7,風属性ウィロー
翌日の放課後。僕は、またしても呼び止められた。
体力作りの走り込みの後、自分の部屋のある校舎へ戻ろうとしていた時の事である。
「やあライ君、ちょっといいかな? この後、中央広場のカフェでお茶でもしないかい?」
そう声をかけて来たのは同期の一人、風属性のウィローだった。
彼とは別に険悪な訳でもないが、これまでの一年ちょっと、授業中くらいしか話しかけられる事もなかったのに。何故、今になって急に?
「実は前から話してみたいと思っていたんだけど、以前のライ君はちょっと近寄りがたい雰囲気があったから」
続く彼の言葉に少し驚いた。まさか、そんな風に見られていたとは思わなかった。僕としては別に、他人を遠ざけているつもりはなかったのだが。
「でも昨日、リラちゃんと出かけるのを見て、彼女に聞いたんだ。そしたら、奢りなら付き合ってくれるって」
これまでの自分を省みていたところで、突然飛び出したその言葉に僕は仰天する。彼女はウィローに対して、一体どのような説明をしたのか。まあ確かに昨日、奢りなら付き合うとは言ったが。それにしたって言い方というものがあるだろう。
僕がリラに奢りなら付き合うと言ったのは、彼女とはある意味で対等だったからだ。お互い孤児同士で、僕がお金がないからと断ったものを、それでもと彼女が望んだから。それならまあ、支払いくらいは持って貰おうという話だ。
しかし今回は、それとは違う。
「もちろん支払いは僕が持つよ。どうかな?」
…いや、果たして本当にそうだろうか?
僕が孤児である事は皆が知っている。その上でウィローは外食に誘っているのだ。それはリラの時と同じではないのか。
更に言えば。ここで断ったら、それこそ他人を遠ざけていると思われるだろう。それは僕にとって本意ではない。これで近寄りがたいという評価を払拭できるのなら、別に奢って貰えば良いのではないか。
それに、昨日のホットドッグは美味しかった。
ウィローは模擬戦での戦績は下の方だが、実家の方は僕が把握している中では、かなり上の方である。そんな彼がこれから奢ってくれるというものが、一体どんなものなのか。興味がないと言えば嘘になる。
「…まあ、奢りなら」
そんな訳で僕は放課後に、二日連続で街へと繰り出す事になった。
訓練所を出てからウィローは、特に迷う事もなく中央広場の方へ向かって歩き出した。やはり彼の場合、学生の作ったホットドッグとかではないらしい。
中央広場はその名の通り、三つの区画の中心にある。王都から視察に来たお偉いさん向けの高級店なんかも、この辺りにあるのだとか。
そんな中央広場へ向かう道すがら、ウィローは今日僕を誘った理由を話し出した。
「真面目に討伐者を目指している人には、いい加減に思えるかもしれないけど、僕は魔術とか使って戦うのってカッコイイなっていう、漠然とした憧れだけで訓練所へ来たんだ」
もしかして、そのせいで近寄りがたいと思われていたのだろうか。確かに僕は真面目に討伐者を目指しているけれど、その理由は僕だって幼い頃の憧れだ。他者の憧れを蔑む事はない。
「でも実際やってみると魔術って結構、勘とか根性ばかりでどうにも掴めなくて。誰かと話したいなって思ってたんだ」
この辺りはひょっとして、カメリア教官の言っていた事と同じだろうか。教官の話よりも同期の話の方が伝わり易いとか何とか。実はちょっとだけ面倒事を押し付けられたのかもしれないと思っていたけれど、ちゃんとした理由だったんだな。
とは言え、まだ疑問が残っている。ウィローは元々、同期のエクルと一緒にいる事が多かった。それなのに何故、今回に限って僕を誘ったのだろうか?
「あぁ、うんまあ、エクル君とは以前から知り合いだったけど。彼の場合は親に入れられただけで、本人は前から戦いとか苦手だって言ってたから、こういう話はちょっと出来ないかな」
なるほど。エクルが剣術も魔術も同期の中で一番下なのは、そういった理由があったのか。まあ確かに、本人が望んでいないのなら、それも当然だろう。
「ライ君の事は前から気になっていたけど、特に話してみたいと思うようになったのは、二年生になってからかな。光魔術を使ってカルミン君を翻弄している姿を見て、君と魔術の話をしてみたいと思ったんだ」
ウィローは僕の方を振り返ると、そう言って悪戯っぽくニヤリと笑ってみせた。
そんな話をしている内に、僕らは中央広場へと到着していた。
広場には、ぐるりと囲むように様々な店舗が軒を連ねている他に、屋台のようなものも幾つか見える。そして日暮れにはまだ早い時間、多くの人々で賑わっていた。
「ここで良いかな?」
その中からウィローは慣れた様子で、若者向けのお洒落なオープンカフェを選んだ。彼の行きつけの店なのだろうか。もちろん、奢って貰う僕に否はない。僕らは連れ立ってお洒落なカフェのお洒落なテラス席に着くと、お洒落なサンドイッチを食べながら、魔術について語り合う。ウィローとの魔術談義は、思いのほか楽しいものだった。
昨日といい今日といい、別に奢りだったからとかそういう事は関係なく、こんな風に仲間たちと過ごす時間も、案外悪くないのかもしれないなと思った。
ちなみに、この日食べたサンドイッチは中々のお値段であり、正直に言えば昨日のホットドッグよりも美味しかった。
と、それだけだと何なので、以下にウィローと話した内容の一部を記す。
「ほら、風属性ってあまり戦いに向かないだろう? 君を真似して目潰しとかしようとしても、風属性じゃ砂を巻き上げたりしないといけないから、どうしても遅くなっちゃう。どうせ戦い向きじゃないなら、僕も光属性の方がよかったかも」
そう言って苦笑するウィローは、結構本気で言っているようだった。確かに風属性は、光属性の次に戦いに向かない属性と言われている。
しかし、それでも過去に特級討伐者になった人間はいる。特級討伐者ジェイドは、無数の剣を持つが如く魔物を切り刻んだのだとか。
まあそれは例外中の例外としても、どんなに当てても倒せない光属性と違って、風属性にはそれを可能とするだけの力があると言う事だ。
そう考えると目潰しよりも、もっと良い使い方があるように思う。
「と言うと?」
例えば…。
そう、例えば。剣を振り回すというのは結構大変なものだ。だからこそ僕らは、去年一年間を体術や剣術の訓練に費やして来たのだから。そしてそれは、剣を振り回している時は、それだけバランスを崩しやすいという意味でもある。であるならば、タイミングさえ見計らえば、相手を切り刻む程の力も必要とせず、軽く押すだけで…。
「それって、体術の授業で習った『崩し』みたいな事かな?」
そう、風魔術による『崩し』だ。