最終話
「あれ? 痛くない?」
何故かいつまで経っても痛みを感じない。恐る恐る固く閉じた目を開いてみると、黒豹の腕に鎖が巻き付いていた。
「2人に手を出すな! クラフト・メタル・チェーン!」
突然、実月くんの体が鎖に変形して黒豹に巻き付く。
「なっ、なんだこれ? どういう事だ⁉︎」
黒豹が必死に抵抗するが、鎖はより一層キツく締まっていく。
「これはまさか……⁉︎」
階段側の扉がギシギシと音を立ててゆっくりと開いていく。そこにいたのは……
「実月くん……だよね?」
「無事だったのか⁉︎ 実月!」
私と万丈が同時にその名前を呼ぶ。一体何をしたのか分からないけど、扉の前には何故かもう1人の実月くんが立っていた。
* * *
「はぁ……やられた……俺の負けだ」
黒豹は全てを悟った顔で項垂れる。
「実月くん? 実月くんだよね!」
「なぁ、実月、これはどういう事だ⁉︎」
絵梨香さんと万丈さんが困惑した顔でボクを見る。でも今はゆっくり説明している時間はない。
「種明かしは後でします。黒豹、早く爆弾の停止ボタンを渡して下さい!」
「分かったよ……俺の負けだ。でもこんな状態じゃあ渡せない。鎖を解いてくれないか? せめて右手だけでも使える様にしてくれ」
「………分かりました」
鎖を解くと黒豹はポケットに手を入れて停止ボタンを取り出す。
「さぁ、早く渡して下さい」
「あぁ、そうだな。受け取ってくれ!」
黒豹はボクに背を向けると、停止ボタンを投げ捨てた。停止ボタンは安全柵を通り超えて地面に落ちていく。
「そんな……嘘でしょ?」
「悪いな実月、タイムオーバーだな!」
ボクは崩れ落ちるように膝を突くと、悔しさのあまり握り拳を地面に叩き付けた。
* * *
せっかく作戦を立てて挑んだのに全てが台無しだ。空全体がピカッと光ると、2秒ほど遅れてお腹に響く音が届いてきた。華やかな光が何もない漆黒な空を彩る。
「あれ? これってもしかして……」
万丈さんと絵梨香さんも同じ事を思ったのか、ポカーンと口を開けて空を見上げる。
「最初に言っただろ? この街で最高の花火が打ち上がるって」
黒豹は座り込むと、「た〜まや〜」と叫んだ。
「どういう事ですか? 何なんですかこれは?」
「何って見ての通り花火だよ」
「花火? 爆弾じゃないんですか?」
「似たようなもんだろ?」
「似てません!」
「はっはっはっ! そう怒るなって、これくらい脅さないと本気にならないだろ?」
黒豹は1人楽しそうに笑いながら空を見上げた。この人の事だから何をしてもおかしくないと身構えていたけど、まさか花火を仕込んでいたとは思わなかった。
「ねぇ、実月くんだよね? 本当に大丈夫? すごく心配したんだよ!」
絵梨香さんがボクの前にしゃがむと、両手を広げて強く抱きしめてきた。
「ちょっ、絵梨香さん! 外ですよ! ボクは無事なので安心して下さい」
絵梨香さんに解放されたが、今度は万丈さんにポンポンと肩を叩かれた。
「なぁ、こっちは本物だよな? じゃぁさっきの実月は何だったんだ? 突然鎖に変化したし意味分かんねぇーよ」
「簡単な事ですよ。あれはただの人形です」
ボクはポケットから純度100%のクラフトメタルと以前タヌキのアジトから盗んだ3色クラフトメタルを取り出すと、簡潔に説明を始めた。
30分前
「私が囮になるからその隙に行って!」
「分かりました」
3階に潜むヘビは絵梨香さんに任せて、ボクは階段を駆け上がり最上階を目指した。
「クラフト・メタル・ゴーレム!」
ボクはポケットから純度100%のクラフトメタルと、以前タヌキのアジトから盗んだ3色クラフトメタルを使って自分自身を想像した。
「うん、これならバレない!」
姿形は瓜二つ。それに三色クラフトメタルのおかげで肌や衣服も再現出来ている。
後はカメラとマイクをセットしたら完成だ。これで遠隔操作が出来る!
「この先に黒豹がいる……」
ボクは深く息を吐くと、目の前の扉に手を当てた。出来るだけの準備はした。必ず勝利してみせる!
