特別な休日
本編『動き始める』と『遠い空』の間のエピソードです。
久しぶりに再会したオットーとハイレーナのお話です。
荷馬車を二台。人足三人を乗せた馬車一台を後ろに従え、オットーの乗る馬車は研究所の外門を潜る。衛兵に許可証を見せると、あっけないほどすんなり通った。馬車を宿舎ギリギリに留め、荷を下ろすよう指示する。宿舎の階段を登って四階へ。足音を忍ばせて目的の扉の前に立つとコンコンとノックした。
「……はい」
返事が聞こえてまもなく扉がきいと開く。満面の笑みを浮かべて、目を見開いた古い友人の顔を見つめた。
「ハナ!」
「……オットー!」
ハイレーナの目の下にクマが浮かび、頬がこけている。それでも緑の目が光を徐々に取り戻し、オットーに笑いかけた。
「いつ帰ってきたの!」
「三日前だよ。今日が納品だっていうから、ご注文の品をお届けにあがりました!」
ハイレーナは背伸びをして、オットーの肩越しに後ろを覗く。その仕草は学院時代を思い起こさせた。
「遅くなったお詫びに、ちょっとおまけ。さぁ、古いものを運び出して、新しいのを入れるよ」
そう言いながら部屋に一歩踏み入れると、後ろの人足たちに合図を送った。
前住人が置いて行った家具は装飾もなく、必要最低限。キッチンの食器や調理具も少ない。コンロに古びたやかんだけがポツンと乗っている。
——こんな中で半年近く暮らしていたのか。
テーブルに置かれたカップを取るハナの後ろ姿はひとまわり小さくなった気がする。一つに縛った紅茶色の髪も艶がない。人足が出入りしやすいようにキッチンの隅へ二人で避難する。
「ハナ、相当忙しいの?」
「……うん」
目を伏せたハイレーナは眉間に皺を寄せた。
「上手くいかないことが多くて」
先を待つ。しばらく考え込んでいたハナは、パッと顔を上げて笑った。
「でも、明日からは少し楽になるはず。それに、オットーに会えたから、元気出た!」
人足たちは無駄なく働き、オットーがハイレーナのために選び抜いた家具が美しく並べられていく。装飾のついたベッドにふかふかのラグ、ダイニングセット。カーテンも暖かい色に変わり、部屋が明るくなった。
「いいの?こんなに素敵なものばかり」
「もちろん!」
オットーはハイレーナに向き直って胸に手を当てた。
「日頃から、ポロダン商会に多大なる利益をもたらしてくださる、ハイレーナ様のためでしたら、お安いご用でございます」
油紙も、防水布も今では生活必需品になり、鉛筆、背負子も売れ行きは上々。
ハナがスカートの端を持ち上げて、ちょんと礼をする。
「とんでもございません、オットヴァルド様。いつも急なお願いを聞いていただいて」
二人で目を合わせて笑った。
「じゃあ、研究室の方も行こうか」
不思議そうな顔をするハイレーナに苦笑しながら、コートを着せ掛けた。
「許可は取ってるよ」
「でも……」
「大丈夫だから」
宥めるよう言って背中を押した。
内門の検問所までポロダンの荷馬車と共に進み、書類を示すとすんなり突破する。目をぱちくりさせるハナに、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「僕を誰だと思ってるの?ポロダンの御曹司だよ!」
目をまん丸にしたハナは冗談めかして「ははーお見それしました!」と頭を下げた。
第二研究所の前で馬車を止めると、中から若い秘書官が一人走り出てくるのが見えた。オットーは悠々と馬車を降り、ハイレーナをエスコートするため、手を差し伸べる。少し気取った仕草に気づいた彼女が、小首を傾げてこちらを見たけれど、にっこり笑いかけて彼女の手を自分の腕に導く。秘書官の目がオットーとハイレーナと二人の手元を行ったり来たりしている。内心の笑いを噛み殺し、従僕に顎をしゃくって、許可証を示した。
「こちらをどうぞ。ハイレーナ・ユルヴィナ研究員の納品書です」
「確かに賜りました」
そう納品書を改めた秘書官が顔を引き締め、オットーに礼をする。
「ユルヴィナ研究員の秘書官、シュテファン・アゼルと申します。オットヴァルド・ポロダン様直々にいらっしゃるとは、驚きました」
「アゼル秘書官。ハイレーナは僕にとって、とても大切な人なので」
腕に添えられたハイレーナの手にもう一方の手を乗せる。ハイレーナの驚きと戸惑いの視線には取り合わず、とっておきの笑顔を秘書官に向けた。
「なるほど……」
秘書官は軽く咳払いをし、書類を差し出した。
「では、こちらへサインをお願いします」
建物の中へ入り、シュテファンの姿が消えるとハイレーナがオットーの袖を引く。
「どういうつもり?」
「なにが?」
「なんだかいつもと違うじゃない!」
「そう?一応公の場だからね。ほら、豪商ポロダンの御曹司らしくさ」
釈然としない顔つきで唇を尖らせたハイレーナをそのままエスコートして四階へ上る。一番奥の部屋まで人足を指揮して荷物を運び上げた。すれ違う研究員たちに満面の笑みで挨拶をする。腕から離れようとする彼女の手を上から握りしめて阻止した。
古いソファーと机を出して、新しい大きなデスクに入れ替える。ソファーは一人用の白いものに変わった。
ハイレーナは早速座り心地を試して頬があがりっぱなしだ。
「素敵、疲れてたら、ここで書いてもいいわ。寝てしまいそうだけど!」
「なんの騒ぎだ?」
扉の影からひょいともじゃもじゃ頭が顔を出した。
「グレン!」
ハイレーナが急いで立ち上がる。
「お前、休みじゃなかったのか?」
「そうなんですけど、新しい家具を入れてもらっていて」
その男の目は長い前髪に隠れて見えない。けれど、オットーは自分に向けられた鋭い視線を確かに感じた。商人の愛想の良い表情を貼り付け、二歩近づいて右手を差し出した。
「オットヴァルド・ポロダンと申します。ハナとは古い友人でして。どうぞ、お見知り置きを」
グレンはしばらくオットーの顔を見た後、ハイレーナに視線を移した。
「休日なんだから休め」
と言い捨てて去っていった。オットーは握られることのなかった手を、ゆっくり引っ込めた。何かを言いかけたハイレーナを遮るように、話題を変えた。
「お腹空いてないかい?僕はもうぺこぺこだよ」
「そういえば、お昼だものね」
「どこかで食事しよう。確か食堂があったね?宿舎の方の食堂なら、部外者でも大丈夫なんだろ?それとも外に出たいかい?」
「そうね……うん、久しぶりに外へ出たいかも」
「わかった!じゃあそうしよう」
とエスコートの腕を差し出した。
――このくらいやっておけば、悪い虫はつきませんよマーサ様。扱いも少しは変わるでしょう。
ポロダンの御曹司の立場も悪くないと思うオットーだった。
本編の『遠い空』で、チラッとだけ見せています。本編では泣く泣く割愛したこのシーンが書けて嬉しかったです!




