1,討伐者訓練所
この世界には魔物が存在している。
その姿は光すら飲み込み、凹凸すら判然としない影絵のよう。真っ暗なその見た目は時に生き物の姿を真似、時に見た事もない恐ろしい姿を取る。
そんな物がいるのだから、当然それらの討伐を生業とする者たちも現れる。それが、討伐者と呼ばれる者たちである。
その日の孤児院は、朝から騒がしかった。
何でも町の近くに強力な魔物が現れ、特級討伐者が派遣されて来ると言う。特級討伐者と言うのは、特別な功績を挙げて国に召し抱えられた者の事で、厳密に言えば討伐者ではないのだが、当時の僕にとってはただの凄く強い討伐者だった。
その頃の僕は英雄物語にハマっていて、その話を聞き本物の英雄を一目見てやろうと思った。その過程で大人の目を盗んで孤児院を抜け出し、町を抜け出す事を楽しい冒険のように感じていた事は否定しない。そしてそんな愚かな子供は、案の定痛い目を見る事になる。
この時派遣されて来ていたのは、この国で最も強い特級討伐者ウィスタリア。正に英雄と称されている人物だった。彼が剣を振るうと光の斬撃が飛び出し、一息に魔物の群れを両断した。
その光景に目を奪われていた僕は、自分の方へ近寄って来る魔物の存在に気付かなかった。それは特級討伐者が呼ばれるような魔物ではない。町の外に出れば、その辺に幾らでもいるような小型の魔物。それでも当時の僕は身動きも出来ず、自分に向かって飛びかかって来る魔物をただ見上げていた。
その視界が、突然に遮られた。
「大丈夫か? 坊主」
その背中の大きさを、今もはっきりと覚えている。この日から僕は、その背中をずっと追い続けている。
「さあ来いライ! 今日こそは俺が勝つ!」
僕は同期の訓練生、カルミンと向き合う。僕らはお互い軽い防具と、刃を潰した剣を装備している。
運動場での模擬戦闘訓練。僕らの周りには同じような格好をした訓練生たちが、それぞれの相手と向かい合っていた。
静かに剣を鞘から抜き放って、両者構えたら試合開始だ。
「!」
僕は開始直後に、カルミンが注視しているであろう剣先を強く光らせた。これが僕の常套手段である光魔術による目潰しだ。これを避けようと思えば、目を瞑るにしろ顔を背けるにしろ、一瞬僕の剣を見失う事になる。二年生になって魔術の使用が解禁されてからは、タイミングを工夫しつつカルミンに対しては、これで全勝している。
「その手はもう通じないぜ!」
タイミングを読んでいたかのように、カルミンは目を瞑って目潰しをかわした。が、その間に僕はガラ空きの胴に軽く剣を当てた。全勝記録更新である。
「くぅ~、卑怯だぞ!」
魔術の使用が解禁されたと言っても、対人の模擬戦では相手を傷つけるような魔術の使用が禁止されている。従って火属性魔力の持ち主であるカルミンは、実質的に魔術そのものを禁止されているに等しい。
おまけにまだ魔術を習っていない去年の時点では、カルミンの方が強かったのだからそう言いたくもなるだろう。
「カルミン。お前は私が去年一年かけて教え込んだ体術を、もう忘れたのか?」
しかしそんな僕らの試合を見ていたカメリア教官は、そう言ってカルミンに向かって駄目出しをした。
「お前の持っている火属性は確かに強い。素人が適当に使っても、運が良ければ魔物を倒せるくらいだ。しかし当てれば倒せるからと攻撃にばかり頭がいって、毎年魔物の前で棒立ちになる者が非常に多い」
「………」
そう言われて、たった今棒立ちになっていたカルミンは、何も言えなくなった。まあこれに関しては魔力属性というより、カルミン自身の性格に寄るところが大きいと思う。
「と言う事は、カメリア教官も初めは棒立ちで怒られたんですか?」
そう言って話に割り込んだのは、同期で唯一の女性であるベルだった。彼女は同期の中でも二番目に強い。
「ベル、後にしろ。…とにかく、火属性は戦いに向いた属性だが、初心者の死亡率が最も高い属性でもある。お前はまず、きちんと回避する事を覚えろ。魔術の事を考えるのはその後だ」
「…はい」
意外と打たれ弱いカルミンに、ラセットが声をかける。
「まあそう落ち込むな、カルミン」
そう言って彼は、カルミンを端の方へと連れて行った。
ラセットは真面目でフォローに回る事が多い為、あまり目立つ方ではないが、その体格の良さもあって同期の中では一番強い。ちなみに三番目はカルミンである。この三人は元々、実家でも剣を習っていたらしい。
「ライ君、次は僕とやろう」
そう言って僕の方へ寄って来たのはウィロー。上位三人以外は似たり寄ったりだが、あえて言うなら彼は下から三番目くらいだった。
「あぁ、それからライ。お前は魔術に頼り過ぎるなよ」
僕もその場を離れようとしたところで、教官から僕に対しても駄目出しがあった。
「魔術の練習としてならいいが、お前の戦法は恐らく魔物に通用しない。お前が討伐者になりたいのなら、剣の腕を磨く必要がある」
さて光属性と聞いて、どんなものを想像するだろうか。影のような魔物には、良く効きそうだと思うだろうか。僕も初めはそう思って喜んだのだが、そちらには別に聖属性というものがある。僕が持つ光属性とは単純に光を出したり操ったりする力であり、どんなに当てても魔物を倒す事が出来ない唯一の属性だった。
ちなみに光属性討伐者の死亡率はおよそゼロに等しい。普通は光属性と分かった時点で討伐者を目指さないからだ。
僕らがこうして戦う術を学んでいるここは、自由の国サウスラントにある王立討伐者訓練所。魔物と戦う人材を育成する教育機関である。