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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT03.Witch
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07 矜持

 人を背負うのには慣れている。

故意的か、それとも失態なのかは定かでないが、限度を弁えず飲んだくれた某 常連客たちを家路につかせるのは日常茶飯事だった。

ところが、いざ小早川(こばやかわ)を背負ってみるとどうだろうか。

違和感が半端ではない。


考えてみれば、これまで武が背負ってきたのは皆、酒に溺れたオッサンだ。

酒臭いうえに所謂(いわゆる)ビール腹というやつで、薄着だとその もったりとした分厚い脂肪が貼りついてきて非常に不愉快だった。

こういうオッサンにだけは なりたくないと辟易していたほどだ。

しかし、同じ脂肪でも蓄えられる場所が少し違うだけで どうしてこんなにも心躍るのだろうか。

防弾チョッキ越しというのが非常に悩ましい……などと考えていると、隣を歩く孝臣(たかおみ)に落雷の如く足を踏みつけられた。

続けざまに雑巾絞りの如く腕を掴まれたので、心の声が漏れ聞こえていたかと苦笑いで視線を落とした(たける)だったが、目が合うなり不機嫌そうに顔を背けられてしまう。


どうにも取っつきにくい。

じわりと垂れこめた重だるい空気に、武は開きかけていた口を再び閉じた。


 人間ツリーが立ち並ぶ広場に建を残し、出口を求め道なき道を彷徨いだしてから、かれこれ1時間が経とうとしている。

(たつる)が残しておいたという道しるべを、初っ端から見つけられなかったのだ。

そう簡単に出られるとは思っていなかったが、これだけ歩いているにも関わらずゴールの兆しが全く見えないとは どういうことだろうか。

行けども行けども同じような景色ばかりで、進展が無い。


 込み上げてきた苛立ちから意識を逸らそうとした その時だ。

孝臣が突然 片膝をついて(うずくま)りだした。

腹を(かば)う細い背中が小刻みに震えている。


見るに堪えかねた武は小早川を下ろし、顔を覗き込もうとした。

しかし、目が合うやいなや恐ろしい剣幕で手を払われてしまう。


「先に行け。あとから追いかける」


 バディが意固地だと世話が焼ける。

荒い呼吸で凄む孝臣に溜め息した武は、なら休憩すると宣言して胡坐(あぐら)をかいた。


何か言おうとしたのだろう。

口を開こうとした孝臣の顔が歪む。

本当は、気が どうにかなりそうな程の激痛に蝕まれているに違いない。

それでも一切 泣き事を言わない。誰かを頼ろうともしない。

恐らくは、幼い頃から そうなるよう育てられてきたのだろう。

任務遂行のためならば己も殺さなくてはいけない。

奇しくも垣間見えた協会の闇に恐怖すら覚える。

17歳の少女に性別を偽らせてまで殲滅しなければならない怪異とは如何なるものか。

―――いや、そんな事は、今は どうでもいい。

苦しい時、誰かにすがりたい時に差し出された手を取ることさえ許されない。

そんな、エリートをエリートたらしめるプライドに腹が立つ。

弾かれた無能なこの手は、こうして怒りを握りしめることしかできないのか。


 孝臣も、“世間知らず”な武を見て ずっと拳を震わせていたのだろうか―――――。


 当然の如く示される道を、期待以上のラップを叩き出しながら脇目もふらず駆けるしかない。

それが、探偵派遣協会コズミックを統率する上層部の家系に生まれた者の宿命なのだと思ってきたならば、孝臣は武を見て相当に幻滅したに違いない。

人生をやり直すのだと馬鹿げた事を言いながら不意に合流してきたのだ。

愚弄以外の何物でもない。

業界を舐めきった愚行を目にするたびに怒りを握りしめていたはずだ。

しかし、孝臣は一度たりとも その拳をぶつけてきたことはしなかった。

握り込みすぎて開くのでさえ震える拳を無理にでも解いて、掌で頬を叩くのだ。

それは、相手を戦闘不能にする自衛のためではない。

右も左も分からない新米に しっかりと前を向かせるための教育的指導だ。

そんなことも分からずに、武は反発していた。

自衛のため、暴力を振るってしまった……。

プライドに支配されていたのは、一体どちらの方だろうか。


 もういいだろう と孝臣が立ち上がろうとするが、すぐにバランスを崩し倒れてしまう。

見た目以上に負傷しているのかもしれない。

こんな状態で歩かせるわけにはいかない。


蹲り尚も立ち上がろうとする孝臣の横について支えようとするが、やはり拒まれてしまう。

しかし、痛みに震えるその瞳に涙が滲んでいるのを見た武は、衝動的に その拒む手ごと孝臣を包み込んだ。


小さい身体だ。

覆い被さるように腕を回したところで どうしようとも脱け出す隙を与えてしまう。

だが、それでも抱きしめた孝臣に抵抗する様子はない。

もしかすると その気力すらないのかもしれないが、それならそれで都合がいい。


「出来の悪い新米相手にカッコつけんな。なんか惨めじゃんよ。そりゃあ お前に とっては頼りねェだろうけどさ、頼られたら実力以上に燃えんだよ、漢ってのは」


 次いで口をついて出ようとした本音を苦笑で濁した武は、尚も頑なに強張ったままでいる背を撫でた。

最初は黒塗りの鎧のように見えたそれも、やがて小さく聞こえた苦言の後では僅かばかりとはいえ体温を感じられるまでに剥がれていく。

それでも完全には落ちきらないところが また孝臣らしい。

全幅なる信頼を得るには、まだまだ時間が かかりそうだ。


 孝臣を座らせた武は、よし、とばかりに立ち上がると、まずは小早川を背負い上げた。

細長い足をしっかりとホールドし、次の積み上げに取りかかる。

小さいとはいえ一筋縄では いかないコワレモノだ。

すくい上げようと差し出した手を見るなり全身全霊をかけて拒絶してきたのだから堪らない。


確かに、重傷とはいえ抱え上げられての搬送は誇り高きエージェントとして恥ずべきこと(?)なのかもしれないが、如何せん武の腕は2本しかない。

担ぎ上げるスペースとして余っているのも前しかないのだと武にしては理論的に説明したが、意固地なバディ様は尚も自分で歩ける等と(のたま)う。

立ち上がったところで、まともに歩くことさえ できないくせにだ。

とはいえ、そう指摘しようものなら余計に拒絶されてしまうのは目に見えている。

そのため、武はバディという用意された枠内での役割を越えないよう、出来の悪い新米らしく懇願した。

いい加減 腹が減って死にそうなので、早く森を出たいんです と。


 斯くしてどうにか抱えられた孝臣の指示のもと森を彷徨い、やっとの思いで脱した頃には散り散りになった雲を焦がすように煌々と照る月が森に傾きだしていた。


翌朝、建から、あの古井戸で見つけたと笑顔でアサルトライフルを差し出され、孝臣から熱い平手打ちが飛んできたのは また別の話だ。

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