震える手に力を込めて扉を開くと、カメラ越しに沈みかけた西陽が差し込んできて一瞬目が眩む。
「待っていたぜ、実月! タイムリミットは残り8分45秒……最後の勝負をしようぜ!」
屋上に出ると、黒豹が缶コーヒーを飲みながら待っていた。
「約束通り来ましたよ、覚悟してください!」
「望むところだ!」
鉄のハンマーとナイフがぶつかり火花が飛び散る。今、まさに最終決戦の火蓋が切られた。
* * *
「なるほど、そう言うことだったのね」
「そうか……自分そっくりの人形かぁ……なるほどなぁ……」
絵梨香さんと万丈さんは納得した様子で頷く。
上空では色鮮やかな花火が咲き乱れ、その間を縫うように1機のヘリコプターがボクたちの元にやって来た。
「目標確認、着陸します」
ヘリコプターはゆっくりと慎重に着地すると、以前の密室窃盗事件の時にお世話になったベテラン刑事と新米刑事の2人が降りて来た。
「久しぶりだね実月ちゃん!」
新米刑事がボクに手を振って駆け寄ってきたが、
「おい、新米、まだ気を抜くな!」
ベテラン刑事がすかさず注意をした。
「あっ、パパ!」
少し遅れて、絵梨香のパパこと氷室司令長もヘリコプターから降りてきた。
「実月、万丈、本当によくやってくれた。それから絵梨香……」
氷室司令長は絵梨香さんの前まで向かうと、少し言いづらそうに話し始めた。
「お前が毎日努力をしているのは知っていた。にもかかわらず私は仕事を言い訳に父親らしい事が何一つしてやれなかった。すまなかった……」
氷室さんは苦渋に満ちた顔で俯くが、絵梨香さんは首を振る。
「気にしないで、私はパパの役に立ちたくてメタリック社に入社したの。少しでもパパの役に立てたら私は満足だよ!」
「そうか……絵梨香、お前は本当にいい子だ。私には勿体無いほど良い娘だ……」
氷室司令長は遠慮がちに手を伸ばすと、絵梨香さんを抱きしめた。
「ちょっとパパ! 皆んなが見てるよ!」
珍しく絵梨香さんが顔を赤らめて恥ずかしがっている。側から見る分には微笑ましいなぁ〜
「絵梨香さん、少しはボクが恥ずかしがる気持ちが分かりましたか?」
「そうね、これからはせめて人目につかない所を選ぼうかな?」
「おい絵梨香、そっちの方が不味いだろ、実月は男の子なんだからよ!」
すかさず横で見ていた万丈さんがツッコミを入れると、新米刑事さんが「えっ? そうなの? 完全に女の子だと思っていたよ!」っと驚いてボクの顔をまじまじと見る。
「おい新米、早く手錠を出せ」
「あっ、はい、すみません」
ベテラン刑事に注意されて新米刑事が手錠を取り出す。
「さぁ、手を出して!」
「あぁ、だがちょっと待ってくれ」
黒豹さんは諦めたような……でもどこか満足げな顔でボクを見る。
「完敗だ。やっぱりお前は俺が出会ってきた奴の中で一番面白い! これはお前に託す」
黒豹はポケットから純度100%のクラフトメタルを取り出すと、ボクに手渡した。
「期待してるぜ、実月!」
「黒豹さん……」
黒豹はボクの肩を2回ポンポンと叩くと、刑事さんと共に夜の空に消えていった。
翌日
「実月、絵梨香、万丈……君たち3人のおかげでギャング集団を壊滅させる事が出来た。本当にご苦労だった」
翌日、全社員の前でボクたちは表彰を受けた。会長から記念の賞状を貰い、拍手が送られる。
表彰式は終わったが、その後もボクたちに直接祝福する人が後をたたず、気づいたらもう昼過ぎになっていた。
「やっと終わったな〜 2人も何か飲むか?」
「うん、飲みたい! 私は……リンゴジュースがいい! 実月くんはどうする?」
「ボクは……オレンジジュース……じゃなくて缶コーヒーでお願いします」
「へぇ〜 実月くんコーヒー飲むの? 意外だね」
「何となく今日はそんな気分なので」
万丈さんに缶コーヒーを奢ってもらうと、3人で近くの芝生に腰を下ろした。
「それにしてもまさか花火を仕込んでいたとはなぁ……」
「本当それ、信じられないよね〜」
万丈さんと絵梨香さんがジュースを飲みながらクスクス笑いだす。
「でも、案外あの人ならやりそうですね。意外とお茶目なところがありますし」
「お茶目? どうしてそんな事が分かるんだ?」
「実は自動販売機の前で2回会って奢ってもらったことがあるんです。その時に話に付き合わされたので何となく人柄は分かります」
「へぇ〜、どんなお話をしていたの?」
「確か、水は本来自由なはずなのに、製造者の都合によって円錐の筒の中に閉じ込められている。それが権力者の作った枠組みの中で生きる自分たちの事みたいだ……と言っていました」
初めて黒豹さんからこの話を聞いた時は『何言ってるんだこの人?』って思ったけど、今なら何となく分かる気がする。
「言いたい事は何となく分かるが、形なんでどうでもよくないか? 正直美味かったら何でもいい」
「私もみんなと喋りながら飲めたらそれで良いと思うけどな〜」
万丈さんと絵梨香さんが少し考えた後そう口にする。確かに2人の言ってる事にも一理ある。
「実月くんはどう思う?」
「そうですね……」
水は容器がないと持てないし留めておく事も出来ない。だからやっぱり枠組みは必要だ。でも円錐である必要はないかな? 常識に囚われず、もっと自由な発想をした方が絶対に面白い! だからこそ……
「常に未来を見据え、どれだけ周りに何と言われようと自分の意思を貫く逸材……それが独裁者かぁ……」
「えっ、実月くん、急にどうしたの?」
「これも以前、黒豹さんと話した事なのですが、全員の意見を聞いていたら時間がかかり過ぎる。それに多数決が必ずしも正しいとは限らない。天才の1票よりも、無知な人の10票の方が強いですからね……だから独裁者が必要だと言ってました」
「なるほどね……独裁者かぁ〜 でも、実月くんは1人じゃないからね。困った事があったら相談してね」
「そうだぞ実月、1人で全部抱え込むなよ」
「はい、気をつけます」
一見悪そうに見える独裁者……でも圧倒的なスピードで物事を進める事が出来る。それは良い方にも悪い方にも……
「なぁ、そろそろ昼だし何かメシでも食いに行かないか?」
「いいわね! ご馳走様です!」
「おい絵梨香、誰も奢るとは言ってねぇーぞ」
絵梨香さんは嬉しそうにはしゃぎ、万丈さんはため息をつく。
「実月、お前も行くぞ!」
「あっ、はい、ちょっと待って下さい」
ボクは缶コーヒーを飲み干すと──ゴミ箱に向かって空き缶を投げ捨てた。
─完─




