3,ライムライトとライラック
彼女は英雄と同じ精神を持っているのかもしれない。
なんて事を考えたりもした僕だったが、志はともかくとして、彼女の身体能力は極めて凡庸だった。すなわち生まれてこの方、戦いとは無縁の生活をしてきた少女相応の能力である。とは言え、見るべきところがない訳でもない。
今は体力作りの為の走り込みの途中だが、彼女は訓練所で一年鍛えた僕らに付いて来れていた。周回遅れである事を除けば。
「体力は、あるみたいですね」
近くを走っていたベルがそう呟いた。確かに足は遅いが、特に苦しそうではない。そう言えば去年一年間は農家で働いていたという話だから、体力だけは鍛えられたのかもしれない。体力があれば、当然魔力も多く使える。編入生の彼女は聖属性だから、魔力さえ使えれば魔物の相手など、どうとでもなるだろう。
その次は魔術の授業だった。
魔術とは体内にある魔力を動かして、属性に沿った力を生み出したり操ったりする、体術の延長上にある技術である。なので引き出せるようになれば、後はひたすら体に覚え込ませる反復練習となる。
その内容は属性毎に違っていて、火属性はカメリア教官が出した炎を消す訓練。土属性は別の教官が用意した岩を魔術だけで動かす訓練。水属性は空中に水球を出してそれを維持する訓練。風属性は長い布が地面に着かないよう風を起こし続ける訓練。
一般的に土属性が最も重い魔術であると言われている。次いで水火風。聖属性は知らないが、光属性は最も軽い魔術である。実際、今の僕は水属性と同じように光球を出してそれを維持しているが、全くと言っていいほど負担を感じていなかった。
「どうだライ。何かしら手応えはあったか?」
そんな感じに僕が一人で魔術の練習をしていると、編入生の面倒をみていたカメリア教官が僕の所にやって来た。
「いえ、特にこれと言って」
体術と同じで、程よい負荷があってこそ魔術の練習になる。それで言えば今僕がやっている事は、魔術の練習にはなっていなかった。
「そうか…、色々やってみたがこれも駄目となると、既存の訓練方法はお前に向いていないのかもしれんな」
二年生になり魔術の授業を始めてから、カメリア教官はいつも頭を悩ませていた。この訓練所が作られて以来、光属性の訓練生が入学して来た事が一度もない為、訓練方法が確立されていないからである。
「………」
それはともかくとして、先程から教官の後ろで所在無げに立っている編入生の彼女が気になるのだが。
「そこで、ものは相談なんだが。お前が彼女に、魔術を教えてみないか?」
僕の視線に気が付いて、という訳でもないだろうが、教官は突然そう言って編入生の彼女を示した。
「え!?」
いきなり話を振られて驚いているところを見ると、彼女は何も知らなかったようだが、その提案は僕にとっても寝耳に水だった。
「魔術は感覚によるところが大きいが、それ故に何となくでやっている部分も多い。他人に説明する事で、改めて気が付く事もあるだろう。彼女の方も、私の説明では感覚が掴めないようでな。年齢や練度の近い者の方が、伝わり易いのではないかと思う」
他人に勉強を教えるなんて、正直に言えば面倒臭い。
「どちらにとってもプラスになる話だと思うが。どうだ?」
だが実際のところ、彼女に対する僕の印象は悪くなかった。
未来の英雄に魔術を教えた男、というのも悪くはないかもしれないな。なんてそこまで本気で思った訳ではないけれど、僕は少し考えてから、その教官の提案を受ける事にした。
「僕は構いません」
僕が教官に対してそう答えると、自然とこの場の視線は彼女に集まった。
「え、えっと…それじゃあ、よろしくお願いします」
彼女は僕と教官を交互に見比べた後、ためらいがちにそう言って頭を下げた。
「よし、では決まりだな。なに、取り敢えずやってみれば良い。うまくいかなかったら、その時は私が……また何か考えるさ」
何とも頼もしい言葉を聞きながら、さっそく僕はどのように教えるのが良いか考え始める。すると苦笑気味に声をかけられた。
「まあ何だ。取り敢えずは、自己紹介から始めたらどうだ?」
教官に言われて気が付いた。そう言えば、まだちゃんと名乗っていなかったかな。
「僕の名前はライムライト。長いからライで良い」
僕が改めて名乗ると、彼女はためらいのない笑顔で答えた。
「は、はい! 私の事は、リラって呼んで下さい!」
これから長い付き合いになる彼女と交わした、これが最初の会話だった。
カメリア:光属性では討伐者として大成する事は難しいだろう。これで適正があるようなら訓練所の教官という道も…