時だった。

 新しいウィンドウが、視界のど真ん中に開いた。

 今度は青でも金でもない。

 嫌な白だ。



【警告】

【召喚印の漏出を検知】

【この場所は推定:180秒以内に探知されます】

【TIP:走れ】



 ぞわっとした。


「アン」

「何」

「あと三分で見つかる」


 彼女の瞳が細くなる。


「……それも見えるの?」

「今出た」

「根拠は?」

「俺は今日、何度も死にかけた気がするが、今までこのシステムが真面目に警告したことはない。だから今回はたぶん本当に嫌なやつ」

「説得材料として最低ね」


 言いながらも、アンジェリカは片手を扉に向けた。

 赤い光がすっと走る。

 そして舌打ちした。


「……早い」

「当たり?」

「ええ、悪い方で」


 彼女は一歩、俺に近づいた。


「よく聞いて。今から裏を抜ける。私は隠蔽をかける。でもあなたのその刻印は、狼煙みたいに漏れる。長くは持たない」

「俺は爆発物かなにか?」

「たぶんね」

「おもしろいじゃん」

「それで、もし私が止まれと言ったら止まる。しゃべるなと言ったらしゃべらない。勝手にボタンも押さない」

「三つ目だけ守れる自信がないんだが」

「———死ぬ気で、守りなさい!」



【サブクエスト発生:何かから見つかる前に隠れろ】

【推奨行動:有能そうな女についていく】

【備考:たぶん本当に有能です】



「お前、アンジェリカのこと好きだよな」

「誰に言ってるのよ」


 向こうの喧騒が、扉越しにもわかるくらい、異様な雰囲気になっていた。

 怒号や食器が割れるような音が、小さく聞こえる。

 アンジェリカは一瞬だけ目を閉じ、次に開いた時には、真剣な眼差しになっていた。


「……ついてきて」

「おう」

「あと」

「うん」

「もし私があなたを助けてるように見えても、勘違いしないで」

「その前置きいる?」

「いるわよ! まったく!」


 彼女が床を蹴る。

 物置の奥、樽の陰に手を差し入れると、石床の一部が淡く赤く光った。

 四角い継ぎ目が浮かび上がる。


「うわ、隠し通路」

「違う、搬入口兼排水路よ」

「隠し通路じゃん」


 その時、俺の視界の端に、小さなウィンドウがぽこんと出た。



【発見:非常口】

【あなたはついに文明の裏側を学びました】

【かしこさ+1】



「そんな場合じゃねえ!」


 アンジェリカが蓋を引き上げる。

 冷たい空気が下から吹き上がってきた。暗い。狭い。ものすごく、落ちたくない感じの穴だ。

 鉄の扉がドンドンドンドンと鳴る。

 獣に食い破られるような、吹き飛んでもおかしくないような勢いが、

 しかし何か赤い光のようなもので補強されて、無理やりに抑え込んでるかのような。


「もう来たわね! 先に行きなさい! 5段降りて、静止!」

「うわっ!」


 俺は半分落ちるように、ハシゴにしがみついた。

 続いてアンジェリカも飛び込んでくる。

 蓋が閉まる寸前、物置の扉がぶち破られる音がした。


「———」

「———」


 音が途切れる。

 暗闇の中で、彼女の指先だけが赤く光る。


「じきにバレるわ。落ちないように気をつけて、さっさと降りるわよ」

「これ、どこに繋がってるんだ」

「知らない」

「知らないで入ったの!?」

「今は知ってる道より、知らない道の方が安全なの!」


 なるほど、正論っぽい。


 俺たちはハシゴを降りた。


 細い石の通路だった。足元を浅い水が流れている。


 アンジェリカは肩で息をしながらも、前を向いている。


 アンジェリカの指先から発される赤い光がうなじをそっと照らしていた。


 細い首に、疲れがにじんでいる。


 俺はそれを見て、ふと当たり前のことを思い出した。


 目の前の偉そうな魔法少女は、おそらく年齢だけでいえば、俺と同世代の女の子なのだということに。



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