第31話:取引
ひそひそと声がする。
「王子はもう長くなかろう」
「次王子もだ」
「世継ぎが絶える」
「英雄の血を引いておれば誰でも良い、高貴な女がいないならば下賎な女でも混血児でもいい、連れて来て王に与えよう」
「今の状態では無理だろうよ」
「ならばどうする」
ぴたりと声がやむ。
「死人返り」
ぼそりと呟かれた言葉。
「王子が死んだら蘇らせ、女と交わらせれば良い」
「ふむ、よれが良いな」
「赤子から育てれば我らの思いのままよ」
これが、これが病人の前で交わす言葉なのだろうか。
確かに死ぬ寸前かもしれないが、まだ生きている、言葉は全て聞こえていると言うのに……。
「ならば王子はもはや不要」
「王はご出陣召された、還って来るかは分からぬが、最早関係ない」
「待て待て」
断とう。とざわめく者達を、一人の男が止めた。
「断つのは女を、子を産める健康な女を用意してからだ」
「おお、そうかそうか、急いてしもうた」
「では早速手配を」
「我らは儀式の用意を」
「王子はどうする」
「放っておけ、長くはもたぬがすぐにも死ぬまい」
人が部屋から出て行く気配。
扉が閉められ、再び部屋に静けさが戻った。
窓が開いているのだろう、頬に風が当たる。
弟はどうしたのだろうか?
同じ病に倒れたと、あの者達が言っていた。
死んだ。という言葉は聞いていないから、生きているはず。
「君って可哀想な子だね」
突然かけられた声に重い瞼をゆっくりと開ける。
窓際を見れば金色の髪をなびかせた男が、柔らかに笑いながら王子を見ていた。
「死の淵にいるというのに心配する声は一つもなく、あるのは君らを殺してから死人返らせ利用するという言葉だけ」
酷く美しい男も先程の会話を聞いていたようだ。
微笑を浮かべながら淡々と語る彼が、なぜか先程の者達より恐ろしく見えた。
「生かしてあげようか?」
君を。
陽の光を浴び、煌く金色の髪。
不浄とは無縁の世界にある者。
「……を」
「ん?」
「妹を、殺したのは貴方だろう」
翁達が言っていた。
姫様は聖女として連れさらわれたが、きっともう生きてはいないだろうと。
「――」
その時の笑顔をなんと表現すれば良いのだろうか、純粋な、面白いおもちゃを見つけた子供のような無邪気な、けれどどこか恐ろしい笑顔。
「お姫様を返してあげようか?」
「死んだ者は生き返らない」
「君が生きるなら、国を明け渡し、新しき王の臣下となって民を守るというならば、返してあげようお姫様を」
甘い言葉だった。
「妹を返して、返してくれるのか?」
病の床から必死に手を伸ばすと、男は哀れそうに目を細めた。
「……返してあげよう、聖女として修道院に閉じ込められた哀れな子の魂を」
「弟は?」
「彼はもう逝ったよ。眠るように静かにね」
男の言葉に目を閉じれば、涙が一筋、静かに流れた。
翁達の言葉のままに動くよう育てられた哀れな子供、兄弟として言葉を交わす事はおろか、心すら通わないまま終わってしまった。
「まずは君からだ」
男が合図すると、男の身体から黒い影が溢れ出、王子の身体を通り抜けた。
「これで病は取り除いたし、次は――春日」
「あいよ」
現れたのはひょろりとした優男。
ウェーブのかかった炎の如く紅い髪。
全てを見透かし、見通す月のような銀の瞳。
人間に審判を下す神はきっとこんな冷たい瞳をしているのだろうと、なぜか唐突にそう思った。