第2話:門番を突破せよ!(難易度:Normal)
門番の目が、俺を見たまま止まっていた。
そりゃそうだろう。
深夜。城門前。草まみれ。裸足。パジャマ。
どう解釈しても、俺は「事情がある」側の人間だ。
「……アンジェリカ様。その、そちらの者は?」
槍を持った門番が、慎重に言った。
言葉は丁寧だが、目はまったく丁寧じゃない。
俺のことを「そちらの者」としか認識していない。
対して、赤毛のアン———我らがアンジェリカ様は、ひどく面倒そうに答えた。
「そこで拾ったの」
「犬かな?」
「静かにして」
静かにした。
門番が困ったように眉を寄せる。
「身分証の提示を」
「ないわ」
「……その、では、通すわけには」
その瞬間、アンジェリカがローブの内側から何かを取り出した。
月明かりの下で、銀色のメダルのようなものが、きらりと光った。
門番の顔色が変わった。
「し、失礼しました!」
「この件は私が預かる。問題?」
「い、いえ! アンジェリカ様のご同行者様であれば……!」
え、偉い。
俺は思わずアンジェリカの横顔を見た。
なんか偉そうな感じは前からしていたが、どうやら本当に偉いらしい。
【アップデート!】
【スズ・M・アンジェリカ】
【レア度:A】
【クラス:魔術師(見習い宮廷魔術師)】
【社会的立場:思ったよりだいぶ偉そう】
【TIP:口の利き方に注意しましょう】
「お前、いつもタイミングが腹立つな」
「だから誰に言ってるのよ」
アンジェリカが冷たい声で言った。
門番はまだ俺を見ている。
微妙に納得していなさそうな顔だった。
「一応、お名前を」
「ハヤシよ」
「ハ、ハヤシ……?」
「あ、林です」
「姓か?」
「そうです」
「名は?」
そういえば俺、林としか名乗っていない。
一瞬そんなことを考えた瞬間、アンジェリカが先に口を開いた。
「深く聞かないで。本人もよくわかってないみたいだから」
「人を記憶喪失みたいに言うな」
「違うの?」
「……あ、いやっ、そうかも? なんてね。えへへ」
門兵はますます怪訝そうな顔になった。
【隠しクエスト解禁!】
【隠しクエスト:門番を突破せよ!(難易度:Normal)】
【状況:かなり不審】
【推奨行動:沈黙】
もっと早く出せ。
そう言いたかったが、言っても仕方ないので黙った。
アンジェリカは門番に向き直り、いかにも面倒だという顔で言った。
「外に放っておくと死ぬわ。責任を取るのも嫌。だから今夜だけ保護する。それでいいでしょう」
言い方。
だが、門番はそれで完全に折れたらしかった。
「はっ。アンジェリカ様のご判断であれば」
そうして俺は、あっさり城門を通された。
善良な門番のプロ意識は、権力で押し流された。
異世界で初めて学んだことは、コネの大切さである。
【隠しクエスト達成!】
【門番を突破せよ!】
【報酬を計算中……】
【経験値を獲得:EXP +120】
【レベルアップ!】
【Lv.1 → Lv.2】
「おっ」
【ステータス上昇】
【HP:100 → 112】
【MP:10 → 12】
【ちから:6 → 7】
【きようさ:7 → 8】
【けんこう:9 → 10】
【かしこさ:7 → 8】
【カリスマ:4 → 4】
「おおっ?」
【新スキル獲得:異邦人の順応性(D)】
【効果:異世界の環境・言語・生活様式への適応を補正します】
【補足:不審者オーラは据え置きです】
「おぉ……?」
「……」
◆
ヴァルムントの街は、夜でも思ったより明るかった。
石畳の通り。橙色のランプ。まだ開いている酒場。
吐く息は白い。けれど人の気配があるだけで、さっきの草原より百倍マシだ。
俺は感動していた。
「文明だ……」
「大げさね」
「屋根がある場所に感動したことないでしょ、アンジェリカお嬢様は」
「アンジェリカでいいわ」
「えっ」
「その代わり、変な敬称はやめて。気持ち悪いから」
ちょっと傷ついたが、呼び方の許可が出たこと自体は前進かもしれない。
【好感度:-2 → -4】
【備考:減りました】
知ってる。
しばらく歩くと、通りの角にある店へ連れていかれた。
宿、というより酒場みたいな場所だった。木の看板には獣の角みたいな絵が描かれている。読めないが、たぶんそういう系の店名なんだろう。
扉を開けると、食べ物の匂いが一気に押し寄せた。
生き返る。
店内にはまだ何組か客がいて、奥では太った店主が樽を拭いていた。
アンジェリカが入った瞬間、店主が目を丸くする。
「おや、アンジェリカ様。こんな時間に珍しい」
「軽く食べるだけ。あと、この子にも何か出して」
この子。
人権がぎりぎりある呼ばれ方だ。
店主の視線がこっちへ向いた。やはり一瞬止まる。
パジャマだからな。わかるよ。
「……ずいぶんと、その」
「事情があるの」
「だろうなあ」
通された席に座る。椅子がある。机がある。暖炉がある。
もうそれだけで泣きそうだった。
【サブクエスト達成:凍死する前に屋内へ入れ】
【報酬:ぬくもり】
【追加報酬:人権の一部】
「報酬がしみる……」
「本当に大丈夫なの、あなた」
アンジェリカが半分本気の顔で言った。
やがて、メニューらしき板が置かれる。
しかし当然、文字が読めない。いや、読める。読めるんだけど、知らない単語しかない。
煮込みなんとか。香草なんとか。焼きなんとか。
異世界メシ特有の、うまそうだけど正体不明の並びだ。
「おすすめは」
「肉の煮込みと黒パン」
アンジェリカは即答した。
「じゃあそれで」
「飲み物は?」
「とりあえず、お冷で」
……。
……む?
「……おひや?」
店主が復唱する。
どうやら、またやらかしたようだ。
「おひや、って何かしら?」
アンジェリカが言った。
「えっと、無料の水、みたいな」
「無料の、水?」
アンジェリカが、信じられないものを見る目でこっちを向いた。
【カリスマチェック:失敗】
【異文化コミュニケーション:失敗】
【所作:5歳児未満】
【カリスマ:4 → 3】
「下がった!?」
「当たり前でしょう!」
アンジェリカが小声で怒った。
「『無料の水』を注文する客が、どこにいるのよ!」
【好感度:-4 → -6】
……なるほど。
蛇口をひねっても飲めない系の異世界か。
アンジェリカはこめかみを押さえ、心底呆れたような表情で注文し、店主は気まずそうに厨房へ戻って行った。
「……」
沈黙が、重いが?
【状況:かなり不審】
【推奨行動:沈黙】
どうやらここは、待ちの一手のようだ。
まだこの世界に来てすぐだったが、俺は少しわかり始めていた。
自分で考えて動くよりも、この推奨行動ってやつに従っておいた方が、幸せになれそうだ———ということに。
信じるぞ、お前。
【TIP: ここは任せてください】




