19 抜け落ちた記憶
(*+ - +*) < 今回はちょっと長めです!
庭に立つ女の周囲だけ、世界の色がひどく抜け落ちていた。
漆黒のドレスは風に翻ることもなく、背後の『残骸』がどろりと黒い魔素を地面に滴っている。
「...陽斗、私が話してくるから、ここで待ってて......。」
震える声で話す凛の肩を、優しく押し留める。
「......だめだ、あいつは話でどうにかなるやつじゃない。」
俺は動きにくさを感じながらも、窓枠から庭に飛び降りた。
着地と同時に、グラムをしっかりと握り込む。
まだキーホルダーの姿だが、その刀身は珍しく震えていた。
「......久しぶりね、アステリアの『星』。...いえ、天宮陽斗くん。」
女がひび割れた仮面のような微笑みを浮かべる。
"アステリア"を知っているということは、やはり異世界の者なのだろうが、彼女の瞳はこれまでに見た、どれよりも深く、底なしの虚無が積もっていた。
話すたびに痛む『心臓』を抑えながら、なんとか声を絞り出す。
「...おまえは、誰だ......俺から、何を奪い返しに来たんだ。」
「......思い出せないのね。分かっていたけれど、少し寂しいかも。あなたにはこうして新しい仲間もいるみたいだし、さぞ楽しかったでしょうね。」
皮肉のこもった言葉は、またひとつ、俺を苦しめる。
わからないことが、増えていく。
「...私は......あなたの『元の世界に戻りたい』という願望のために、『存在』を世界から"削り取られた"の。きっと、分からないでしょうけど...。」
「おまえの言う通りだ......俺には何もわからない。」
彼女は右手の槍を確認して、一歩だけ、近づいてくる。
「神様はいつだって残酷よ。......ひとりの勇者を帰還させるのに、その者からは『最も大切な記憶』を、別の者からは『魂の半分』を、『代償』として払わせた。.........私は、捨てられた残骸の化身......あなたの『罪』そのもの。」
「なん、だって...?」
頭が追いつかない。焼けるような痛みが加速する。
「黒崎くん、かしら。あなたは神様に...聖剣に選ばれなかった勇者候補のひとり、でしょう。」
「あ、ああ...。」
いつのまにか、後ろに身を潜めていた黒崎が出てくる。
「神様に選ばれたものは皆言うわ...『あの方は優しくて素晴らしい方だ』と。でもそれは、彼らが選ばれたから。彼らは、その裏で出ている多くの犠牲を知らない。」
彼女の言葉が終わると同時に、限界を感じた陽斗が膝から崩れ落ちる。
たった数分の会話で、ここまで追い詰められるなんて...。
ふと、凛に異世界での十年間を語った朝を思い出す。
不自然に抜け落ちていた記憶。
話が矛盾した仲間の人数。
そうだ。ひとりだけ、鮮明に思い出せなかった仲間がいた。
魔王を倒したあとの記憶。
あの場にいたのは、ルナだけじゃない。
俺が神様に差し出した『代償』。
そう――忘れられた仲間の『存在』。
「...さよなら、天宮陽斗。」
(主様、避けてください!!)
グラムの一声で我に返る。槍は今にも俺を貫こうとしているが、体は全く動かなかった。
「やめろおおおおお!!」
――ズッドオオオオオオオオオオオン!
「いってぇ...。」
黒崎があっさりと吹き飛ばされ、庭のフェンスが湾曲する。
「......逃さないわ。...あなたの手に入れた『平和』......。すべて私が喰らい尽くして、私を『無』に戻した世界ごと、道連れにしてあげる。」
女が空に舞い上がり、黒い羽が数枚、ひらひらと落ちる。
崩れかけの羽は住宅街に不吉な影を落として、夜の黒に浮き彫りになる。
女の槍が闇によって巨大化し、街を消し去ろうとしたそのとき、黒崎が飛び出す。
――ガアアアアアン!
黒崎の黒い火花が女の闇を受け止め、小さな爆発が起きる。
「おまえは『代償』ってやつを思い出せ!!ここは俺が止める!」
黒崎のナイフが女の首にかかった――と思われたが、嘲笑うかのような蹴りが黒崎を空から突き落とす。
「ルナ、凛...逃げろ。」
黒崎が苦しげに呻く。
「...あーあ、バレるの、早すぎ。」
間延びした声。そこには、家の屋根に座るリリスの姿があった。
キャンディを噛み砕くと、こちらに冷ややかな瞳を向けてツインテールを揺らす。
「...リリス。」
「ねえ、言ったでしょ?『代償』はそろそろ来るって。」
「......なあ、あいつは何者なんだ...?」
「全部、彼女の言うとおりだよ。名前はもうないし、誰も知らない。なぜなら、『存在』自体が消えてしまったから。......せめて言うなら、『忘却の聖女』かな?」
聖女。
その言葉に、俺の記憶の箱――しっかりと鍵のかけられた棚のひとつが崩壊する。
刹那、俺の脳裏に、白い花畑で微笑むひとりの少女がフラッシュバックした。
そうだ、魔王城に入る前の朝、あの日、ここで"あいつ"と話した。
名前はわからない――けど、たしかにある。
本来思い出されないはずだった記憶が。
「...あ......俺は...あの日.........。」
平和への切符を掴んだあの瞬間、俺は――誰かを置いてきた。
封印されていた記憶が、勇者のセカンドライフに最悪で最大の『過去』が――その牙を剥いて、陽斗の精神を壊そうとしていた。
「うわあああああああああああああああああああ!!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
次回、失われたはずの記憶と『忘却の聖女』の正体。
(*+ - +*) < 次の更新は、明日の朝の予定です。ブクマもよろしくお願いします!




